この世界の中心で 6
役所の外に出るとちょうど朱が来たところだった。何やら興奮した様子だ。
「なんか騒がしいけど、どうかしたのか?」
「あのね、四炎の軍長が来てるんだって!人だかりでぜんぜん見れなかったけど」
「あーなるほどなぁ……騒がれるの目に見えてるんだから変装とかしろよな……」
「してたらしいわよ?熱心なファンに見つかったみたいだけど」
「ひえー恐ろしい。有名人は怖いねぇ。必要に迫られない限りなりたくはねーな」
「安心しなさい。なれないから」
そりゃそうだ。すると、アズアがおずおずと話しかけてくる。
「あの!しえんって……なんですか?」
「あれ?朱教えてないのか」
「女の子トークに国の軍の話出すわけないでしょ!」
「軍?」
「ああ。そうだよ。うちの国は東西南北を大国に囲まれててな。まぁその国の向こう側にも色々あるんだが……まぁいいだろ。それは後で」
「ふむふむ」
熱心なようすで聞いてくれる。
「それでね。城壁が四方にあるから、一方向ずつ守護する感じで、一水、二雷、三土、四炎の四つの軍があるの」
「そうなんですか……守護するってことは攻められたりもしちゃうんですか?だとしたら怖いです……」
「あー……アズア、さっき不思議な紙で能力とステータス判定しただろ?」
「はい」
「あれさ、ほとんどうちの国独自の技術なんだ」
「えっ!そうなんですか?」
「うん。厳密には材料が。ね。あの紙……スキルペーパーの原料は特殊な木でね、それの森を唯一有しているのがうちの国なのよ。」
「へぇ~、そうなんですか」
「ああ。だからうちの国は能力によって科学とかも他の国よりかなり進んでるらしいんだ。だからこそスキルペーパーの生産、普及をめざす他の国からは狙われるんだよ。その攻撃も能力のおかげで耐えられるってわけだ。……さて、話を戻そうか。四つの軍があることは話したよな?その四つの上に王宮騎士団があるんだ。とはいっても今は団長しか居ないけどな」
「え?騎士団なのにお一人なんですか?」
「現団長のアン・ルチスさんは、『単騎結戦』って呼ばれる人でね。まさしく一騎当千。部下を必要としないの。だから一人だけなんだ」
「すごい方なんですね~!」
「しかも女性よ?憧れちゃうわよね~」
そんな話をしていると人が増えてきた。
「混んできそうだな……そろそろ帰るか。もう四時近いし」
「そうね。あ、そうだ!アズア、帰ったら『ティアスカ』読ませてあげる!」
「なんですかそれ?」
「『ティアドロップオブスカイ』っていう小説でね!空から女の子が降ってくるの!」
「それはまた……なんというか……」
アズアが言葉に詰まっている。そりゃそうだ。自分は空から降ってきたのだから。でも朱はそれを知らない。……あれ?アズアも知らないよな……?家に着くまで気絶してたし……
そんな違和感よりも強く俺がその小説を読んだときの気持ちが蘇る。
「あれか……」
「公人さんも読んだことあるんですか?」
「あ、そっか。公人のあれって『ティアスカ』が原因だっけ」
「どういうことです?」
「アズア、公人はね、かっこつけなのよ。ティアスカを読んでから……だったと思うけど、『俺は主人公が嫌いだー』なんてずっと言ってるの。理由はあるらしいんだけど言いたくないの一点張りでね……ほんとにガキなんだから」
「どうでも良いだろそんなこと」
「え、なんでなんですか?教えて下さい」
「今言いたくない旨を述べたはずなんですがねアズアさん」
「私から振っておいてなんだけどお腹すいたから帰りましょ!公人、晩ごはん何?」
朱が自然に帰る方向に持っていった。
アズアもかなり打ち解けてきたようだ。軽い冗談や朱のノリに合わせた会話もできるようになってきている。
そうこうしているうちに家についた。朝のうちに味付けしておいた肉を焼いて三人で食べ、翌日のこともあるので早く寝ることにした。アズアに留守番を頼むのは少々不安だが……まぁ大丈夫だろう。
久しぶりに緊張で眠れない夜を過ごした……とでも言えたら格好いいのかもしれないが、いつの間にか寝ていた。俺はいつもいつの間にか寝ている。
四章 覚醒、そして理由
遠足の日は毎回早く目が覚める質だった。どうやら年を重ねても治らないものは治らないようだ。
……嫌に緊張する。大勢の前であの力を使うのは、正直やばいと理性も野性も告げている。
あの力は俺が望んだものでも、望んでいるものでもない。それに俺は主人公じゃない。そんな不釣り合いなものを寄越されても困る。俺は……俺には朱さえ。笑顔で居てくれれば良いのだから。
なんとなく顔を会わせづらかったので朝昼の食事の用意と弁当だけ作って家を出た。
「……集合時間までどうやって時間潰そうかな」
春先の早朝の風はまだ冷たかった。