黒水晶の章 最終話
直後緊迫した空気を打ち破るかのように、リヴァイアの耳に何故か聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「アアァァァッ!! ホーホーべーべーだぁぁぁぁぁ!!!!!!」
何事かと見上げれば見知った金髪のバカオが天井から降ってきている。
「衝撃ぶつけて緩和すっからホーホーべーべーしてくれぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「なるほど。その手がありましたか! あなたもごくごく稀には役に立ちますね」
降って来るディオにはお構いなしに、リヴァイアは素早く詠唱を完成させる。
「聖なる光よ、かの地を守り給え。ホーリーヴェール!」
ジヴァルもディオに気を取られていたのだろう、おかげで破壊されるより先に術を張り巡らせることが出来た。ついでと言わんばかりにディオに柔らかな風のクッションを送る。ジヴァルが舌打ちをした。
「……ふん。まぁいい、目的は達した。もう少し泳がせておいてやろう」
ディオをちらりと見て顔をしかめた後、ダグラの方を見て口元に笑みを張り付けると、そのままジヴァルの姿はかき消えていった。直後ドサッという音が響く。同時に白い塊がリヴァイアの元まで駆けてきた。
「きゅううぅぅ!!」
「いってぇぇぇぇ……くっそ、何なんだこの建物はよぉ! 一歩踏み出すごとに針やら落とし穴やら……あん? リヴァどうし……おえぇ!? ファン兄さん無事だったか!?」
騒がしい男だと思いながらもリヴァイアはダグラに近づいた。未来を見たはずだった。それなのにこの始末だ。申し訳無さとイリスにどう言い訳をするのかで頭の中がいっぱいだった。それにダグラを失ったという事は世界の破滅にも繋がるという事だ。
「あの男が見せた夢とは……どういう意味なのでしょ……わッ!?」
考え込みながらダグラの横に膝をついたリヴァイアの手首を、いきなり何かが掴み上げた。驚きで心臓がドキリと跳ね上がる。
「……ぁんだよ。もっと可愛らしく泣いてくれるかと思ったのによぉ」
突然の出来事に思考がついて行かなかったが、何故か目を開けたダグラと視線が絡んだ。
「貴方も魔術を施され……?」
まとまらない思考の中でのリヴァイアの最もな質問に、ダグラがあっはっはと笑い声をあげて自分の胸元から一つの指輪を取り出した。彼の左の薬指にはまった指輪と似たデザインの……だがそれ以前に何処か見覚えがある物の気がした。
「しっかし、戦争で失くしたと思ってたんだがよぉ。まさか今になってまた妻に救われるとはな。あとそこの金髪の青年に、だな」
そう言うダグラの視線の先を追えば、そこには辺りをキョロキョロと見まわし状況を把握しようとしているディオが居た。そこで全てが繋がる。
「もしかしてその指輪は……僕がディオに渡した、魔術を吸収する指輪……ですか?」
「おう。そこの青年がおれの持ち物じゃねーかって聞いて来たからよ。コイツを見たときはマジで驚いたけどな」
わははっと声をあげて笑う。リヴァイアはそのまま脱力した。
「それではエリンの魔術にやられていたのは……」
「おれの演技も捨てたもんじゃねーだろ? まぁでも、わざと体から離したりして攻撃受けたりもしてたから結構大変だったけどな?」
ウィンクをして寄こすダグラに、ほとんどが演技だったと分かり安心したのが半分、残りは呆れ顔のリヴァイアである。レコが不思議そうな顔で二人を眺めていた。
「ニーナ……」
そんな二人など視界に入っていないかの如くディオが少女の脇に膝をつく。まだ意識があったのだろう、ニーナはディオを見上げて自嘲するように笑んだ。体はもう動かないようだ。
「は、笑いに……来たの、か?」
「ちっげーよ! リヴァ! こいつ、治してくれねーか?」
振り返って大きな声で問いかけてくるディオに、小さく首を振りつつリヴァイアは二人に近づいた。
「彼女はサラと同じ体だそうです。ですから僕の回復術では癒す事は出来ません。サフィアの元へ連れて行けばあるいは……」
そう言うリヴァイアに向けて、オレンジの石が放り投げられた。それがニーナの命の元であると気づいたのは、ニーナがリヴァイアに、その後ディオに向けて口を開いてからだ。
「アンタらに借りを、作るなんてッご、めんだ、ね! アンタ、の首……を、直に、飛ばせないの、は残念……だ、けど。それ……エリン、に……」
