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歌の章 第6話

「くっ……しくじったわね……」

 羽の生えた犬のような魔物数十体を相手にサラは苦戦していた。いつもならば軽くねじ伏せられる量の相手だ。だが今回ばかりは勝手が違っていた。



「キュウ……」

 サラの足元に居るレコが申し訳なさそうにサラを見上げる。

「あなたのせいじゃないわ。私が未熟だっただけ……よ!!」

 二人の事情などお構いなしに上空の魔物はサラに向かって急降下してくる。サラはその魔物を斬り伏せながら、レコにほほ笑みかけた。



「崖から落ちた時に打ちつけた足首を少しひねっただけ。平気だから。リヴァには内緒よ? 回復は……お願いできないもの……」

 少し沈みがちにそう言うサラに、レコは首をかしげて見上げた。

「そう……、あなた人の言葉が分かってるのね。大見得(おおみえ)きって先に行けって言ったのよ? 回復なんて恥ずかしくてお願いできないでしょ?」



 サラはふふっと笑いながらレコにそう告げた。打ちつけた足をかばいながら上空の魔物と戦っていたサラは、リヴァイアの懐から出てきていたレコに気付き駆け寄った。その時急降下してくる魔物に襲われ、変な体勢から剣をふるったため足首をひねったのだ。

「大体羽があるなんて卑怯でしょっ……!」

 何度も何度も襲いかかってくる魔物にサラはいい加減うんざりしていた。足はズキズキと痛み、そう何度も踏んばることができなくなってきている。



「それでも……こんな量の魔物をまともに剣も振れない狭い洞窟の中に入れて、襲われでもしたら危ないわ……。何としてでも全滅させなきゃ!」

 サラは覚悟を決めると、先頭を突っ切ってくる魔物に向かって剣を一閃した。鈍い痛みを訴える足首は無視だ。その後に続いてきた2体の魔物を串刺しにしてその剣を振り払った。直後に来た魔物の爪を剣で受ける。キンッと言う音とともに右足首に痛みが走り、その後ろからきていた魔物の爪に左腕を斬り裂かれた。



「ッ……乙女の肌をっ……!」

 その場にとどまって相手をするのは不利だと判断したサラは、洞窟とは反対の方角へと駆け出した。

「兄さん……先に進んでくれてるわよね……。お願いよ……」

 後ろ髪を引かれるように目的地とは反対方向へ走るサラの横を何かが走り抜けていく。



「何……?」

 サラはその場で停止すると振り返った。

「光……?」

 幾筋もの光の筋がきらりと輝き、次から次へと襲いかかる魔物を斬り伏せて行く。まるで光の糸が踊っているみたいだ。上空に旋回していた魔物は新たに現れた何者かに恐れをなしたのか、四方八方に散っていった。



「キュッ!!」

「ちょ、レコ!?」

 サラの元を離れ、レコがその何者かに駆け寄っていった。サラもあわててレコの後を追う。







「ぐッ……」

 リヴァイアの背中に激しい痛みが走る。背中だけではない、アプラディアンの歯が刺さっている右腕は更に痛みが激しい。何度も魔術を詠唱しようと集中するが、そのたびに岩壁に背中を打ちつけられては詠唱するどころではない。

「う……くっ……!」

 意識を保つのもかなり限界だった。だがここで気を失っては、アプラディアンに好きにされてしまうと、必死で意識をつなぎとめていた。そんなリヴァイアの意志を打ち砕くように、アプラディアンは左側の壁に激突した。とがった岩がリヴァイアの背中にぶち当たる。リヴァイアの耳に何かが折れる音が響き渡った。



「リ、リヴァイア様ッ……! ……あ……ああ……」

「くそっ……目が……霞む……!体は……痺れて……る、し、冗談……じゃ、ねーぞ……!」

 ユンは怯えているのか魔術の詠唱も忘れ、ただガタガタと震えていた。ファンは何度も矢をつがえては毒のせいで手に力が入らないのか、取り落としていた。その間にもズガンズガンとアプラディアンは壁に体当たりを繰り返していく。



