黒水晶の章 第3話
「リヴァに言えない事ってなんだ……?」
一方のサラとディオは城下町を離れ、現在は街道横の川辺に来ていた。それでもまだ神妙な顔をして黙ったまま先を歩くサラに、ディオが沈黙に耐えきれず声をかけた。サラがゆっくりと足を止める。
「ここまでくれば……いいかしら……」
「?」
首をかしげるディオにサラが向き直った。
「あなたのその剣……。魔具よね?」
「ん? ああ、この指輪もな。リヴァにもらったんだ」
嬉しそうにディオは左の小指にはまった指輪をサラに見せた。普段ディオに対して冷たい態度のリヴァイアからの贈り物だ。相当うれしかったらしい。
「それ……、ダグラ陛下が前王妃様に贈られた指輪にデザインが似てるわ。ま、エストランジュではそのデザインが主流だから似たようなものがあっても当然よね」
サラの言葉にディオがふと気がついた。
「最近の事は知らないのに昔の事は知ってるんだな。前王妃様って十年前の話だろ? オレ達十一歳の頃だぜ?」
ディオの言葉にサラがこくんとうなずいた。
「そうね。あたしと兄さん、その頃から同じ年だから」
「は? ええええ!?」
辺りにディオの叫び声がこだました。
「だ、な、え? サラりんって魔術師だったのか!?」
ディオの口から当然の疑問が浮かぶ。しかしその言葉には、サラは小さく首を振った。
「魔術師は魔力が安定した歳に大量の魔力を使って自身の生体年齢を止める魔術を施すでしょ? あたしたちの場合はそれを他人の手で施されたの。しかも目が覚めたときには十年過ぎてたわ」
「じゅ、十年!?い、いや、それよりも、そんなことできる魔術師がいるなんてオレは知らないぞ。リヴァだって他人に施すことなんてできないだろ……。それに魔力が無くなれば生命力を使うんだ。魔力のない人間は結局長くは生きられない」
ディオの言葉を聞いて、サラは唇をかみしめた。ペンダントを強く握りしめる。
「魔術師の術とはちょっと違うんだと思う。前に竜と戦ったときリヴァが時を止める魔術を使ったでしょ? あの魔術だったわ……」
ディオは目を見開いたまま言葉も出せなかった。サラがそのまま言葉を続ける。
「とにかく、あたしと兄さんの時は止まってる。兄さんには幸いにも少しだけど魔力があったわ。でもあたしの命をつないでくれてるのはこの魔具なの」
そう言いながらサラは首から下がっていた真っ赤な石のペンダントをディオに見せるように持ち上げた。
「なんで……そんな話をオレに……? その術をあんた達に使った術師がリヴァだとでも言うつもりか?」
ディオの低い声にサラがあわてて否定した。
「違うわ!! リヴァはあいつじゃない! それは分かってる……。でも、でもね、全く関係がないって思えなくて……。リヴァについてたらあいつに会えるんじゃないかって……」
「そいつに会ってどうするつもりだ? 術を解かせるのか?」
ディオの質問に対してもサラは否定した。
「そうじゃない。ただあいつはあたし達のような人間を増やしてる。それを止めたいの。魔具って特殊な術式だから魔術師でも効果が発動してからじゃなきゃそれが魔具だって気付かないでしょ? 特にこのペンダントみたいに常に効果を発動してるものなんて、持っててもほとんど気付かないわ。だからあたし達があいつを見つけなきゃ、止められないと思うの」
サラの必死な目にディオが視線を外した。正直重い話は苦手なのだ。
「それで、何でオレにそんな話をするんだ?」
「止めて……欲しいの。あたしも兄さんも、あいつを目の前にしたら冷静じゃいられない。もしそのせいでリヴァを攻撃するような事があったら……あたしたちを全力で止めてほしいの。リヴァは……恩人だから……。ユンを失ったあの時のような悲しい顔……させたくない……」
「………………」
重い空気と沈黙がしばらく続いた……。そんな中、遠くの方で昼を知らせる鐘が鳴り響く。
「やばっ……! もうそんな時間!?」
「げ。リヴァを待たせると怖いんだよな。魔術の餌食だけはごめんだぜ」
それだけ言うと、ディオはその場を駆け出した。
