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歌の章 第5話

「あれ?レコがいない……」

 洞窟をしばらく進んで自分の懐が軽い事に気がついたリヴァイアである。確認のためにもう一度左胸の辺りに触れてみたが、レコの感触はなかった。



「探しに戻るか?」

 サラの時とは違い、ファンがかなり心配そうにリヴァイアの方に寄って来た。それだけサラの事を信頼しているという事なのだろう。だがリヴァイアは首を横に振った。

「いえ、おそらく大丈夫ですよ」

「魔獣は魔物に襲われることもほとんどないようですし、レコがいきなりいなくなることなんてしょっちゅうなんです! そうですよね? リヴァイア様」




 ユンがリヴァイアの言葉尻を取り懇切丁寧に説明をした。話す事がなくなり少しムッとするリヴァイアであったが、ユンは気付いていないようだった。

「そっか。じゃ、心配ないな。いやー、リヴァがちび助に見捨てられたんじゃないかって心配したぜ。いつものことだったんだな」

「な!? それでは僕がいつもレコに見捨てられてるみたいじゃないですか! まったく、失礼な!!」



 あまりにもひどい扱いに、リヴァイアは腹立ち紛れにファンのひざ裏を蹴ってやる。うまい具合に入ったのか、ファンがカクンとひざを折った。

「あははッ」

 気持ちよく入った攻撃と、ファンの少し驚いた表情についつい笑ってしまう。ファンがバツの悪そうな表情になるとため息をついた。少し不機嫌そうに文句を言う。

「これから戦に赴く戦士のやる気の腰を折るとは何事よ!?」

「あれ? 折ったのはひざじゃなかったですか?」



 間髪いれずにユンが大ボケをかまし、ファンは脱力した。冗談好きのファンでも天然には勝てないらしい。突っ込むセリフを奪われたリヴァイアはインフィニティアロッドを右手に持って構えると、そこに自身の魔力を込めた。薄暗かった洞窟内が淡い光に包まれ辺りが明るくなる。

「何? そんな魔術もあるのか?」

 不思議そうに聞いてくるファンに、またもやユンが自慢げに答えた。



「これはこのインフィニティアロッドのお力なんですよ!! 魔力を増幅する際に光る仕組みを利用しているんです!! リヴァイア様は考えることも素晴らしいです!!」

「ユン……。僕のセリフを奪わないでください」

「はうっ……」

 不機嫌そうにそう言うリヴァイアに、小さくなるユンである。ファンがユンの頭をぐしゃっとかき混ぜた。



「そろそろ見えなくなってきてたから火の術でも使ってもらおうかと思ってたけど、これなら楽に進めそうだな」

 ユンの頭をぐしゃぐしゃにしながらそう言うファンに、リヴァイアはうなずいた。

「僕の魔力が尽きないうちに魔物の元へ辿り着くのが前提ですが」

 そう言うリヴァイアに、ファンが笑いながら「間違いねーな。」と言った。ユンはその下でギャーギャーと言っている。

「しかし……ここまでは魔物もいなかったですし、ほぼ一本道でしたね。これならばサラと早く合流できそうです」




 安心したようにそう言うリヴァイアに、ファンが首を横に振った。

「安心するのは早いぜ? リヴァ君。前も後ろも一本道。ってことは……だ。ここで魔物と出会ったら、逃げ道はないってことだ」

 リヴァイアはユンと顔を見合わせた。

「ここで魔物に襲われる可能性もある……という事ですか?」



「出ない、とは言い切れないだろ? ここには親玉もいる訳だし。こう、自分を狙ってくる人間どもを誘いこんで集団で頭から…………がぶり!!! ……な~んて」

「うぎゃあああぁぁぁぁッ……!!!」

 ファンの脅すようなセリフに、ユンが特大の悲鳴をあげて近くにあった岩の隙間に両手で抱えた頭を突っ込んだ。それほど恐ろしかったのか。なんにせよはたから見れば突き出た尻が気になって仕方がない。




