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歌の章 第4話

 ガンガンと固いものが腹に当たる感覚と、息苦しさでリヴァイアは目を覚ました。目の前には細く引きしまったウエストと、リヴァイアの脳天を直撃した剣が揺れている。

 しばしの逡巡(しゅんじゅん)の後、リヴァイアは勢いよく頭を持ち上げた。

「キュウッ!?」



 何故かリヴァイアの頭の上に乗っていたレコが振り落とされて、コロコロと転がり落ちてくる。リヴァイアはあわててレコを両手でキャッチすると、ふうっと息をついた。

「あ、気がついた? よかった~。ユン、リヴァが目ぇ覚ましたわよー」

 リヴァイアの横から声がかかる。それと同時にぽすんと地面に下ろされた。見上げればファンではなくサラの顔が飛び込んできた。どうやらリヴァイアはサラの肩に担がれて運ばれていたらしい。そのことを理解すると、一気に恥ずかしくなった。



 そんなリヴァイアの心中などお構いなしに、どこにいたのかユンがリヴァイアの名を叫びながら駆け寄ってきて、リヴァイアの頭をぺたぺたと触りだした。

「なに……してるんですか。キミ……」

「はう……。だってリヴァイア様……気を失うほどの衝撃を受けたんですよ? ものすごっく心配でした~」

「一番に逃げたくせに……」



 ユンの手を払いのけながらぼそりとそうつぶやいたリヴァイアだったが、もちろんユンの耳には届いていないようだった。

「大体どうして僕を担いでいたのがサラなんですか!? 普通こういう時はファンが……」

 男のプライドをズタズタに傷つけられた気分になりかなり沈む。女の人に担がれるなんて……とショックで仕方がない。

「俺、箸より重いもの持ったことないんだよなー」

「その弓はどう見ても箸より重いと思いますけど」



 こちらに近づいてきてとぼけるファンに即座に突っ込む。

「ありゃ、バレてら」と肩をすくめるファンをリヴァイアは軽く睨みつけた。

「まーまー、サラが日が暮れる前には洞窟に辿り着きたいって言うし仕方ないだろ? 俺、サラより体力ないし、サラが担ぐって言い張ったから任せただけだよ。その代わりにこうしてリヴァの荷物持ってやってるだろ?」

 そう言いながら、リヴァイアのインフィニティアロッドと魔導書をこちらに持ち上げて見せた。体力がないなんて絶対に嘘だと心の中で思いながらファンの手に握られたリヴァイアの持ち物をむしり取り、サラに礼を言うべく再びサラの方を振り向いた。




「サラ、運んでくれてありがとうございます。重かったでしょう?」

 よく考えれば原因を作ったのはサラ自身であったが、そのことをすっかり忘却していたリヴァイアだった。それ以上に何も考えていないサラが、リヴァイアに向かってにっこりとほほ笑んだ。

「やっだ、リヴァったら全然重くなかったわよ? 剣みたいに振り回せるぐらい」

「け、剣のように!?」

 二人の会話を聞き、何故かユンが青ざめる。リヴァイアはそこまで軽くはない……と思いつつも、サラなら本当にやってのけてしまいそうだと想像してしまいぞっとした。

 おかげで変な力が入りリヴァイアの手の中にいたレコが締めあげられてキュウっと悲鳴を上げた。

「あ、ごめん」



 リヴァイアはレコに謝ると、ようやくぐるりと辺りを見回した。どうやらすでに山脈の中腹辺りに居るのか、辺りには岩と石と枯れ木がごろごろと転がっているだけだった。数メートル先は崖になっているようで、反対側には岩壁がそびえ立っている。普通に歩く分にはそこまで狭くはないが、ここで魔物に襲われればかなり危険だろう。

 そう考えていた矢先にリヴァイアの真横を風が切った。何事かと見てみれば1体の魔物がその風が向かった先に倒れていた。腹部に3本の矢が突き刺さっている。



「魔物……」

「さっきからもう何度も襲われてます。ファンさんがああして攻撃される前に倒してくれてるんですよ。いきなりリヴァイア様の持ち物を押しつけられた時は何事かと思いましたが」

 ユンがリヴァイアにそう告げた。それを聞いてようやくサラが自分を担いでいた理由に気がついた。自分を担いでいては魔物を相手にするのは難しいだろう。ファンは自ら魔物退治を買って出ていたようだった。


