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歌の章 第8話

 上空の空洞から差し込んでくる光の中で眠る巨大なもの……。

 それは紛れもなくレリアで神聖な生物として崇められている竜だった。

「竜……。おっきい……」

 ユンが口をあんぐりと開けて、眠る竜を見上げた。



 体長二十四、五メートル程の巨大な竜である。寝ていても見上げなければならないほどだ。その竜の体全体には硬そうな鱗がおおっており、長い尾と首を備えている。長い尾には先の方まで棘のように尖った鱗がびっしりと並び、頭にはひれのような耳と立派な角が二本生えていて、その存在感は寝ている今ですら押し寄せてくる。

「説明してください! 物理攻撃が効かない魔物とは竜の事だったのですか!? 何故今まで何も言わなかったんですか! キミ達は竜がレリアで神聖な生物として崇められていると知っていたんじゃないのですか!?」



 リヴァイアがあまりの驚きにファンとサラに詰め寄る。二人は苦々しい表情のままうつむいた。

「言えば魔術師は協力してくれないだろう?」

「私達もう何度も断られたの。そのうち顔も覚えられちゃって……誰も相手にしてくれなくなったわ。だから兄さんと今度は言わないでおこうって……」

 サラが唇をきつくかみしめた。あんなガルベイルとレリアの国境付近で魔術師を捜していたのはそのためだったのか。リヴァイアが拳を握りしめた。

「だからと言って、竜と戦うなど……」



 リヴァイアはしばらくの間逡巡した。レリアの民にとって竜は神にも等しい存在だ。その神と戦えと言われているのだ。躊躇(ちゅうちょ)するのも無理はない。そんなリヴァイアの横で、ユンが「あっ」と声を上げた。

「あの竜の右手に光ってるの……。あれ、サラさんの言ってたペンダントじゃないですか!?」

 どうやらユンお得意の犬の嗅覚で宝を発見したらしい。見てみれば竜の右手の、人差し指らしき爪に引っ掛かるようにして赤い石のついたペンダントが光っていた。

「そうよ! アレだわ!!」

 一刻もおしいのか、駆け出そうとするサラの手首をあわてて握ってリヴァイアは引き留めた。何事かと振り向くサラに向かって、リヴァイアはゆっくりと首を横に振る。




「僕が行きます」

 それだけ言うと、サラにインフィニティアロッドと魔導書を差し出した。サラは驚きながらもそれらを受け取る。

「リヴァ……?」

「竜には物理攻撃が聞かないのでしょう? 僕ならいざという時魔術で逃げ切れますから。ただやばいと思った時は助けてくださいね」

 それだけ言うとリヴァイアは竜に向かってゆっくりと歩き出した。目の前には巨大な竜の鼻先が迫ってくる。それを横目で見ながら、竜の右手に光るペンダント目指して、静かに、かつゆっくりと近づいていく。リヴァイアの内心はかなりドキドキだ。何しろ神と対峙するか否かの瀬戸際なのである。手には汗がにじみ、膝はカクカクと震えはじめた。頼むから目を覚まさないでくれと、そう願うばかりだ。



「……高い……、ですね……」

 手とはいえかなり大きい。リヴァイアが求めるサラのペンダントは頭上のかなり高い位置にあった。踏み台になりそうなものなど当然見あたらない。よじ登るしかなさそうだ。

「岩壁の近くで寝ていてくだされば良かったものを……。仕方ありませんね……」

 リヴァイアは竜の岩のように固い鱗に手をかけ、よいしょと気合を入れて体を持ち上げた。鱗がいい具合に出っ張っていて思ったよりも上ることは難しくなさそうだ。

 一歩一歩竜の右手を上っていくリヴァイアを、入口付近で固唾をのんで三人は見守っていた。正確には見守ることしかできなかったのである。




「リヴァイア様……」

 ユンがおろおろとしながらリヴァイアの名を呼んだ。ファンとサラもいつでも動けるようにと警戒態勢は崩さなかったが、内心ではドキドキと踊る心臓を押さえるのに必死だった。