「ちょっとディオ!! そっち反対よ!」
「……あ……。ち、ちょっと間違えちまったぜっ! ははっ……」
苦笑いをしつつUターンしてくるディオである。サラが先にエストランジュ城の方へと駆けだした。
「サラ! さっきの話だけど……。約束はしないからな! 止めるか止めないかは状況で決める!」
走り出すサラの背にディオが叫んだ。サラが走りながら『それでいいわ』と答えた。
城門前で不機嫌な一人と一匹がいた。リヴァイアとレコである。昼の鐘が鳴ったら集合と門番から聞いていたにもかかわらず、三十分間誰ひとり姿を現さないのだ。ころころと気の変わるイリスを一人で待たせている事が不安で仕方がないというのに、リヴァイアのイライラは募るばかりだ。レコはレコで置いてきたタタの実が心配なのだろう、先程からそわそわそわそわしている。
「レコ、あの三人を置いていってもいいでしょうか?」
「きゅ」
リヴァイアとレコの会議は簡潔にまとまった。リヴァイアはくるりと踵を返し、城の中へ戻ろうと歩を進めた。その背中を何者かにぎゅうっと抱きしめられ引き戻された。耳の中に息を吹きかけられる。
「うぎゃっ……!」
「あ、リヴァってば耳弱いんだー」
「ふ、ふふ、フ、ファン!!! いきなり何するんですか!!」
過剰に反応してしまった事が恥ずかしくなり、耳まで真っ赤になるリヴァイアである。その真っ赤に熟れた耳に近づいてくるファンの唇に気付き、リヴァイアはあわててガードするように耳を押さえると、ファンの腕を振り払って距離を取った。
「冷たいなー、リヴァ。俺とお前の仲じゃないか」
「どんな仲ですか、全く……」
リヴァイアの反応が予想通りだったのかファンがにやりと笑った。
「昨夜床を共にした仲❤」
ファンの言葉にリヴァイアがゲホッとむせた。
「それはっ……」
「リヴァァァァァァッ!! 今の話はホントなのかぁぁぁぁぁ!!」
どれだけ地獄耳なのか、かなり遠くからディオが大声で叫びリヴァイアの方へと駆けてきた。ものすごい形相だ。
「お、ゼはっ……おまっ……ひふ、ファン兄さんとっ……そんなッ!」
ぜいぜい言いながらリヴァイアの元へ来たディオの頭頂部にリヴァイアのチョップが落ちた。
「そんな事を言ったらキミもサラも同じ床を共にした仲でしょう!?」
リヴァイアのセリフにディオが無駄に驚いて見せた。
「ええ!? リヴァってかわいい顔して実は多人数プレあご!!」
最後まで言わせず、リヴァイアは二度目のチョップを落とす。
「さすがバカオですね。昨日馬車で雑魚寝した事も忘れたんですか」
「あー……、その事かぁ」
リヴァイアの口からまたしてもため息が漏れた。
「リヴァってたくさん幸せ逃してるわね」
ディオのさらに後ろからサラがゆったりとリヴァイアの方へ近づいてきた。ファンがサラの方を見てにやりと笑った。
「逢い引きは終わったのか? サラ」
「あ、逢い引き!?」
「あっ……!?」
驚くディオと、言葉を詰まらせるリヴァイアの声が重なった。サラがふふっと笑う。
「ええ、終わったわ。もうディオは私のカラダの事ほとんど知ってる」
サラの言葉を聞いたリヴァイアのこめかみに、幾筋もの青筋が立った。
「僕がいない間に……キミは……いったい何を……していたんですか……、ねぇ? ディ~オ~!!」
ぶわっとリヴァイアの周りに風が集まり左手に持っていたインフィニティアロッドがまばゆく光りだした。リヴァイアの口が詠唱を奏でる。
「ちょ、リヴァ!? 待っ……!!」
「ライトニングスパーク!!」
「ぎゃああああ!!!」
リヴァイアの魔術はディオを直撃した。かなりひどい悲鳴ではあったが、痛みになることなくリヴァイアの魔術が指輪に吸収されていく。
「た……助かった……?」
「……僕とした事が……。指輪の存在を忘れていました。ディオ、その指輪返してください」
「そんなこと言われて誰が返すか!」
ディオは子供みたいにリヴァイアの手の届かない位置まで自身の手を持ち上げた。その行動がリヴァイアの神経をさらに逆撫でする。リヴァイアは額に青筋を浮かべたままディオに向かってにっこりとほほ笑んだ。
