黒水晶の章 第8話
外に出ると、7人の魔術師が作り上げた結界がすでに正方形に組み上がっていた。これならばリヴァイア達五大魔術師の術であろうとそう簡単には破壊できないだろう。
「ルールは至って簡単、相手を行動不能、戦意喪失にさせたら勝ちだ。結界の中に入った後、おれが指を鳴らしたら試合開始とする。ああそうそう、リヴァイア殿が勝ったならおれはあの赤毛の兄ちゃんを全力で助けると約束しよう。だがもしイリスが勝ったなら、そこの三人全員ラブラ城奪還を手伝ってもらう」
「っな……!? それじゃぁ兄さんはどうなるの!?」
掴みかからんばかりにサラがダグラに言いつのった。当然だろう、人質を見捨てろと言っているようなものなのだ。
「言っただろ、おれも命を懸けるんだ。それぐらいの覚悟してもらわなきゃ困る」
ダグラの言い分はもっともだ。リヴァイアはサラの腕を引き、視線はイリスに固定したまま口を開いた。
「勝てばいいんですよ。僕を信じてください」
いつも以上に真剣な声音だ。サラも黙ってうなずいた。ディオは二人の肩を叩くと、そのまま先に結界の中へと入って行く。
「ま、おれを取り合ってせいぜい奮闘してくれ」
ダグラも結界から少し離れた場所にあぐらをかいた。ディオに続いてイリスも入り、リヴァイアとサラも結界をくぐる。戦いの邪魔になるかもしれないレコと魔導書、眼鏡は全て民家の隠し通路の先で待機しているシバニに預けてきた。現在はインフィニティアロッドを持っているだけだ。
「……なんだか一人対三人なんて卑怯な気がするわ」
「そうかぁ? 相手がいいって言ってんだ。遠慮なくやっちまおーぜ!!」
ニヤリと笑うバカオの事は放って置くとして……。リヴァイアは眼鏡を押し上げようとしてなかった事に気が付き、目頭の辺りをぐりぐり押した。
「イリスはエストランジュの軍人です。対多数戦も幾度も経験している事でしょう。油断は禁物です」
その言葉を聞いていたイリスがリヴァイアの言葉尻を取るように続ける。口元にはうっすら笑みまで浮かべていた。
「油断してると……殺すよ? ダグラ陛下は生死に関するルールは設けなかったからね」
鋭い眼光にサラがゾクッと体を震わせる。本気で殺される、そう思わせるには十分な威力だった。
「それじゃぁ、始め!!」
四人が中央で向き合ったと同時にダグラがパチンと指を鳴らす。音にかぶさるようにディオが動いた。自身の剣に魔力を込め、遠慮もなしに斬りかかる。本気で手加減などしないようだ。
「おっと」
だがその行動も全て読んでいたのだろう、イリスは軽く後ろに飛んで光の軌跡を避けると、すぐに手印を組んだ。
「空を裂き地を奔る、鮮烈なる光輪。レイスライサー」
詠唱と同時にイリスの上後方に光の円盤が現れたかと思えば、次から次へとディオに襲い掛かる。あまりのスピードと量に一瞬驚いて身体を強張らせた。だがそれは当たった衝撃で体が吹き飛びはしたものの、ダメージになることなく装着していた指輪へと吸収されていく。
「!? っ魔具……!?」
イリスが驚きの声を漏らす。だがその直後、目元を手のひらで覆ってくつくつと笑い声をあげた。
「リヴァちゃん……本当に、変わったねぇ。百年近く見てきたけど、ここ数か月の変化は目に余るものがあるよ」
笑っているイリスの隙を突いてサラが斬りかかる。
「悪いけど!!」
イリスの足元からブワリと風が巻き上がった。その衝撃で吹き飛ばされたサラに向かって手印を組む。
「その変化はあまりよろしくない物のように思えるよ」
「サラ!!」
「風刃の槍よ敵を貫け」
イリスの詠唱が終わるより先に、リヴァイアがサラの前に飛び出しインフィニティアロッドを構える。吹き飛ばされていたディオは一瞬反応が遅れた。
「セイクリッドウォール!!」
「ウィンドランス!!」
イリスの術ウィンドランスはリヴァイアの術に弾かれ消失していく。一歩遅れてディオが斬りかかった。イリスの腕が光の軌跡により鮮血を散らせる。そのまま二撃目を加えようと迫ったディオにイリスが早口で詠唱した。