「く……。また、俺、は……見ている、だけ……なの、か……?」

 ファンは唇をかみしめると、震える指先で青い色の羽がついた矢を取り出し弓につがえた。

「冗談、だろ!? 見ているだけ……なんて、もうっ……ごめんだぜっ……。……ユン、坊! 光を……!」

 暗闇で何も見えないファンが力ない声でユンにそう叫んだ。だがユンは、ただ首を横に振るだけで集中などするどころではなかった。



「うあぁッ……!!」

 岩壁にぶつかるたびにリヴァイアの体に激痛が走る。これ以上岩壁にぶつかられると限界かもしれない。衝撃の後、時々意識が遠のいていく。

「くそッ……! 見えねぇ!」

 時間がたてばたつほどリヴァイアもファンも弱っていく一方だ。ドガァッっという轟音とともにカツンと何かが落ちる音がした。



「リヴァ!? まさか……!!」

 ファンはふらつく体を引きずりながら、その轟音がした方へ近づいた。幸いにもアプラディアンは左右の壁にぶつかりながら奥へと進んでいるようなのだ。手探りで歩くファンの手に細長い棒のようなものが触った。形状からしてリヴァイアの持っていたインフィニティアロッドのようだ。

「あ……ああ……助……けてっ……」



 ユンがカタカタと震える声で呪文のように何度もそうつぶやいている。ファンは拾ったインフィニティアロッドを持って、ユンの方へ近づいた。

「ユン……坊。逃げて、たら、何も……守れ、ない……ぜ」

 ファンはそう言うと、拾ったリヴァイアのインフィニティアロッドをユンの手に握らせた。

「あ……」

 そのインフィニティアロッドの感触が、ユンに、木箱の暗闇から助けてくれたリヴァイアのぬくもりを思い出させる。



「ぼ……く……」

 ユンはそのままインフィニティアロッドに魔力を込める。うっすらとではあるが暗闇の洞窟が明るくなった。

「上出来、だ」

 ファンはそれだけ言うと、カタカタと震える指先に力を込め弓を引き絞った。的が大きくて助かったとこの時ばかりはそう思った。ただ感覚で薄闇の影に矢を射る。ファンはそのまま、自分が放った矢の軌跡を見ることなくその場に倒れた。




「グギャアァァァァッ……!!」

 ファンの放った矢は見事にアプラディアンの頭頂部に突き刺さっていた。その直後、爆発して火花をまきちらす。かなりの衝撃だったのかアプラディアンは悲鳴を轟かせると、その場にズシャァっと倒れ伏した。口を開けた時にリヴァイアの腕が解放され、体が地面にたたきつけられる。

「ッ……!」



 岩壁にぶつかるたびに意識を飛ばしていたリヴァイアだったが、今はかろうじて意識をつなぎとめていた。ユンがへっぴり腰でリヴァイアの方へ駆け寄ってくる。

「リ、リヴァイア様ッ……!」

「ゴホッ……、ファ、ン……をッ……!」

 先に回復しろと言いたかったことが伝わったのか、ユンはうなずくとファンの方へと駆け寄った。そのまま暗闇になったかと思えば契約の詩が聞こえてくる。しばらくした後、暗闇が薄闇になり二つの足音がリヴァイアの方へと近づいてきた。



「無事……か?」

 ファンが心配そうな顔で覗き込んでくる。

「え、え……」

 正直しゃべるたびに体に激痛が走る。それでもリヴァイアは、笑んで見せた。ユンが急いで回復術を詠唱してくれる。体の激痛が少しだけ和らいだ。

「ユン、もう大丈夫です。あとは自分でできますから。回復、ありがとうございます」



「ひっ……ひふっ……い、いえ、そんな……」

 ぜいぜいと言いながらユンは笑った。額に脂汗がにじんでいる。これ以上は魔力の限界だろう。回復術は攻撃術より魔力を使う事を考えれば仕方のないことだ。リヴァイアは自身に癒しの魔術を使うと、今度は壁にもたれているファンの方へと近づいた。



 ファンの解毒も完璧なものではないのだろう、壁にもたれて先程から荒い息をついている。そのファンの胸に、リヴァイアは手を当てた。

()(むしば)みし(けが)れ、()(のぞ)かん。リカヴァペイン」

 ファンがほうっと息をつく。

「悪かったな」

「ユンの魔力では完全ではなかったでしょうから」

 そう言うリヴァイアにファンは苦虫をかみつぶしたような顔になった。

「そうじゃなくて……」



 何の事かとリヴァイアは首をかしげてファンを見上げた。ファンはリヴァイアの方を直視できないのか、リヴァイアの視線から逃れるようにそっぽを向いた。朱色の前髪が顔半分を覆って、暗い影を落としている。

