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歌の章 第9話

 竜の目がぎょろりと見開く。

『邪悪なる者にしては弱い。弱すぎるな。まだ封印は完全に解かれてはいないか……』

 ユンの魔術に切り刻まれた自身の手をひと舐めすると、その手を横薙ぎに振り払った。竜が狙っているのはどういう訳かリヴァイア一人のようである。



「させない!!」

 サラがリヴァイアの前へと飛び出し、竜の手を斬り上げた。ガツッという鈍い音と共に竜の手がはじかれる。切れはしないものの防ぐ事は出来るようだ。

『こしゃくな……』

 邪魔なサラから始末しようと考えたのか、竜がはじかれた手を再び振り下ろした。

「こっちも忘れてもらっちゃ困る……な!」



 サラの方を見据えている竜の目へ向けて、ファンが数本の矢を射た。竜はその矢を瞼を閉じることで防ぐと、振り下ろした手を地面にたたきつけた。サラがそれを転がって避ける。

『邪魔をするな、腐敗せし人間ども!!』

 竜の尾が地面に転がるサラを弾き飛ばし、ファンを薙ぎ払った。ファンはとっさに弓で自身をかばったが体がきしんで力が入らず、わき腹に竜の鱗がかする。さらに勢いで岩壁に叩きつけられた。

「!ッ……げほっ……」

 咳き込んだファンの唇の端から赤い液体が滴り落ちる。あまりの痛みに体を支え切れず、その場に倒れた。



()(おく)(ねむ)業火(ごうか)よ、紅蓮(ぐれん)吐息(といき)()()くせ。フレイムブレス!!」

 激痛で倒れたファンに襲いかかろうとする竜の尾を、リヴァイアの魔術が飲みこむ。リヴァイアはそのままファンの元へと駆けた。ファンは走り寄ってくるリヴァイアの姿をぼやける視界でとらえると、唇から流れ出た血をぬぐい立ち上がった。膝がかくかくと震えている。

「心配……するな。生きて……る」

「無理はしないでください。回復します」



 魔力を使わせないよう気を使っていたのだろう。ファンの視線が不安げに揺れた。リヴァイアはそんなファンを安心させるように、余裕の笑みを浮かべて座らせると、自身もひざをついて集中を始めた。

『させるか……!』

 竜は尾を焼いていたリヴァイアの魔術を地面に叩きつけることで消すと、その尾をリヴァイア達に向けて振るった。魔術で燃えたせいか尾の先の方にあった鱗がはがれおちている。そこに気付いたサラがリヴァイア達を襲う尾の前に飛び出し、その場所を斬りつけた。固い鱗がないせいかはじかれることなくサラの剣が竜の尾を斬り裂く。

『私を……本気にさせるな……』

 竜はそう告げると、尾でサラを飛ばしリヴァイアに向けて振り上げた。




「! 堅牢(けんろう)たる光壁(こうへき)よ、()(まえ)()でよ!!セイクリッドウォール!!」

 回復術を詠唱しようと集中していたリヴァイアであったが襲い来る竜の尾に気付き、あわてて立ち上がると術を変更した。集中したまま避けることも可能ではあったが、そんな事をすれば立ち上がる事すら困難な状態のファンがつぶされるのは必至だ。そのためリヴァイアは魔術でしのぐ事を考えた。しかし竜の尾の風圧をまともに食らった為か、リヴァイアの指先に痺れが広がり背中にズキリと鈍い痛みが走る。

「リヴァ……、お前……」



 やはりファンには気づかれてしまったか。先程ペンダントを取り戻した時、飛ばされて壁に背中を打ちつけた時に、どこかを痛めたのだろう。右の肩から腕にかけて鈍い痺れがずっと残っていたのだ。リヴァイアはファンの方を視線だけで振り向くと、わざとらしく微笑んだ。