「ライトニングスパーク!!」
風圧でディオの体が吹き飛ぶ。だがその術はやはり指輪に吸収されていく。
「……っぶねぇな」
口元をぬぐってニヤリと笑うディオに一瞥をくれると、イリスはリヴァイアに向き直った。視線が合ったリヴァイアは顔をしかめる。
「……それは、どういう意味ですか?」
「ふむふむ、なるほど」
よろしくない物、という言葉が引っ掛かり、リヴァイアは眉根を寄せたまま問いかけた。だがイリスは顎に手を当て淡々と答える。
「そのままの意味だよ。君は大切なものなんて作るべきじゃなかった。そいつらは必ず君の足枷になるからね」
言い終わると同時に手印を組む。
「地の奥に眠る業火よ、紅蓮の吐息で焼き尽くせ」
狙いはサラの様だ。どうやら術の通じないディオや防御術を使うリヴァイアより対処しやすいと踏んだのだろう。させる物かとリヴァイアはすぐに詠唱を始めた。
「フレイムブレス!」
「堅牢たる光壁よ、我が前に出でよ。セイクリッドウォール!!」
「地に穿つ大岩よ、弾け飛べ。ロックバースト」
「うぁ!」
「きゃっ」
早い。フレイムブレスがセイクリッドウォールに弾かれるのと同時に足元からいくつものつぶてが飛び出した。二人を守ろうと飛び出したディオの剣をイリスは軽く避け足払いをかけると、がら空きだった腕を取ってひっくり返し地面に叩きつける。身動きが取れないよう腕をひねり上げ、地に押し付けた。
「ぐあっ……! っく、くそ……」
ディオが悔しそうに歯ぎしりをする。体勢を立て直したリヴァイアとサラが立ち上がった。
「残念ですが、キミの考えは間違っていますよ、イリス。彼らは僕の足枷ではありません」
口の端から流れていた血を袖で拭い、ディオに視線を送る。それに気づいたのだろう、ディオも小さくうなずいた。
「力を貸してください。一気に畳みかけます」
インフィニティアロッドを突き出し、二人の返事も待たず詠唱を始める。守りたい、その想いが自分に力を沸かせている、そう信じたからだ。
「流れ出でる水、落ちよ。アクアフォール」
イリスの頭上に大きな水球が現れ、大量の水が降り注いだ。すぐにディオから手を放すとイリスは飛び退り、防御壁を展開することなくゆったりと後退する。腕を開放されリヴァイアの術を吸収したディオが、とっさに斬りかかった。イリスの表情にやや緊張の色がはしる。すぐに手印を組んだ。
「堅牢たる光壁よ、我が前に出でよ。セイクリッドウォール」
「そこよ!!」
前面に展開されたイリスの防御壁だが、背後はがら空きだ。そこをサラが斬りつけた。
「っ! 清蓮なる水球よ、我らを包みたまえ。アクアドーム!」
「無駄ですよ!!」
イリスが発動したアクアドームは物理攻撃に弱い。一度だけ守るために発動したのだろうが、リヴァイアがすぐに駆けて行きサラの剣が弾かれるより先にインフィニティアロッドで叩き割った。防壁を失ったイリスの左ももにサラの剣が突き刺さる。
「ぐっ!」
「風刃の槍よ、敵を貫け。ウィンドランスッ」
容赦なくリヴァイアの術が今度はイリスの右ももに突き刺さり、拡散して切り刻んだ。両足に傷を負い立っていられなくなったイリスはその場に膝をつく。首筋にディオの剣が押し当てられた。
「降参してください、イリス」
リヴァイアの言葉にダグラ陛下がすっくと立ちあがる。勝敗は決した。
「いつまで遊んでいるつもりだ? イリス」
そう思っていた。ダグラがこの言葉を発するまでは。イリスが片手で自身の目元を覆い肩を震わせている。始めは苦しげだった声が、徐々に笑いに変わっていた。
「ああ、面倒くさいなぁ、もう……。ほんと……さっさと降参してれば良かったのにねぇ」
ブワリと風が舞い上がり、ディオの剣が体ごと風圧で弾き飛ばされる。サラもその風圧に耐えられなかったのか、しりもちをついた。
そこで思い出した。すっかり忘れていた。
「ヒーリングライト」