「そうじゃなくてさ……。リヴァの話……ちゃんと聞かずに突っ走っちまったから……」

 うつむいたままそう言うファンに、リヴァイアはああ、と思い出した。

「急いでサラのペンダントを取り戻したい理由があったのでしょう?」



 そう言うリヴァイアにファンが驚いて顔を上げた。リヴァイアの視線とぶつかる。

「聞かないんだな。その理由とか」

 ファンの言葉に、リヴァイアはこくりとうなずいた。

「話す気になったらキミの方から話してくれるでしょう? 話したくないものを無理やり聞く趣味はありません。待ちますよ」

「ぼくはすごく気になりますけど……。でもリヴァイア様のご意見を尊重します!!」

 少し落ち着いてきたのか、ユンが二人の方へと近づいてきてそう言った。ファンがふっと笑う。

「リヴァもユン坊もお人よしだなー。俺のせいで死にかけたってのに」



「キミのおかげで初めて死の恐怖と生きる喜びに気付けましたよ。ありがとうございます」

 リヴァイアがファンに向かって嫌味たらたらにそう言う。ユンもハイッと手を挙げてファンに申し上げた。

「ファンさんがリヴァイア様の話も聞かずに突っ込んでいってくれたおかげで、リヴァイア様のような立派な魔術師になれる希望が見えてきました!! ありがとうございます!! ぼくもう逃げません!」

 無邪気にそう言うユンに、ファンはがくりと肩を落とした。



「嫌みは嫌味っぽく言ってほしいけどな……」

「ほ?」

 やはり天然には敵わないファンである。はははっと苦笑した。

「んじゃま、無駄な魔力も使わせちまった事だし、少し休んでから先に進むか。リヴァ、ちと光を頼む」

 言われるままにリヴァイアがインフィニティアロッドをユンから受け取り光を灯すと、ファンはアプラディアンの方へと歩み寄り、頭頂部に突き刺さったままであった青い羽根のついた矢を引き抜いて戻って来た。



「その矢……爆発していませんでしたか?」

 問いかけるリヴァイアに、ファンはああ、と答えた。

「術式を刻んだ矢に魔術師の魔力を込めてもらってるんだ。物に術式を刻む技術士は今は世界に数えるほどしかいないから、この矢はすごく貴重なんだよ。もう俺の手元には三本しか残ってない。

 確かに矢筒を見てみれば、青い色の羽がついたものは二本しか刺さっていなかった。



「そんな貴重なものを……ありがとうございます」

 あの時放っていたものがこの矢でなければ、おそらくアプラディアンは力尽きていなかっただろう。リヴァイアはインフィニティアロッドを持ったままの左手をファンに向かって差し出した。

「僕が魔力を込め直しておきますよ。準備は万端にしておかないといけないですし」

 その手を見たファンが持っていた矢を矢筒に戻して手首を握りしめた。

「な!?」

「ファンさん!?」



「準備は万端にって、リヴァが言える立場じゃないよな」

 握りしめたリヴァイアの左手首を引くと、ファンはリヴァイアのローブの袖をめくりあげた。その右腕には出血してはいないものの、くっきりと先程アプラディアンに噛みつかれた傷跡が残っていた。

「この辺りもだろ?」

「や、やめてください!!」

 抵抗するリヴァイアの左手を振り払い、ファンはリヴァイアのローブの胸元を広げた。右肩にくっきりと残った傷跡があらわになる。



「俺の矢よりこっちの治療の方が先だ。右手だけ動かさずにいてバレないとでも思ったのかよ?」

「…………」

 リヴァイアは返す言葉が出てこなかった。魔力を温存しておくために自身の治療は痛まない程度にしておいたのだ。魔力をたくさん使う回復術で自身を完全に回復するより攻撃術を用意しておいた方がこの後の戦闘ではいいのではないかと考えた結果からだったのだが……。まさか気付かれていたとは思っていなかった。


「分かりました。ちゃんと直しますよ」

 渋々リヴァイアは自身の治療を始めた。持っていたインフィニティアロッドが光を放つ。

「あ!!」

 何かに気付いたユンが走っていって、その何かを拾って戻って来た。リヴァイアにそれを差し出す。

「ああ……眼鏡……ですね。大丈夫ですよ。見えない訳ではないですから」

 受け取った眼鏡は原形が分からないほどガラス板は粉々に、フレームはぐちゃぐちゃになっていた。これでは新調した方がよさそうだ、とリヴァイアはため息をついた。ファンがそんなリヴァイアの顔を覗き込んでくる。