「これぐらいキミの傷に比べたら、どうって事ありませんよ」

 そして再び竜を見上げた。竜の向こうで立ち上がるサラの姿が目に入る。

「僕は生きたい……。これ程生に執着していたとは自分でも驚きですよ。それに気づけたのは、キミとサラのおかげです」



「嫌味……だな……」

 ファンが力なく笑う。そのまま震える膝を支えに立ち上がった。

「ファン、無理は……!」

「兄さん、リヴァ、上!!」

 立ち上がるファンを支えようと手を伸ばしたリヴァイアの背後で、緊迫したサラの叫び声が響いた。それと同時に上空から羽の生えた犬のような魔物が急降下してくる。

「な……!?入り口で襲ってきた魔物!?」

 とっさにガードしたリヴァイアのローブと手の甲を引き裂き、魔物は旋回して上空に戻っていった。見てみれば向こうでもサラが倍以上の魔物に襲われている。上空が空洞になっていた事が仇となったみたいだ。




「くっ……! 竜だけでも手に余ってるってのに……!」

 ファンは震える膝に喝を入れると、弓を引き絞り矢を放った。勢いはないものの、旋回する魔物の羽に突き刺さり舞い落ちてくる。そこをサラの剣が斬り払った。

「すみません、ファン。回復はもう少し待っていてください」

 それだけ言うと、リヴァイアは集中を始めた。

(てん)(つど)いし(かぜ)よ、()(てき)()()け。エアカッタ―!!」

 リヴァイアの魔術が、上空に居た魔物たちを次から次へと切り裂いていく。これ程の量の魔物と竜だ。魔術を出し惜しみしている場合などではないと判断したリヴァイアである。ここで遠慮していては後悔が残るばかりだ。



『ふ、ん。腐敗せし人間どもにたかるウルフか……』

 竜はそうつぶやくと、上空の魔物に気を取られていたリヴァイアに向けて尾を振った。狙いはあくまでリヴァイア一人のようだ。襲い来る竜の尾に気付くのが遅かったリヴァイアは、その竜の尾をまともにその身に受けた。

「……がっ……ふ……」

 からんとインフィニティアロッドが転がり、その上に魔導書が落ちる。リヴァイアの腹に、とがった竜の鱗が突き刺さった。突き刺さったまま壁に叩きつけられる。

「リヴァ!!」



 ファンとサラの悲鳴が同時に聞こえる。ファンがあわてて青い羽根のついた矢を取り出したが、弓を引く力が出ず片膝を折ってくず折れた。

「くっ……! 目が、霞む……」

 そんなファンに数体の魔物が襲いかかる。ファンは手に握った矢を振り回し、自身を守るだけでいっぱいだった。

「邪魔よ! どいて!!」

 サラの方も自分にたかってくる魔物と、集中に入っているユンを攻撃しようとしている魔物を退けるだけで精いっぱいで、どんどん遠くに飛ばされていくリヴァイアの方を気にしつつも、助けに行けずにいた。



『邪悪なる者……。消えるがいい』

「う……あっ……」

 リヴァイアの腹からズルリと竜の鱗が抜かれ、そのまま竜の手に体を掴まれて持ち上げられた。徐々に締めあげられる。

「う……ぐッ……!」

「シェルファイア!!」

『ぐああ!?』



 リヴァイアを締め上げている竜の手を、貝の形をした炎がパクリと飲み込み焼き尽くした。

「ッ……!」

 竜の手の力が緩み、リヴァイアの体が地面に叩きつけられる。その痛みに悶えているリヴァイアの元へ、息を切らせながらインフィニティアロッドと魔導書を回収したユンが走り寄って来た。リヴァイアは地面に転がったままユンを見上げる。

「リヴァ……イア……様、無事……ですか!?」

 それだけ言うと、ユンは回復術の詠唱を始めた。



「ユ……ン、キミっ……!」

 これ以上は魔力の限界だろう。生命力が魔力に変換されれば命にかかわる。リヴァイアはユンの詠唱を止めようと手を握ったが、ユンは首を横に振るだけで詠唱を続けた。そんなユンの頭上に、竜の手がのぞく。

