黒水晶の章 第2話
「ここがエストランジュ、か……。さすが大陸一の大国……。スケールがでけぇ……!」
リヴァイア達四人は馬車を降り、エストランジュ国のラブラ城前に来ていた。その城を見上げてのディオの第一声がこれだ。
「恥ずかしいですからその大きく開きすぎた口をどうにかしてください」
「けどオレ、エストランジュ市街に来るのは初めてなんだ。生まれはオードリアだし、護衛兵士の仕事は辺境の地にしか行かないからさ」
オードリアというのは魔法都市レリアから南東に位置する、こちらもかなりの大国だ。ちなみにオードリアは共和国であるためなのかこれほど大きな建物は存在しない。
「この大きさは……さすがの俺もちょっと気が引けるな……」
いつも飄々としているファンでさえ少々引け腰だ。
「こんな恰好でお邪魔していいのかしら?」
ファンとは違い意外と落ち着いた感じのサラのセリフだったが、その言葉にはつい胸元に視線を送ってしまったリヴァイアとディオである。
「凶暴女はどんな格好でも変わらないから構わないだろ」
ファンのぽそりと呟いた言葉に、サラは無言で剣を鞘ごと構えた。
「いい加減にしてください! 二人とも。僕が先に行って登城の許可をいただいてきますので、三人はここで待っていてください」
リヴァイアはそれだけ言うと、城門の方へと歩いて行った。その場から逃げたかったというのが正直な気持ちである。サラの鞘付きの剣には一度痛い目に遭っているのだ、無理もないだろう。リヴァイアはそのまま一直線に門の前まで行き、そこに居た兵士に事情を説明して中に入れてもらった。リヴァイアのことはエストランジュでも有名なのか、それともイリスが説明してくれていたのか、細かい事は聞かれなかった。ただリヴァイアの頭頂部をまじまじと見つめる兵士の視線は兜ごしに感じたが……。
(そこまで珍しいものなのでしょうか……若い姿をした魔術師は……)
リヴァイアはそこまで考えてふと気がついた。良く考えれば五大魔術師であるイリスも生体年齢は二十六のままで止まっている。やはり珍しいものではないと思いなおしたリヴァイアである。だとすると自分が本当に五大魔術師かどうか疑われていたという事になる。考えを巡らせるにつれ、リヴァイアはだんだん腹が立ってきた。
「エストランジュ国王、ダグラ陛下に一度進言しなくては!」
腹立ち紛れにそう叫んだ瞬間、勢いよく来た何かに体当たりをされ吹き飛ばされた。
「うわ!?」
「きゅうう!?」
体当たりの衝撃でリヴァイアの懐に居たレコと中にしまっておいたタタの実が飛び出す。
「いてててて~……うう……いきなり何でこんなところに柱があるんっすか……。……て、あれ? 柱じゃないっす。子供っすかー。気をつけないとダメっすよ! 迷子っすか? お父さんかお母さんどこに行ったっすか? いや、もしかしていないっすか? あ、いないから迷子なんっすよね? いやいや! 俺は怪しいものじゃないっすよ! 騎士っす。見習いなんっすけどね。あ、なんか落ちてるっすよ? って、ぎゃああっ! これはまさかタタの実じゃないっすか! お、俺、タタの実は苦手っす! あの苦みがどうも苦手で…。およ、苦みと苦手って似てるっす言い間違えたら大変っすねー。それより苦味は大人の味って言われるっすけどそれなら子供でいいと思わないっすか!? そうっすよね!? って、そんな事はどうでもいいとか…………」
「あ、えっと……」
最初の子供発言に腹を立てたリヴァイアだったが、次から次へと変わっていく話の展開についていけずたじたじだ。そんなリヴァイアには構わず吹き飛ばされていたレコが体勢を立て直し、何か……ではなく誰かに飛びかかった。思いっきり鼻っ柱に噛みつく。
「ぷう! ぷうぅーーー!!!」
「いて! いてて!! なんっすか!? この生き物は!? 鼻がもげるっす!! いや、実際にはもげないっすけどそんな感覚っすよー! と、とにかく離れるっす! ……って、振ると痛いっすぅぅぅ~~~!! だから落ち着くっす!! 一度話し合うっすよ!! ぷう、ぷうーっすか!?」
レコに噛みつかれながら一人でぎゃあぎゃあ言っている誰かを呆然と見つめていたリヴァイアだったが、時がたつにつれだんだんと冷静になって来た。よく見ればこの男、細い目がつり上がりまるで狐のような顔だ。見れば見るほど怪しい。リヴァイアは思いっきりレコを男から引きはがすと、その男の頭頂部にチョップを放った。