「ん……、あと、少し……」

 リヴァイアがサラのペンダントに手を伸ばす。指先が、赤い石に触れた。

「と……、どいて、ください!!」

 ぐぐっと腕を伸ばし、リヴァイアはサラのペンダントの石を握り締めた。

「取れ……た!!」

 その言葉と同時に、閉じていた竜の瞼がぎょろりと開く。

「リヴァイア様!!」



 ユンの悲鳴のような叫びを遠くに聞きながら、リヴァイアは竜と目が合った。心臓が氷のように冷たくなる。

『何故……貴様が……居る!?』

 地の底をはうような竜の声が洞窟全体に響き渡った。その声とともに、竜は軽く右手を振る。軽く振ったように見えたが、そこに掴まっていたリヴァイアはサラ達が居る入り口とは反対の方角の岩壁に激突した。

「ッ……かはっ……」



 リヴァイアの背中に激痛と衝撃が走る。その衝撃で危うく力の抜けそうになった指先に何とか集中した。手の中にはサラが必至で取り戻そうとしていたペンダントがあるのだ。手渡すまでは安心できない。リヴァイアは話をしようと、起き上がってきた竜を見上げた。再び目が合う。

『封印を抜けたか、邪悪なるものよ……』

(邪悪なるもの……?)

 意味の分からない竜の言葉に首をかしげるリヴァイアをよそに、竜はリヴァイアの手に握られたサラのペンダントに視線を移した。



『やはり求めるか……』

 それだけ言うとリヴァイアに向かって右手を振りおろした。

「ッ……!!」

 その右手をかろうじて転がって避けると、入口に待つ三人の元へと駆け出した。天井は空洞になってはいるが、足で出られそうな出口はそこしかないようなのだ。

『例え封印を抜けたとのだとしても、ここで始末すれば早い事……か』



 竜はそうぼやくと、巨体をひねり棘のような鱗が並んだ尾を、入り口へと駆けるリヴァイアに向けて振り下ろした。

「くっ……!堅牢(けんろう)たる光壁(こうへき)よ、()(まえ)()でよ!セイクリッドウォール!!」

 竜の尾はリヴァイアの魔術により現れた光の壁に阻まれたが、尾を振った事によりできた風圧は防ぎきれなかったのか、リヴァイアの体が飛ばされた。

「リヴァ!! うあああああ!!」



 サラが剣を抜いて竜めがけて駆け出した。必死だったせいもあり、右足首の痛みは気にならなかったサラである。竜が振り向く隙をついて懐に潜り込み、左わき腹の辺りを斬りあげた。ガガガッと鱗の上を、サラの剣が滑る。

「くっ……! 斬れない!!」

 竜が首だけをサラの方へと向けた。

『腐敗せし人間か。邪魔をするな』



 竜の紫がかった金に輝く瞳がぎょろりと見開かれる。見開かれたかと思えば竜が巨体を利用して懐に潜り込んだサラを押しつぶそうと体重をかけた。

「サラ!!」

 竜の行動にいち早く気づいたファンが、サラに駆け寄り腕を引いた。

「ぐ、ああ!!」

 一歩間に合わなかったのか、ファンの左足が竜の巨体に押しつぶされる。ファンの意識が一瞬ではあったが吹き飛びそうになった。

「兄さん!!」



『邪魔をするなと……言ったであろう!』

 竜は怒っているのか、それだけ言うと二人に向けて尾を振る。ファンを守ろうとサラが剣でその尾をうけた。かろうじて棘のような鱗が突き刺さるのを剣で防いだが、巨体が振う勢いは止められず二人の体が吹き飛ぶ。ファンがとっさにサラと壁の間に割って入った。

「ぐッ……」

 岩壁にぶつかった瞬間、ファンの体の中で、骨の折れる鈍い音が響き渡る。サラがあわてて立ち上がった。

「兄……さん……」

「……心配……するな」



 不安げに瞳を揺らすサラを安心させるように、ファンは右足に力を込めると痛むわき腹を押さえて立ち上がった。

「ペンダント、はリヴァが取り、返してくれた。後は、退路を、開くだけ、だろ」

 ファンはそう言うと、青い羽根の矢を取り弓を引き絞った。

「兄さん……! それ……」

「俺が奴の、気を引く。お前はリヴァを連れて、こちらに走れ。ユン坊も、協力してくれる、っぽいしな」

 水晶玉を取り出しユンはすでに集中に入っているようだ。サラはそれを見ると右足に力を込めた。痛みを忘れるため、リヴァイアの方へと気を向ける。



「サラ! 走れ!!」

 ファンが叫ぶと同時にサラはリヴァイアの方へと駆け出した。それを確認したファンは、サラを捉えようと振り向く竜の左目へ向けて弓を構える。例えこの矢が回収できなかったとしても、後悔しない自信があった。