「ッ……!」

 何とか守りの術を使うため集中しようとしたが、痛みで集中ができない。リヴァイアは唇を噛んで、ユンの握っていた手に力を込めた。

「逃げ……て……! キミ、だけでも……!」



 ユンは首を強く横に振った。もう逃げないと誓ったからなのか、背後に竜の気配を感じているにもかかわらず、ユンは微動だにせず集中を続けた。

「ユン……!!」

 もうダメかと目をつぶりそうになったリヴァイアの視界に、上空の空洞から影が降って来たような気がした。

『ぐ……!?』

 その何か、ではなく誰かは、竜の体を駆けファンの方まで行くと、そこにたかっていた魔物を光の筋で一閃し、サラの方へ走りそこに居た魔物も一閃すると、再び竜の体を駆けのぼり頭上で声を発した。




「うははははっ……! ようやく見つけたぜ、リヴァ!!」

 竜の頭の上で声を発する人物をようやく確認したリヴァイアは驚きで固まった。竜も自分の頭の上で声を発する人物に何事かと頭を振った。

「装いも新たにディオ様登っ場!! ふっふっふっ……。やっとこの俺様の恨みを、を、をを!? うををっ……!!」

 竜が頭を振った事により、頭上に居た金髪元護衛兵士のウザ男、ディオが足をつるりと滑らせ、転がった。とっさに竜の左目に刺さっていたファンの放った青い羽根のついた矢に掴まり、ほっと一息ついたのも束の間、その矢がスポッと抜けてディオは矢を握り締めたまま地面へと転がり落ちた。



「ッ……く~……! や、やるじゃねーか、リヴァ……」

「バカ……。何しに……来たんですか? キミ」

 起き上がる力などとうになかったが、それ以上にリヴァイアは脱力した。緊迫した空気が台無しだ。ユンもあっけにとられて詠唱を忘れてしまっていたようだった。

「何って、お前のおかげで仕事無くなっちまったから責任とってもらおうと思ってな!!後を追って来たんだ!」

 そんな話をしていた向こうで、サラがあっと何かに気がついた。



「あの人だわ! 私を助けてくれたの!! 後ろをついてきてたはずなのに、いつの間にか居なくなっててびっくりしたんだから!」

 そんなサラのセリフに、ディオがポリポリと頭を掻いた。

「また、迷ったん……ですね、ディオ。あの一本道で」

「ち、ちがっ……!あれは、暗闇のせいでっ……!」

 一本道なのだから方向さえ間違えなければ合流できたはずだという事は本人気がついていないようだった。



「……って、リヴァ!? 傷だらけじゃねーか!!」

 ようやく現状に気がついたディオが、リヴァイアの方へと駆け寄った。傍らに膝をついてリヴァイアの状態を確認すると、振り向いて竜を見上げた。

「まさかリヴァ、竜と戦ってたのか!?」

「はい。竜は、僕が邪悪なる者だから…消したい、そうです。お願いです、ディオ。ユン達を連れて、逃げてください」

 リヴァイアの言葉を聞いたユンが、強くリヴァイアの腕を引いた。

「僕は逃げません!!」



 そう言い張るユンにリヴァイアはは苦々しい顔をするしかなかった。

「ディオ、キミ……ここから出られる場所を……知りませんか?キミの事、だから……ここは迷子、になってもう何度も、通ったの、で、しょう?」

 腹からの出血に意識がもうろうとしてきたリヴァイアである。ディオが竜を見上げたまま立ち上がった。

「迷子っつーのは置いといてだな、外に出られるかどうかは忘れたけど、あの赤毛の姉ちゃんのすぐ横の岩壁に小さな穴があるだろ? あそこは確か通れたぜ。脱出すんのか?」



 そう問いかけるディオの腕を、ユンが掴んだ。

「時間を稼いでください! 僕がリヴァイア様を回復させるまで何とか!!」

「時間をって……俺に神様的な竜と戦えってのか? 勘弁してくれよー」

「ユンっ……!」

 止めるリヴァイアの言葉など聞きもせずに、ユンは再び集中を始めた。ディオは勘弁してくれと言いながらも、手に握っていたファンの青い矢をユンの方へと放り、腰に下げていた剣を引き抜いた。ディオがその剣を一振りすると、何故か剣の輝きが増し光を放ちだした。