「あがっ……!」
思いっきりチョップをくらったその男が、頭を抱えて地面にへたり込んだ。
「何なんですか、キミ。まさか盗賊の類とかじゃないですよね? これ以上怪しい行動をとるなら、陛下の元へ突き出しますよ?」
リヴァイアの言葉に怪しげな男が飛びあがった。
「はう! 怪しい者じゃないっすよ!! さっきも言ったっすけど騎士見習いっす! 陛下の元へ突き出すのは勘弁してほしいっす!! いい加減にしろともう五回ほど怒られたっす…。俺が悪い訳じゃないっすよ~。客人がなぜか俺を突き出すっす。こんなに真面目な人間もそうそういないはずなのになんでなんっすか……。あ!! そう言えばこの間も……」
まだまだ続きそうな男の話をリヴァイアは耳から聞き流し、地面に転がったタタの実を拾いだした。木の実拾いをしている場合ではないというのに……、と心の中でぼやきながら。
リヴァイアが城で木の実拾いをしている頃、サラ達は城下町を訪れていた。
「リヴァ一人で大丈夫かな……?」
心配そうにぼやくサラに、ディオがにかっと笑って返した。
「リヴァはちっちゃくてもしっかりしてるから大丈夫だろ。ダグラ陛下の事は陛下が幼少のころからの知り合いらしいし」
リヴァイアがいたら確実に魔術の餌食になっていたであろうセリフを吐きつつ、驚きの事実を告げた。サラとファンの目が見開かれる。
「リヴァが百二十三歳だとは聞いていたが……エストランジュ国王が小さな頃からの知り合いだって聞くとめちゃくちゃ不思議な感じだな……。魔術師って言っても全然年寄りくさくないし」
「そっすか? リヴァって意外とジジイっすよ? 『腰痛い~』とか、しょっちゅう言ってますし。この間なんか眼鏡ポケットに突っこんだまま『あれ? 眼鏡どこやったんだろ……?』とか言ってましたし」
そんなディオのセリフに間抜けなリヴァイアを想像してしまったサラとファンは、つい吹き出してしまった。
「ま、リヴァなら大丈夫だろ。ディオ君だったら謁見するまでに三日以上かかりそうで、かなり心配だけど」
迷子になって時間がかかるという事を言いたかったのだろう。そんな嫌みを遠回しではあったがたっぷりと言葉に乗せたファンである。
「そうそう。リヴァならダグラ陛下の魔術にやられる事もないしな」
ディオはファンの嫌味に気付かなかったのか、するりとかわし、さらに驚きの事実を告げた。
「ダグラ陛下って、魔術が使えるの!?」
「ああ、相手の筋力を奪う簡単な魔術だけらしいけど、剣の腕も達者だから現エストランジュ国王は不落だって他国じゃ有名だぜ? サラりん知らないのか?」
「あたしは……」
ディオの質問に言葉を詰まらせるサラである。下を向き、唇をかみしめ、首から下げていた真っ赤な石のついたペンダントをぎゅっと握り締めた。
「俺達はガルベイルの辺境の村出身だから他国の情勢には疎いんだ。悪いな。」
ファンがサラをかばうように進みでる。サラが小さく首を振った。
「兄さん……、いいの。リヴァには言えない……。だからディオには知っててもらった方がいいわ」
決意した目で、サラはファンを見上げた。初めは驚きつつもファンはサラの意図を察した。
「そうか……。んじゃ、俺は新しい弓でも見に行くかな。昼の鐘が鳴ったら城門前集合な。リヴァにもそう伝言するよう門番に伝えてきたんだから、遅刻するなよ」
ファンはそう言い置くと、うなずくサラと不思議顔のディオを置いてその場から去っていった。
「オレに知ってて欲しい事って何だ? あ!! もしかしてオレが好きとか!?」
「ディオって明白なバカよね。ついてきて」
さすが兄妹……とでもいうのか、ディオの言葉をバッサリと切り捨て、サラは人気のない方へと歩き出した。
「ふん、ふふんふーん♪」
「きゅっきゅきゅ、きゅ~」
「………………」
「あ!! レコ殿! これでどうっすか!!」
「きゅううっ!!」
先程からご機嫌なレコとキツネ目の青年だ。キツネ目の青年はシバニと名乗った。それよりも……タタの実を拾っていたはずなのに何故こんなことになってしまったのか、その場にいたリヴァイアですら分からない。とにかく最初は拾ったタタの実が泥だらけになっていたのを、レコが小さな手と自身の毛を使い綺麗にしていたところ、シバニがしゃしゃり出てきていきなりしゃべりながら座り込み、タタの実を磨き始めたのがきっかけだ。その磨きっぷりが気に入ったのかは分からないが、なぜかレコがご機嫌になった。