「おい、ふざけたことをっ……!」
怒りの声をあげるファンを見て笑みを浮かべた後、ニーナはそのまま力尽きたのか目を閉じた。ディオが拳を握り暫くニーナを見つめていたが、その後黙ったまま抱き上げた。
「コイツとは本当に少しだけ刃を交えただけだけどよ、なんか楽しかったんだ。不謹慎かもしんねーけど、戦う理由なんかなくもう一度戦ってみたかったぜ……」
呟くディオに声をかけることが出来ず、リヴァイアはファンにニーナの石を渡した。ファンが少し驚いたようにリヴァイアを見る。
「サラと共に連れて行けば彼女を救う事が出来るかもしれません。しかし……」
リヴァイアはエリンの方を見て口をつぐんだ。石が割れてしまったエリンの方は救えないだろう、そんなこと直接ファンに言える訳がなかった。
「どうするかは貴方に任せます」
リヴァイアの言葉にファンは苦笑した。ボリボリと後頭部を掻く。
「ったく。重大な決断を俺に任せるって酷くない?」
言いながらもファンはその石を持ってエリンの方へと近づいた。ニーナの意思を尊重するつもりなのだろう。その場に居た誰一人、止めはしなかった。ファンがエリンの割れた石とニーナから受け取った石を交換し、その後リヴァイアの方を見る。目覚めるまでは少し時間がかかると踏んだのだろう。
「リヴァ、サラの事……頼める、か……?」
裏切って攻撃したことを気まずく思っているのか、少し遠慮がちに言葉を発した。そのまま頼むと頭を下げる。それを見たディオが変な声をあげた。
「へ!? ファン兄さん一緒に来ねーの!? いや、つーか来てくれねーとオレとリヴァがサラりんに殺っされちまうぜ!?」
ディオの言葉に、ファンとリヴァイアが顔を見合わせる。その後リヴァイアが笑いをこぼした。ファンはずっとサラの事だけを考え行動して来ている。裏切ったとは到底思えなかったからだ。
「そうですね。一緒に来てくださらなければ困ります。サラに僕たちがキミを救えなかったと思われたら大変ですから」
そう言うリヴァイアの足元で、レコがファンの青い矢を咥えながら引きずって持って来ていた。
「きゅ!」
「……ったく、お前らは……」
腰に手を当てしばらくうつむき、そして盛大なため息をついて顔を上げ腕を組んだ。
「そんなお人よし君達だからこうやって大変な目に合ってるんだろ。ったく、やっぱオニーサンが付いててやらなきゃダメかぁ? お子ちゃま二人にサラを預けるのも心配だしな」
「誰がお子ちゃまですか!」
怒るリヴァイアを見てファンは笑顔を浮かべつつディオに近づく。そのままニーナを奪い取ると背後に隠れた。ディオがリヴァイアの様子を見て突然慌てだす。
「雲間に出でし雷よ……」
「は? ちょ、ま、何でオレに向かってバチバチさせてんだ!? ちょ、リヴァ!? 待っ……」
「ディオくん、あとヨロシク!!」
咄嗟にニーナを抱き上げたままファンが逃げ出す。ディオに向かってリヴァイアの魔術が放たれた。
「ライトニングスパーク!!」
「ぎゃああああ!」
その様子を見て笑い声をあげるダグラと、満足げなファンであった。
「なんで……オレが……」
呻くディオは放置し、そのままエリンが目を覚ますのを待つ。暫くして起き上がったエリンに、ファンが事情を説明した。
「さーって、そろそろイリスの元へ戻るか」
「ええ、そうですね」
ダグラの言葉に返事をして出口へ向かう。神殿を離れる時、リヴァイアは振り返り今は白くなってしまった水晶を改めて見た。傷は一つもついていない。
「壊れてはいません。きっと、大丈夫ですよね……」
「リヴァ! 何やってんだ? おいてくぞー!」
「申し訳ありません! 今行きます!」
ディオの声に促されるままリヴァイアはその場を後にした。
「サフィアが居るのはオードリアの北東、ルーティスと呼ばれる地方だよ。オードリア国領内とはいえオードリアからは山脈で隔たれてるから、どうしてもエストランジュ経由で砂漠越えが必要になる。ま、頑張って」
隠れ家に着いてから数日後、出発の準備を整えたリヴァイア達は隠れ家の外に集合していた。イリスがリヴァイアに水を渡しつつそう言う。リヴァイアもそれを受け取りつつうなずいた。ここには現在ダグラ、イリス、サラを抱えたファンに、ディオとエリンが居る。レコはリヴァイアの懐の中ですやすやと睡眠中だ。
「イリス、サラの事本当にありがとうございます。ほとんど寝ずに診ていてくださったとシバニに聞いたときは驚きましたが」