「素直じゃないんですね……」

 自分のことを棚に上げてリヴァイアはファンにそう言った。ファンは口元をにやりと歪めただけだったが。



「洞窟はどの辺りなんですか? もう近いのですか?」

 そう問いかけるリヴァイアに、ファンは肩をすくめて答えた。

「ああ。ここを少し進むと開けた場所に出るんだ。その先にある。……まったく、怪力バカが速足で休憩もせずに進むからもうくたくただよ」

 ファンの言葉を聞いたサラが無言で鞘付きのまま剣を構えた。ファンに背後に回られ、体を押さえつけられたリヴァイアの顔が珍しく真っ青に染まる。これでは命がいくつあっても足りない。



「兄妹喧嘩は僕がいない時にお願いしますよ!」

 リヴァイアはそう訴えると、ファンの手から逃れて距離をとった。

「リヴァって反射神経鈍いわよね。あのスピードの剣が避けられないなんて」

「まさか本気で剣を叩きつけられるとは思っていなかったですからね。今後は気をつけますよ」

 サラの嫌味に嫌味で返し、抱いていたレコを左肩の上に乗せた。レコはその場で毛づくろいを始める。



「そう言えば、レコって魔獣なのよね? 魔獣って希少なんでしょ? この世界に数十体しかいないって聞いたことがあるわ」

「ええ、そうですね。長命な代わりになかなか生まれないと聞いたことがあります。レコも僕が生まれたときから一緒にいたらしいんですよ。僕が生まれる前にどうしていたのかは分かりませんが、今は僕になついているようなので飼ってます。食いしんぼで困ってますけどね」

「キュ?」



 リヴァイアの言葉に人の言葉も解しているらしいレコが首をかしげて見せた。どうやらとぼけているらしい。リヴァイアはその様子を半眼で見ながら、レコの鼻先をなでた。レコは気持ち良さそうに目を細めている。

「食いしんぼって、何を食べてるんだ? こいつ」

 ファンがリヴァイアの横に来てレコの額にはまった赤い石を指でつつきながら尋ねた。普通の動物にはないその石が気になったのだろう。レコが嫌そうに短い前足を伸ばしてファンの手をどけようと頑張りだした。



「あ! 触っちゃダメですよ! ファンさん。魔獣の体についている魔石は魔獣の命そのものなんですから! もし傷でもつこうものなら………………呪われますよ……」

 顔の下からライトアップでもしたかのようにそう言うユンの表情をリヴァイアは呆れ顔で見た。ファンはぽかんとしていたようだが、いきなりリヴァイアの真横で吹き出した。

(きたな)ッ……」

「わ、悪ぃ……。くくっ……。ユン坊それ脅しか? つーかレコの呪いって……。ぶくく……」



 何がそんなに面白いのか、ファンが腹を抱えて笑っている。その隙をついてレコがリヴァイアの左の懐の中に逃げ込んだ。

「お、逃げられた」

 ひとしきり笑った後リヴァイアの肩の上にいないレコに気付き、ファンはリヴァイアのぽっこりと膨れた左胸の辺りを指先でツンツンとつつきだした。

「ギュップウッ!!」



 つつかれたレコが懐の中で変な鳴き声をもらす。いい加減本気で怒りそうだとリヴァイアはインフィニティアロッドと魔導書を片手でまとめて持ち、ファンの手首を握ると顔を見上げた。

「レコのご機嫌取りにはタタの実を拾ってきてください」

「ああ、タタの実を食うのか。あれ、独特の味がしていいよな」

 うんうんとうなずくファンを見上げるリヴァイアの右胸を、いきなりムギュッと掴む手があった。



「……何……してるんですか? サラ」

「え? いや、こっちにも居たりしないかなーって?」

 そう答えるサラの顔をリヴァイアは呆れ顔で見つめ、ファンの手を離して眼鏡を押し上げた。

「先程自分で希少だと言ったでしょう? そうそういませんからセクハラはやめてください」

 自分が女の子でサラが男であったなら確実に訴えられているような手つきでむにゅむにゅと触ってくるサラの手をどけつつ、リヴァイアは先に向けて歩き出した。似たもの兄妹とは彼らの事を言うのだろうと心の中で納得してしまったリヴァイアである。




「リヴァ! 伏せろ!!」

「うわあああぁぁぁぁッ!!」

 突如、ファンの険しい声とユンの悲鳴が飛んできた。その声とともに、ひゅんひゅんと高い音を発しながらファンの放った矢が飛んでいく。リヴァイアの頭は反応する前にサラによって地面に押しつけられた。その頭上数センチを何かがかすっていく。