「あっはははは!」

「ファン……。ユンをからかうのも程々にしておいてくださいよ」

 大爆笑のファンにリヴァイアはやれやれと肩をすくめた。一つ嘆息すると、インフィニティアロッドを魔導書と共に左手に持ち、岩壁から突き出たユンの尻をぺちぺちとはたく。

「ふえ?」

「大丈夫ですよ、ユン。いざとなったらファンを囮に二人で逃げましょう」

「げ、マジ?」



 どこまでが本気で冗談なのか分からないファンに呆れながらも、リヴァイアは辺りを見回した。

「今のところ魔物の気配はないようですし、もう少し警戒しながら進んでみましょうか」

 リヴァイアの言葉にファンがにやりと笑った。

「俺の言う事ちゃんと聞いてくれるんだな」

「まあ……そうですね、ちゃんと聞きますよ。ただ単にからかって言っていただけ……とはさすがに思いませんから」



 眼鏡を押し上げながらリヴァイアはそう言った。魔物の親玉がいるとするなら確かに油断はできないだろう。もう一度ユンの突き出た尻をはたくと、ファンの背を押した。

「あれ? なに? 俺が先頭!?」

 そう言うファンに、リヴァイアは無言でうなずいた。さらにファンの背を押す手に力を込める。自分が先頭を歩きたくなかったが為の結果の行動だ。ユンがようやく岩壁から頭を出し、リヴァイアの後についた。



「ったく……、しょーがねーなー。まあユン坊が先頭なんか歩いたら頭じゃなくて尻からガブリといかれそうだしなぁ」

 ファンの言葉にユンが文句を言っていたが、リヴァイアもファンの言葉に納得してしまったことは内緒だ。そこからしばらくはファンとユン、二人でワーワーと言いながら先を進んだ。







 リヴァイアが二人の騒がしさに耳を塞ぎたくなってきた頃、ファンがあれ? と、立ち止った。何事かと、道の先を照らしてみる。

「行き止まり……のようですね」

「もしかして曲がり道を見逃したんでしょうか? でもずっと壁でしたよねー?」

「入口もここしかなかったはずだし……、おかしいな」



 一本道の突き当たりが行き止まり、という現実にリヴァイアは張っていた気が一気に抜けた。

「あー……かなり歩いたから、ぼくもう疲れてきちゃいました―」

 そう言うと、ユンは突き当たりの壁にもたれてその場に座り込んだ。一本道ではあったが、かなり歩いたせいかリヴァイアも疲れが出てきていた。インフィニティアロッドに魔力を注ぎ続けているせいもあるのかもしれない。何しろ自身の魔力が尽きると生命力が魔力に返還されてしまうため、無理をすると命にかかわるのだ。




「少し休みませんか?」

 そう言うと、リヴァイアは二人の返事を待たずにインフィニティアロッドにそそいでいた魔力を止めて、壁にもたれ座り込んだ。辺りが暗闇に包まれる。

「うは……。こんなに真っ暗だったんだな、ここ……」

 ファンがぼそりと感想を述べる。光を消すとすぐ近くに居るはずの二人の顔すら見えなくなっていた。

「ぼく……、暗闇は少し怖いです……」

 ユンがポソリと呟いた。静まり返る洞窟内でなければ聞こえなかったであろう声量だ。



「暗いのが怖いなんて、ユン坊も子供だなー」

「違いますよ。ユンが暗闇を怖がるのは、廃墟の木箱の中から発見されたせいだと思います……」

 からかい口調のファンに、リヴァイアがすぐさま言葉をはさんだ。あの時の光景は10年以上経った今でも忘れられない。



 あの日、あの時……リヴァイアは国に関わる大事でもないのに珍しく木箱の夢を見たのだ。あの時は何のことか分からなかったが、魔物退治の帰りにたまたま寄った廃墟にあった木箱が、夢で見た木箱そっくりで、リヴァイアは気になってその木箱を開けたのだ。その時中にいたのがユンだった。そこにいた、たった2歳のユンはうつろな目でリヴァイアを見上げ、小さな手を握り締めて震えていた。後で分かった事だが、ユンの両親がユンだけでも賊から守りたくて、あそこに入れたらしかったのだ。リヴァイアはその事をファンに話した。



「とは言っても、ぼく両親の事はほとんど覚えてないんですよね。だからぼくの親はリヴァイア様みたいなものなんです! あの時のリヴァイア様のぬくもり……、ぼくも誰かを助けてあげられるようにリヴァイア様のような偉大な魔術師になりたいんです!!」