からかうようにイリスを見上げそう言うリヴァイアに、イリスは大げさに肩をすくめた。
「えー? 何のことか分かんないにゃ~。シバニくん夢でも見てたんじゃなぁい?」
とぼけるイリスに苦笑を返すしかないリヴァイアである。
「赤毛の青年」
「ん?」
「おれを殺さなくていいのか?」
真面目な表情でファンに問いかけるダグラを見てイリスは小さくため息をつく。だが止めはしないようであった。ファンはダグラを真っ直ぐ見た後、一つうなずく。
「俺の目的は貴方を殺す事じゃないですから。サラと俺の目標を叶えるために、次のやり方を探しますよ」
ファンの答えを聞いて、豪快な笑いをこぼすダグラである。うんうんとうなずきイリスの方へ近づいた。思いっきり背中を叩く。
「ダグラ陛下!?」
予測もしていなかったのだろう、イリスが珍しく咳き込みダグラを見る。ダグラの楽しそうな視線を受け止めたようだ。
「もしかして陛下、彼らについてけとか言わないだろうね?」
「良く分かってんじゃねーか」
「ラブラ城を取り戻す作戦はどうするの」
「お前よりおれの方が頭は回る。作戦は考えておいてやるから行って来い。……今はおれよりそいつらの方がお前を必要としてるだろ」
それに……と続けようとしてダグラは言葉を止めた。イリスは呆れ顔でダグラの言葉の後をつないでいく。言いたいことは全て分かっているようだった。
「それにおれはまだ世界の事を知らなすぎる、もっと情報が必要だって?」
イリスの言葉にダグラは頭を掻いた。
「ったく、お前には敵わねーな。その通りだ。おれを襲おうとしたアイツは人ではなさそうだった。誰が何をしようとしてるのか、もっと知る必要があるからな」
「帰って来てから延々ボーッとしてればね。おかしいと思うでしょ」
そのままイリスはリヴァイアの方へと歩み寄ってきた。
「ま、そういう訳だからよろしく~」
リヴァイアも無言でうなずく。拒否する理由など何一つなかった。
「リヴァイア=ディストランタ」
エリンが少し遠慮がちに声をかけてくる。リヴァイアは振り向き彼女の方を見た。
「本当に、ニーナさんをサラと共に連れて行かなくてよろしいのですか?」
リヴァイアの質問には小さくうなずくエリンである。左の手首にはまったオレンジ色の石に触れ、少し寂しげな表情を浮かべた。
「例え体が元に戻っても、石がなければ意識は取り戻せないのでしょう? ニーナは私に命を託してくれた。これ以上彼女の命を弄びたくはないわ」
ニーナの本当の願いはエストランジュを滅ぼす事などではなく、家族や友人に会う事だとエリンは小さく呟き目を閉じた。暫くして覚悟を決めたようにもう一度リヴァイアの方を見る。
「レリアには死者のための歌があるのでしょう? それを歌ってくださらないかしら」
リヴァイアはエリンの真剣な気持ちを受け止め、レクイエムを歌い出した。
「じゃ、出発だな!」
突然行くことが決まったイリスも支度を終え、集まったところでディオがその場に残るダグラとエリンに視線をよこした。ダグラがひらひらと手を振る。
「おう、気ぃ付けて行って来いよ!」
「よっしゃ! 目指すはルー……何だっけ? まぁいいや! サフィア様の元へ行くぞー!!」
リヴァイア、イリス、ファンの顔を順番に見た後、ディオは歩き出した。反対の方向に。
「ディオ! そちらではありません!」
止めるリヴァイアの言葉も虚しく、ディオは「んじゃこっちだな!」と言いつつ明後日の方向へと進みだす。リヴァイアの額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。
「キミと……いう人は……」
周囲からどこともなく風が集まり、バチバチと火花をまき散らし始めた。
「これから行くのは砂漠なのですよ! その身勝手な行動は慎んでください!!」
「ディオくん、生きて帰れよ~」
ファンの応援の言葉を聞きながら、ディオはライトニングスパークの直撃を受けるのである。ダグラに指輪を返したディオに防ぐ術などなく……そのまま気絶した。
「あ~、今面倒の妖精さんが来てるから癒しの術は待っててねぇ」
イリスも癒す気など全くないようで、ニコニコと気絶したディオを眺めていた。余計な荷物を増やしてしまったとリヴァイアが後悔するのは数分後の事である。
サラ、僕は必ず貴女を救ってみせます。ですから待っていてください。
どんな苦難も乗り越える覚悟を決め、リヴァイアは一歩を踏み出した。
いざ、サフィアの元へ……。