「ディオ、罰として今から百数えてから謁見の間に来てください」
「え!? わ、分かった……。いーち……、にーい……」
ディオはまるでかくれんぼの鬼のようにバカ正直に数を数えだした。リヴァイアはそんなディオを置いて城に向かって歩き出す。サラとファンがその後に続いた。
「ディオ、頑張ってね」
「早めに辿り着けよ、ディオ君。遅かったら置いていくからな」
それぞれ声はかけたものの、おいてきぼりは決定されたようだ。リヴァイアはすでにディオにかまわずイリスの元へと一直線に向かっていた。リヴァイアの左肩に乗っているレコも真剣な顔だ。イリスの性格を熟知しているリヴァイアとレコだからこそなのだろう。歩く足もかなり早かった。
イリスという男、かなり優柔不断で適当でめんどくさがりのせっかちなのだ。リヴァイアはこの男に何度ひどい目にあわされたか知れない。
例えば……魔物退治を買って出た張本人が現地へ赴く途中、道中で飽きて一人帰っていくという始末だったり、ちなみにこの時はリヴァイアが一人で退治してきた。はたまたある時はピクニックに行こうと強制連行された揚句、お弁当がないからやっぱり特訓にしようと魔術をぶちかましたうえ、山火事を起こし、その始末を面倒だからと全てリヴァイアに押しつけたりしたのだ。
今度は何をやらかすのかとリヴァイアは気が気ではない。そんな事を思いながら辿り着いた先には消沈したシバニが一人残っていただけだった。青ざめた(ように見える)レコが、あわててリヴァイアの左肩から飛び降りた。シバニの元へ駆け寄る。
「レコ殿……申し訳ないっす……。みがいたタタの実っすが……魔術師殿が食べて行ったっす……。そりゃあすごい勢いだったっす……。馬車よりも、陛下の剣撃よりも早かったっす。手と口が同時に動いてたっすよ。止めようと思ったっすがにこにこと笑う魔術師殿に何故か体が動かなかったっす。ハッ!! これがいわゆる動きを止める魔術っすか!? けど俺、あの術ラディウスにも使われたっすよ!? あ!! もしかしてラディウスも魔術師っすか!? ああ、ラディウスって言うのは俺の友達っす!セシリアって国の王様っすよ! ここの隣にある国っす! それがすごくいい国なんっすよー。ちょっと前まで敵対してたんっすけ
「自分で声に出してハッとか言ってないで、簡潔に報告していただきたいものですね……。それでイリスはタタの実をたいらげた後どこへ行かれたのですか?」
それて行く話題を修正しつつ、シバニの長々と続く話を遮り、リヴァイアは簡潔に問いかけた。
「それが……陛下の元へ向かわれたっす……。『リヴァちゃんが来たら話通しとくから直においでって言っといて』って言われたっす。魔術師殿かなり待ってたっすよ……。『こんなに待つなんてオレにしては珍しいのにねぇ』と言ってたっす。その間タタの実食べてたっすが。あ、そう言えばまだ無事なのが……」
「キミ、うざい」
続くシバニの話に今度はサラが割って入った。にこーっとほほ笑む。シバニがカチンと固まった。ちなみにレコも今現在固まり中である。あんなにたくさんあったタタの実を全て食べられてしまったのだ。リヴァイアはレコに少し同情してしまった。
「シバニ、ここから城門の方へ行くと金髪のバカオって言うレリアの護衛兵士がいますので、彼と一緒にレコのためのタタの実を捜してきてくださいませんか?」
リヴァイアのそんな言葉にレコの目が輝いた。急いでリヴァイアの左肩に駆けのぼり頬ずりをする。
「ちょ、レコ、くすぐったいですよ……」
そう言いつつも嬉しそうなレコに、少しだけほっとするリヴァイアである。そんなレコの前にシバニがにゅっと手を差し出した。手の中には少量のタタの実が握られている。
「これだけしかないっすが、魔術師殿から守り抜いたっす。じゃあ俺はバカオ殿と合流してくるっす! 行ってくるっす! 金髪だったすよね? バカオって変わった名前っすが俺でも分かるんっすかねー? いや! 探して見せるっす! まよったらどうにかー…………」