「命に比べたら、こんな物安い、もんだよ……な!」

 そう言いながら、矢を放った。手を放す瞬間、ズキリと右わき腹と左足が痛み、矢が目標よりも少しだけ高く飛んでいく。

「く……!」

 しくじったと唇をかみしめるファンだったが、その矢は竜の左まぶたに突き刺さりそこで爆発した。



『ぐ!? うあああ!! これ……は!!』

 竜が呻きをもらしながら悶えだした。どうやら思った以上に効果があったらしい。ファンの矢は竜のまぶたに突き刺さったままだ。そのまま竜の左目の視力を奪う。

「リヴァ! こっち!!」

「サラ!!」

 サラは悶える竜の横をすり抜け、リヴァイアの元へ着くと腕を引き、入口へ向けて駆け出した。リヴァイアもサラに引かれるまま必死で足を動かす。

『逃がすと思うか! 邪悪なるものよ!!』



 竜は悶えながらも逃げるリヴァイア達に気付き、尾を1回転させた。

「きゃっ……!」

「っ……!」

 襲い来る竜の尾をあわててしゃがんで避けたリヴァイアとサラだったが、その尾は二人の頭上を切り壁にめり込んだ。

「出口がっ……!」



 集中していたユンの背後にあった出口が崩れ去っていく。そこに気を取られていたサラとリヴァイアに向けて、竜が爪を振りおろした。リヴァイアの詠唱が間に合わない。

「ッ……!!」

「ウインドランス!!」

 リヴァイアの目の前で、風の槍が竜の手に突き刺さり、拡散して切り刻んだ。再び悶える竜を横目で見ながら、サラとリヴァイアはユンの方へと走り寄る。ファンも足を引きずりながら、ふらふらとこちらへ近づいてきた。



「ユン……。助かりました」

 そう言うリヴァイアに、ユンは少し赤くなりながらポリポリと頭を掻いた。

「い、いえ……。あんなの、あの時のリヴァイア様の魔術に比べたら……」

 それだけ言うと、ユンはハアハアと荒い息をつきながらその場にへたり込んだ。

「でも……、良かったです……。ぼく、もう逃げたくなかったから……」

「上出来すぎですよ」

 リヴァイアはドキドキとおさまらない心臓を押さえながら、ユンの頭をポンポンとたたいた。ユンがうれしそうに笑う。



「ぼく、立派な魔術師になれるでしょうか!?」

 ユンの言葉に、リヴァイアがくすりと笑った。

「ここを出たらビシビシ鍛えて差し上げます。そのためにも今は……」

 そこまで言ってリヴァイアはサラの方を振り向いた。持っていたペンダントを差し出し、代わりにインフィニティアロッドと魔導書を受け取る。



「僕も迷いません。出口が崩れてしまった以上もう逃げられませんから。竜であろうと戦いますよ」

 決意したリヴァイアの目を、サラがまっすぐ見つめる。そしてそのままうなずいた。

「巻き込んでごめんね、リヴァ。でも私まだ死にたくない。それに私……腐った人間じゃないわ」

 先程の竜の言葉を気にしているのか、サラが唇をかみしめながら自分の手の中にあるペンダントを見つめてそう言った。しばらく押し黙った後、ペンダントを首にかけると、そのまま剣を握りなおした。

「リヴァ、サラのペンダント取り戻してくれてありがとな」



 ふらつくファンがそう言いながら、竜に向けて弓を構えた。ユンも荒い息をつきながらではあるが契約の詩の詠唱に入る。振り向けば、悶えていた竜が体勢を立て直してきたようだ。ここから先は、一瞬の油断も命取りになるだろう。

「僕だって邪悪なる者ではないですよ」

 そうつぶやくと、リヴァイアもインフィニティアロッドに力を込めて、集中を始めた。

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