 そう言うユンの言葉から、見えなくともキラキラ光線がこちらに向かって飛んでくるのが分かる。あまり過剰評価しないでほしいと思うリヴァイアである。



「そっか……。からかったりして悪かったな……」

 少し沈んだ口調のファンに、リヴァイアは首をかしげた。ファンにも何か事情があるのだろうか?問いかけようと口を開いたところで、地面が揺れた。

「な……地震!?」

 かすかな揺れに驚いて、リヴァイアは傍らに置いておいたインフィニティアロッドと魔導書を手に持ち立ち上がった。ロッドの先端に魔力を込める。




「地震の割には揺れが少なかったけどな……」

 そう言うとファンも立ち上がった。リヴァイアの方に歩み寄ってくる。

「リ、リヴァイア様……」

 何故か青い顔をしたユンがその場に座ったまま、こちらを見上げていた。

「ん? 何? ユン坊、おトイレ?」

「ファン!!」



 先程の反省はどこへやら、ファンはもうからかい口調に戻っていた。それなのにユンは怒ることもなく、青い顔をしたまま震えていた。

「どうしたんですか? ユン。気分でも悪く……」

「い、いえ……、その……、この壁……さっき地面が揺れてから微妙に動いていて生暖かい風が来るんです……」

 ユンの言葉を聞いてリヴァイアの頭には1匹の魔物が浮かんだ。




「まさか……擬態生物、アプラディアン……」

「アプラディアン……?」

 不思議そうに首をかしげるファンへの説明を後にして、リヴァイアはユンの方からできるだけインフィニティアロッドを離した。

「ユン。そーっと、こちらに来てください。刺激しないように……」



 リヴァイアの言葉にユンはゆっくりうなずくと、這いながら静かにリヴァイアの方へ来た。リヴァイアはユンの手を取り立ち上がらせると、ファンの方へ向き直った。

「ファン、帰りましょう。この壁がアプラディアンなら手を出すのは危険です。幸いアプラディアンはこちらから手を出さなければおとなしい魔物なので……」

「俺達にペンダントを諦めろって言うのか?」



 ファンの口調がとげとげしくなる。リヴァイアは首を横に振った。

「そうは言っていません。しかしアプラディアンが去るか、奥に居る魔物が出てくるまで待った方がいいと言っているんです」

 リヴァイアの言葉にファンは唇をかみしめた。

「そんな悠長なことを言っている暇、俺達にはないんだ!!」

 ファンはそう言うと、矢を引き絞った。狙っているのは先程ユンが居た壁だ。

「ファン!!」




 そのままリヴァイアの制止も聞かずにファンは矢を放った。

「くっ……!堅牢(けんろう)たる光壁(こうへき)よ、()(まえ)(いで)よ!!」

 ファンを止めることは出来ないと悟ったリヴァイアは、とっさに集中を始めると魔術の詠唱を始めた。

 どこからともなく風が集まり、その風がリヴァイアの裾を翻しながら左手に持っていた魔導書のページをめくっていく。リヴァイアの右手に構えられたインフィニティアロッドがまばゆい光を放った。

 ユンはあわててリヴァイアの背後に隠れると、自身の懐から水晶玉を取り出して集中を始めた。それと同時に、ファンの矢が先程ユンが居た壁に突き刺さる。




「セイクリッドウォール!!」

「ブオオオオオォォォォッ!!!」

 リヴァイアの魔術が発動し、光の壁が洞窟を塞ぐようにリヴァイアの前方一面に広がるのと、赤い霧が広がるのは同時だった。ファンがその赤い霧にのみ込まれた。

「ユン!解毒魔術の詠唱を!!」

「はうっ……!えと、わ、(われ)()(ねが)う。(われ)(ちから)()(つか)()()する(ちから)なり。()魔力(まりょく)(かて)として、(われ)(ちから)()したまえ。清浄(せいじょう)なる(いの)りを(もと)に、()(ちから)(ささ)げん。これ魔術(まじゅつ)契約(けいやく)なり」



 久しぶりに聞いた、契約の詩だ。自分のように魔術に慣れていない魔術師は、まず契約の詩を詠わなければ魔術を発動することは出来ない。この後魔力を更に集中して高め、呪文の詠唱に入るのだが……。

「このままではファンがアプラディアンの餌になってしまいますよ!」

 リヴァイアは毒を含んでいる赤い霧が完全に消えるのを待ち、防御壁を解くとファンに駆け寄った。

「僕が解毒します!」



 リヴァイアはそう告げると、魔術の詠唱を始める。持っていたインフィニティアロッドが再び輝きだした。

「ブオオオォォォォォッ!!!」

 アプラディアンは光が目に障ったのか、擬態するのをやめて硬そうな芋虫の姿になると、洞窟の半分程もある巨体とは思えないほどのスピードでリヴァイア達の方へ近づき、光を放っているインフィニティアロッドごとリヴァイアの右腕に噛みついた。ギザギザとした幾本もの歯がリヴァイアの腕に食い込む。

「うああ!!」



 あまりの痛みにリヴァイアは集中を途切れさせ悲鳴を上げた。アプラディアンはリヴァイアの腕に噛みついたまま、ファンが居る方とは逆の右側の岩壁に激突した。

「リヴァ!!」

「リヴァイア様!!」

 狭い洞窟内に、二人の悲鳴に近い声がこだまする。

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