「ディオ……、まさか、キミ……」

 魔術にも耐性がなく、魔術を防ぐ装備品を持っていた訳でもないのになぜレリアの護衛兵士などになれたのか、ずっと疑問だった。運だけでなれたと本人は言っていたが、もしかして……。

 ディオが竜へ向かって駆けて行く。イラついているらしい竜が繰り出す尾を、輝く剣を一閃して薙ぎ払った。竜の尾が見事に斬れ、そこに光の筋が軌跡を残す。



 そう、ようやく分かった。ディオは攻撃に特化した剣士だったのだ。しかもディオの剣はファンの青い矢と同じ。そのうえその剣に自身の魔力を込めるというありえない芸当をやってのけているのだ。信じられない事だが、あえて名前をつけるなら魔法剣士と言ったところか。レリアの護衛兵士のための鎧を脱いだせいもあり、動きもかなり素早い。

「少しだけ……、見直しましたよ……」

 そう言うリヴァイアの横でユンが回復術の詠唱を始めた。



(かがや)ける(ひかり)()(もの)(きず)(いや)生命(いのち)(あた)えたまえ。(われ)(ねが)うは()(もの)(せい)()(ちから)(われ)()(あた)えたまえ。(かがや)ける(いのち)(ひかり)をここに…。ヒーリングライト!」

 ディオが竜の気を引いてくれているおかげで、ユンの長い詠唱も無事完了した。魔術が発動し、リヴァイアの腹の出血が治まっていく。貧血で頭はくらくらしているし、体の痛みも消えてはいなかったが何とか自力で立つことはできそうだ。



「ユン……。ありがとうございます」

 もう何度目とも知れない礼をユンに伝えた。

「い、いえ……」

 それだけ言うとユンは地面に両手をついて荒い息をついた。額に脂汗がにじんでいる。もう魔力が尽きたのだろう。

「リヴァ! こっちだ!!」

 ユンの魔術発動を確認したディオが、サラが居た場所の横にある小さな穴に向かって駆けだした。途中よろよろと歩くファンに気付き、駆け寄っていく。



「肩貸すぜ」

「……助かる……」

 遠慮もなしにファンはディオの肩を借りて、出口へ向かった。リヴァイアもユンの手を握り立ち上がった。

「急ぎましょう」

 リヴァイアに手を握られたユンが額の汗をぬぐうと、力強くうなずき立ち上がった。リヴァイアはそのままユンの手を引き、竜の左側へと回り込んだ。ファンが竜の左目をつぶしてくれたおかげでそちらは死角になっているようなのだ。そこからサラのいる方の出口へ向かって走る。



『このまま野放しにさせると思うか、邪悪なる者よ』

 竜はそう告げると、死角だと思っていた左側を走るリヴァイアに向けて爪を振りおろした。リヴァイアとユンはそれぞれ反対の方向へ転がってその爪を避ける。

『邪悪なる者よ、ここで尽きよ』

 転がったリヴァイアに向けて尾が振り下ろされる。リヴァイアはその尾を確認する間もなかった。

「リヴァ!!」

「リヴァイア様!!」




 皆の声が一斉にリヴァイアの名を呼んだ。周りの景色がゆっくりと動いていく。目の前に迫ってくる竜の鱗の細かな所まで確認はできるのに、何故か避ける力も魔術を詠唱する口も動いてはくれなかった。死への恐怖を感じているのだろうか?ただ、迫ってくる竜の尾の鱗を見ていることしかできなかった。




ドスッ……。




 リヴァイアの体に衝撃が当たった。

 白いはずのローブが真っ赤に染め上げられていく。

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