「リヴァイア! 手が止まってるっすよ!? レコ殿のために早くするっす!!」
「きゅ!!」
「……どうして僕は呼び捨てなんですか……。まあいいですけど……」
リヴァイアはため息をつきながらシバニの隣にしゃがむと、集めたタタの実磨きに参加した。いつになったらダグラ陛下に謁見できるのか……、気が遠くなりそうだ。
「なに……やってんの? リヴァちゃん?」
リヴァイアの頭上から懐かしい声が聞こえた。振り向こうとしたリヴァイアの横で、いきなりシバニが奇声を発した。
「ぅわぉうフ!? 魔術師殿がしゃべったっす!! しかも野太いっすー!?」
黒いローブを頭からすっぽりとかぶった魔術師を見上げ、今にも腰を抜かしそうなシバニだ。
「オレ……、そんなに野太い声してるか……?」
「女だと思われていたんじゃないですか? イリス」
「女、言わないの! ちびっこ大将!!」
「僕は子供じゃありません!!」
ううう~っとにらみ合うイリスとリヴァイアだ。その横でシバニが二人を呆然と見つめる。イリスが黒いローブのフードをパサリと脱いだ。
中からは、癖の強い長めの白茶色の髪に、きりりと整った眉、アーモンドを少し細くしたような形の綺麗な目が覗いている。そして、その左目の下にある、小さな泣きぼくろが印象的だ。一般的に言う甘いマスクとは彼の事を言うのかもしれない。
しかし、見た目はそうであるが、彼の実年齢は百三十六歳とかなりの高齢である。
「ほえー……イリス様の生顔初めて見るっす―。美人さんだったんっすねー。しかし男の方だったとは驚きっす。イリスって名前はどう聞いても女の人だと思ってたっすよ。まあ、美人さんには変わりないっすけどねー。それはそうと、リヴァイアはイリス様と知り合いだったんっすか? まあ、五大魔術師であるイリス様なら知り合いも多いとは思うっすけど、リヴァイアのような子供と知り合いってどんなふうに知り合ったっすか?悩んでもしょうがないから聞いてみるっすぐはう!?」
しゃべり続けるシバニに二本のチョップが放たれた。シバニが再び地面にくず折れる。
「あうう……痛いっす……目から星がでるとはこのことっす……なんだか星がでるって幸せっぽいけどどうも……」
「噂には聞いていたけど君、本当にうるさいんだね。少し黙っててくれるかな?」
「はうう!?」
イリスがシバニに向かってにっこりとほほ笑んだ途端、シバニがなぜか固まった。イリスがリヴァイアに向かってぽそりと『シバニは微笑まれるのが苦手みたいなんだ』と囁く。実際はその前に美人に、と付くのだが、どうやらイリスは知らないらしかった。リヴァイアはそんなシバニを無視して立ち上がると、イリスの方へと歩み寄った。
「イリス。キミが僕をここへ呼んだのでしょう? もしかして、僕が最近見ている夢と関係があるのですか?」
「ん? リヴァちゃんが最近見ている夢の事は知らないけどさ、とにかくダグラ陛下がこのところ自分が黒い海にのまれる夢を見るって気にしてるものだから、リヴァちゃんに見てもらおうと思って呼んだんだ。オレじゃよく分からなくて……」
黒い海……。リヴァイアはあごに手を当てて考え込んだ。自分が見ていた夢はダグラ陛下の死をきっかけに、この大陸が黒い海にのまれる……というものだ。微妙に違う内容ではあるが、ここまで似通っていると全く関係ないとは言えないだろう。
「分かりました。すぐダグラ陛下に謁見願えますか? ……と、その前に人を待たせているので彼らを先に呼んできます。イリス、待っていてくださいますか?」
「ん、了解ー」
「きゅ!? きゅうう!!」
タタの実磨きに必死になっていたレコが城門の方へ戻っていくリヴァイアに気付き、あわてて追いかけて行った。頬袋に入る分だけ詰め込んだレコだったが、残りは置き去りのままだ。イリスはそのタタの実を一粒拾い口の中に放り込んだ。
「あ、食べちゃった。あー、またレコちゃんに嫌われそうだ。ま、いっか」
タタの実を一つ、また一つ、と口に放り込むイリスと、呆けたシバニだけがその場に残された。