「リヴァって、眼鏡がないとさらに子供だなー。庭とかでかけっこしてそうだ」

 ファンのそのセリフでリヴァイアの額に青筋が浮かぶ。

「ファン、キミは口で身を滅ぼすタイプのようですね。僕の知り合いで一名そういうのが居ますが、まさかキミも同類だったとは思いませんでしたよ」

 金髪ウザ男の護衛兵士、ディオを思い出してさらに怒りが倍増した。そういえば、護衛兵士をクビになったと言っていたが、今はどうしていることか。思い出すのもバカバカしくなりリヴァイアはさっさと自身の治療を終えてファンから先程の矢を受け取ると、壁にもたれて座り込んだ。

 インフィニティアロッドを傍らに置くと、辺りが暗闇に閉ざされる。ユンが静かに口を開いた。



「ファンさん。リヴァイア様はかけっこをするようなお方じゃありませんよ」

 たまにはまともな事を言うじゃないかと思ったリヴァイアであったが、その後のセリフはやはりユンだった。

「リヴァイア様は本を読みながらかけっこする子たちをうらやましそうに見つめているインテリタイプなのですから。例えかけっこをしたとしても一番後ろを息を切らせながらついて行くタイプなのです!!」

 そんなに意気込んで何を言いたかったのか……。とりあえずリヴァイアの神経をズタズタに切り裂いた事だけは確かだった。ユンの言葉を聞いてファンが声をあげて笑いだした。こいつらと約一名を加えてバカトリオと呼んでやろうと心に決めたリヴァイアである。



「ユン……。生き長らえたいなら口は慎んでください」

 誰にも見えてはいないがリヴァイアの額にはピキピキ青筋が幾筋もたっていた。ここで魔術を発動しなかっただけましだったと思ってほしい。リヴァイアは魔力の込め終わったファンの矢とインフィニティアロッドを手に立ち上がった。ロッドの先に魔力を送り光を灯す。




「………………ァ……!?」

 遥か彼方から、人の声が聞こえたような気がした。リヴァイアは気になって、ロッドを前方にかざした。遠くから誰かの足音が聞こえる。

「リヴァ……!」

「!? サラ!!」

 しばらくして現れたのはまぎれもなくサラだった。座り込んでいたファンも立ち上がり、サラの方へと歩み寄った。



「やっぱり無事だったな、剛力女。」

「あら? まだペンダント取り返してくれてなかったの? ヘタレ兄さん」

「ちょ…! 兄妹喧嘩は!! 僕がいない時にお願いしますよ!!」

 チャキッと剣に触れるサラを見てリヴァイアがあわてて二人を制止した。スリュー兄妹に挟まれてはかのリヴァイア=ディストランタも形無しだ。



「あ……そういえばリヴァ」

「はい?」

「レコなんだけど……、ごめんね。私を助けてくれた人と一緒にどこかへ行っちゃった」

 そういうサラに、ファンが不思議そうに問いかけた。

「お前を助けてくれた人? 奇特な奴もいたんだな。というか、この一本道でどこかへ行くって……ありえなくないか? 幽霊とかじゃないだろうな?」

「え……? 幽霊……だったのかしら……?」

「ゆ、ゆ、ゆ、幽霊!?」



 サラが今更ながらに不安げになる。それを聞いていたユンが今にも逃げようと腰を浮かせかけた。

「逃げないんじゃなかったのか? ユン坊?」

 ユンの姿を見たファンがからかい口調でそう言った。ユンがううう……と唸る。

「まあ……、無事合流できたのですから、幽霊だったとしてもよかったんじゃないですか? それよりサラ、左腕を見せてください。傷を治療しますから」

 ユンを励ましつつ話をまとめると、流血していたサラの腕をとった。そのリヴァイアの手をサラは反対の手で握って止める。



「かすり傷よ。すぐ治るわ。魔力は温存……でしょ?」

 それだけ言うと、サラは近くの壁にもたれて座り込んだ。

「ちょっとだけ、休ませてね」

 サラはそのまま目を閉じた。ファンも肩をすくめるとリヴァイアの手に握られていた矢を取り、サラの近くに座り込んだ。


「仕方ありませんね…」

 リヴァイアは一つ嘆息すると、近くにあったサラとは反対側の壁にもたれて座り、インフィニティアロッドを手放した。暗闇の中、しばしの休憩タイムだ。

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