そうなのだ。彼は五大魔術師の一人、再生のイリス。一番得意なのは回復術なのだ。詠唱もなしに唱えたその術は、イリスの足どころか全ての傷をみるみる癒していく。
「面倒だから一気に終わらせるよ」
言葉と同時に手印を組んだ。
「地を這う焔の大蛇よ、かの地を燃やせ。ファイアスネーク」
イリスが狙っているのはやはりサラのようだ。リヴァイアはすぐに駆け付け、術を発動した。
「清蓮なる水球よ、我らを包みたまえ。アクアドーム!」
すぐにイリスが放った術を防いでくれる。それを壊そうと一歩踏み出したイリスに向けて、ディオが剣を薙いだ。
「邪魔をするな!!」
すぐに後ろに飛んで避け、左足を軸にして蹴り上げた。勢いでディオの体が吹き飛ぶ。
「ねぇ、リヴァちゃん。今思い知るといいよ。君にとって守るべきものは足枷でしかない」
すぐにディオに向けて手印を組む。リヴァイアの背筋に悪寒がはしった。嫌な予感がする。だが今アクアドームの術を解いてはサラと共にファイアスネークの餌食だ。もしかしたらそのために発動時間の長い術を繰り出したのかもしれない。
そこでふと、思い立った。発動時間……長い、術……。そうだ、火なら水で消せばいい。同じ発動時間の長い水の術なら恐らく打ち消す事も出来るだろう。
「僕としたことが、こんな簡単なことを忘れていたなんて……」
すぐにインフィニティアロッドを構え、詠唱を始める。
「流れ出でる水、落ちよ。アクアフォール!」
「気づくのが遅かったね、リヴァちゃん」
イリスは口元に笑みを張り付けるとディオに手印を向けたまま詠唱した。
「空を裂き地を奔奔る、鮮烈なる光輪。レイスライサー。天に集いし風よ、我が敵を切り裂け。エアカッター」
イリスが連続で術を唱える。やはり向かう先はサラではなくディオだ。
「は! オレにはこの指輪が……」
余裕で笑うディオに向けて光の輪が差し迫る。そこにエアカッターの風圧が加わり回転を速めた光の輪から風の刃が生み出された。その刃はディオの腕を胴から切り離す。
「……あ?」
「いやあぁぁぁああッ!!」
サラの悲鳴と同時にリヴァイアがディオに駆け寄った。生み出された風圧は魔術ではなく術同士で作られた物理的なもの。イリスはそれを利用したのだ。
「輝ける光、彼の者を癒し給えッ! ヒーリングライトッ!!」
額から脂汗が流れる。痛みを遮断し止血はしたが、切り離された腕を戻すにはもっと時間と魔力が必要だ。今術を解けばディオが死んでしまうかもしれない。
「イリス!! キミはッ!!」
リヴァイアの怒りの表情にも臆せずイリスは口を開いた。
「守りたいならもっと冷静に判断出来なきゃ誰一人守れないよ。後悔したって失った命は戻ってこない」
「リヴァ……。オレの、事は……」
ディオは大丈夫だと苦し気に笑う。だが額から汗を流し青ざめているディオを見ては、放っておくことなど出来るわけがなかった。
イリスがサラに向け手印を組む。何故か隙だらけに感じたのは気のせいだろうか?
「サラ!!」
「私は、負けない!! 兄さんを助けるのよ!!」
一気にイリスとの間合いを詰め斬りかかる。それを軽く避けると、すっと目を細めた。
「終わりだよ。ライトニングスパーク」
「あああああッ!」
電撃がサラを襲う。そのまま意識を手放した。
「サラーー!!」
叫ぶリヴァイアのすぐ横にイリスが近づいて来た。だが今ディオの回復術を切らせるわけにはいかないのだ。リヴァイアの視界にイリスの無表情が映る。なすすべもなく顎を蹴り上げられた。
「ディオ君の回復さえ諦めてれば、勝てたかもしれないのにねぇ」
倒れたリヴァイアの髪を鷲掴む。ニヤリと笑ったイリスの口元を確認した途端、体に……脳に、直接魔力がぶつけられた。
「うぁッ……」
魔力の反発、そして暗転。
「大丈夫、ディオ君はちゃんとオレが助けてあげるよ。大事な大事なラブラ城奪還の戦力だからねぇ」
そんなイリスの言葉を聞きながら、リヴァイアの意識は闇に飲まれていった。