「また魔物ですか!?」



 頭を低くした状態で見上げれば、上空に数十体の羽の生えた犬のような魔物が旋回していた。その魔物は時折こちらに向かって急降下して攻撃くる。

「うわっ……うわわわわ! 何かうじゃうじゃいますよ!? リヴァイア様~!」

 情けない声を出しつつユンがリヴァイアの方にへっぴり腰で駆け寄って来た。その間にもファンの矢は次々と魔物を捉えて行く。



「くそ……多すぎる。これじゃ埒が明かないな」

 ファンの呟きにサラが自身の剣を引き抜きファンの方へ走り寄った。

「兄さん、二人を連れて洞窟へ先に入ってて。ここは私が引き寄せるわ」

「サラ……。分かった、無茶するなよ」

「それ、無理な話だわ。無茶するのが私だもの」



 そこまで言うとサラは急降下してくる魔物に向かって剣を一閃した。ボトリとサラの足元に魔物が転がる。そこには目もくれずにサラは次の魔物に向かって駆けだした。

「サラ! 僕が魔術で……」

 一掃すると伝えようとしたリヴァイアだったが、ファンに抱えられて言葉が途切れた。

「リヴァ、お願い。力は温存しておいて。リヴァだけが頼りな……きゃぁぁっ……!」



 リヴァイアの方に気を取られていたのか、急降下してくる魔物を避けようとしてサラが崖から足を滑らせた。滑り落ちる音と悲鳴が響き渡る。

「サラ!!」

「サラさん!!」

 その場にいた全員が叫び、崖に駆け寄って下を覗き込んだ。

「みんな……、平気よ! 先に進んでて!! 必ず追いつくから!」



 思ったより元気そうなサラの声に3人は胸をなでおろした。だが油断はできないようだ。上空に居た魔物が次から次へとサラに向かって急降下していく。

「いい加減……ウザいのよ!!」

 サラの叫び声の後に剣の軌跡が舞う。数体の魔物がその場に落ちた。

「無理はしないでくださいよ!!」

 リヴァイアはファンに抱えられ、その場を離れる間際にそう叫んだ。声が届いたかどうかは不安だったが、遠くから『大丈夫』という声が聞こえたような気がしたので心配しないことにした。

 ファンに抱えられて洞窟に向かうリヴァイアの後に続き、ユンも走ってついてくる。




 少し走ると先程ファンが言っていたように、洞窟の入り口はすぐ近くにあった。その洞窟に駆け込むとファンはリヴァイアの体を放り、後についてきていた魔物を矢で突き刺した。

「ふう……。ここに何もいなくて助かったぜ……」

「痛ぅ……」

「う、うう……。怖かったです、リヴァイア様~」

 魔物が襲ってこなくなったのを確認すると、三者三様に声をもらした。リヴァイアは痛む腰を押さえて立ち上がり、ファンを睨みつけた。

「もう少し気遣いがあってもよかったんじゃないですか!? 物のように放り投げるってひどすぎるでしょう!!」




 文句を言うリヴァイアの頭をポンポンと触りながらファンがあははと笑った。

「悪かったな。こっちも気が張っていて気遣う余裕がなかったんだ」

 そう言われては返す言葉がないリヴァイアである。言いたいことは山ほどあったが飲み込んで諦めた。

「サラ……大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だろ。あの程度の魔物でやられるような女じゃないさ。」


 かなり信頼しているのか心配すらしていないようだった。リヴァイアもサラの事を、サラの言葉を信じることにした。



「待つだけというのも結構つらいものですが」

 ここでサラが来るのを待つしかないと思っていたリヴァイアだったが、ファンがいきなり歩き出すのを見てあわてて後を追った。

「あれ!? どこへ行くんですか!? サラを待つのでは……」

「待ってるだけってのもアレだろ? 先にサラのペンダント取り返しておいてやろうぜ。幸いリヴァはここに居る訳だし、ユン坊もいるしな」



 そう言うとファンは奥に向かってすたすたと歩き出した。

「ちょ、ファン! 待ってください!」

「え? あれ? 先に行くんですか!? あわわ、待ってください! 二人とも~~~~~!」

 あわててファンの後を追うリヴァイアの後を、ユンが駆け足で追いかける。

 洞窟の暗闇に、3人の背が飲みこまれていった。

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