走りながらわあわあ言っているシバニの声がどんどん遠ざかっていく。レコがそのシバニの背中にハートを飛ばしまくっているのは目の錯覚だろうか……?錯覚だと思いたい……。そんな事を考えながら、リヴァイアはピカピカに磨かれたタタの実を懐にしまう。レコもタタの実を追うように懐の中へと入っていった。その頃になってようやくシバニという男にあっけに取られ、呆然としていたらしいファンが近づいてきた。
「あのシバニ? ってやつとディオ君のカップリング……カオスだな……」
「想像したくもないわ……」
「カップリング……なんて言わないでください……」
それぞれがそれぞれに色々考えてしまい、頭の中に黒いもやがかかったようだ。リヴァイアはそのもやを振り払うように頭を振ると、両側の頬をパンパンとたたいた。その時ふと、北の方から血の匂いが流れてきた気がしたのは気のせいだろうか……?リヴァイアは嫌な予感がして空を振り仰いだ。その途端城門の方から爆音がとどろく。もくもくと黒煙が上がった。
「な!? エストランジュ国に敵襲!?」
驚いて正門の方を見上げる三人の横を兵士が駆け抜けて行く。
「魔物だ!! 正門から見たこともない魔物の大群が!! 城内に居る女、子供を北門の方へ退避させろ!!」
「こんな市街地に魔物……だと?」
リヴァイアの横に居たファンが低い声で呟いた。その二人の横をサラが無言で駆け抜ける。市街地に入り込んだ魔物に何かあるのか、ファンもサラもいつも以上に怒っているようだ。
「サラ!! 待ってください! 冷静に……」
いつもと違うサラにリヴァイアがあわてて声をかけた。サラが怖い顔のままリヴァイアの方を振り向く。
「何かあってからじゃ遅いのよ!!」
「まあ……、確かにそうなんだが」
叫ぶサラの言葉を遮るようにゆったりとした低い声が響いた。サラが何事かと振り向く。周りに居た兵士たちもその声を聞いて気付いたのだろう、一斉に足を止めて敬礼をした。リヴァイアも声の主を見上げて驚き顔になる。
「そこの兵、十一師団、十二師団に連絡。北門の守りを固めろ。指揮はここに居るリヴァイア=ディストランタが、援護にそこの赤い髪の二人を指名しよう。それから彼らが着き次第、北門に配置したイリスを正門へ戻せ」
「ちょ、どういうことよ!! 正門が魔物に襲われてるのよ!? 戦えるあたし達が北門の守りの援護って……!」
いきり立つサラの肩をファンが掴んで引きよせた。
「よせ。彼の判断は正しい。さすが、エストランジュ国の英雄ですね、ダグラ陛下」
ファンの言葉に声の主、ダグラが髭を生やした口元だけをニッと歪める。
「あんたみたいな好みの青年に褒められちゃ男冥利に尽きるってもんだ。だがおれは照れ屋でな、よいしょはそのくらいにしておいてくれ」
そう言いながらダグラはファンの肩をたたき、そのまま正門へ向かって駆けて行った。王自らが魔物退治に乗り出すというのか……。ファンは苦笑いをした。
「あたしだって……戦えるのに……」
そうつぶやくサラの頭を、近付いていったファンがこつんと叩く。
「その筋肉でできた脳みそどうにかした方がいいぞ、サラ。戦えるから北門へ行けと指示したんだろう?」
ダグラの考えを全て見通したファンがサラにそう言う。リヴァイアもサラの方へと歩み寄った。
「正門は囮の可能性が高い。先程北の方からした血の匂いがそのことを物語っています。ダグラ陛下が正門へ向かったのはその事に気付いていないと思わせるためでしょう。被害を最小限にとどめるために目立つように行動しているようです」
そこまで言って、リヴァイアはふとある事に気がついた。
「……しかし、知能のない魔物の動きとは思えませんね……。もしかしたらこの魔物たちを指揮している人物がいるのかも……」
リヴァイアの脳裏に嫌な考えが次から次へと廻って収拾がつかなくなってきた。
「考えるのは後です。とにかく北門へ急ぎましょう!!」
何かあってからじゃ遅いというサラの言葉ももっともだ。リヴァイア達は北門へ向かって駆けだした。