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歌の章 第1話

「さ、戻りましょう」


 言葉を発したのは白いローブを羽織り垂れ目に眼鏡をかけた青い髪の少年だ。彼が大きな扉を開け部屋から出て来ると、後頭部をぐるりと囲むようなリング状の髪飾りの一部を揺らしながら、廊下の左右に控えていた魔術師たちに声をかけた。そこにいた魔術師たちが数名、静かに彼の後に付く。



 ここはガルベイル公国の首脳陣がそろう会議のための屋敷だ。今少年はその関係者以外は何があっても立ち入れない、という国家機密並みの会議室から出てきたのである。

 そう言うと悪いようにも聞こえがちだが、別段無理やり押し入った訳でもない。彼はガルベイル公国の首脳陣に呼ばれてここに来ていたのだ。



 彼の後ろに控えている魔術師たちは何かがあった時、報告する為だけに居る控えの魔術師たちにすぎない。少年が歩き出せばフードを目深にかぶった魔術師たちも彼に続いて歩き出した。


「ガルベイルはしばらく安泰のようですし、今まで通りに辺境の地の魔物退治を請け負うぐらいで大丈夫そうですね」

 少年が歩きながら後ろを歩いている魔術師たちに話しかけた。するとすかさず後ろに控えていた魔術師の一人がしゃがれた声で答える。


「そうでございますね。では私めはレリアに戻り次第、司祭様にご報告申し上げます」

「お願いします。僕はまだこちらの領主さまに依頼された事柄がありますので皆は先に戻っていてください」

「かしこまりました」




 そこまで会話を交わし、青い髪の少年はすぐ近くにあった曲がり角で魔術師たちと別れた。しばらく廊下を歩き誰もいないことを確認すると、ぴたりと歩を止めて大きなため息をつく。

「全く……。何度来てもここは堅苦しいですね……」

 そうぼやくと、少年はできるだけ人が通りそうもない通路を選んで出口へと向かった。いや、向かおうとした。


「リヴァイア様ーーーー!!」

 かなり遠くから名を呼ばれ、少年は先程以上に重く深いため息をつく。

「リヴァイア様ーーーーーー!!!」

 声がどんどん少年の元に近づいてくる。その声の主が小柄な手足を精一杯に振り、茶色い髪を揺らしつつ全速力でリヴァイアと呼んだ青い髪の少年の元に駆け寄ってきた。



「リヴァイア様、お帰りですか!? ぼくもご一緒します!!」

 魔術師服を着た十三、四歳の小柄な茶髪の少年は、茶色い大きな目をキラキラとさせながら大声でそう叫んだ。

「ユン、声が大きいですよ。ここをどこだと思ってるんですか」

「はうっ……。すみません……」



 青髪の少年リヴァイアに(いさ)められたユンは、小さく縮こまった。それでもユンは何故か嬉しそうにしている。

 それもそのはずだ。リヴァイアことリヴァイア=ディストランタはユンが生まれたときにはもう偉大な魔術師として名を()せていた。リヴァイアは魔法都市レリアでは有名な五大魔術師の一人なのである。




 先見(さきみ)のリヴァイア。



 リヴァイアは予知や予言を得意とする魔術師なのだ。ここ、ガルベイル公国に呼ばれたのもその力を見込まれてのことである。御歳百二十三歳のリヴァイアだが、その生体年齢は十六のままで止められている。


 魔術師は魔力を安定させられるようになると、その生体年齢を自身の魔術で止めるのだ。通常の魔術師ならば八十や九十歳になる頃にようやく力を安定させられる程だ。ほとんどの魔術師はその前に亡くなる事が多い。そのため若くして魔力を安定させられる力をもった者は数少ないのだ。

 ちなみにその魔術の効力は潜在魔力が弱くなるまでの数百年続くと言う。



 そんな訳でまだ魔力も安定させられない魔術師見習いのユンにとって、リヴァイアは偉大な存在なのである。その偉大な魔術師であるリヴァイアに怒られたのだ。嬉しくない訳がない。

「僕にはまだ寄るところがあるんです。キミは他の方たちと一緒に帰った方がいいですよ」

 リヴァイアはユンにそれだけ言うと、返事も聞かずに歩き出した。

「ご一緒します!!」

 ユンは、リヴァイアの言葉など聞きもせず彼の後ろに続いた。リヴァイアはかけていた眼鏡を中指で押しあげながら深いため息をついた。



「お悩み事ですか? リヴァイア様?」

 リヴァイアのため息を聞いてすかさず問うてくるユンに、リヴァイアは即答した。

「そう。キミが原因の……です」

「ほ?」

 訳の分かっていないユンが小さく首をかしげた。憧れ光線を放っているユンにはどうせ聞いてもらえる訳がなかった、とがくりと肩を落としてまたため息をつくリヴァイアである。



「いいですよ。ついてくるなら好きにしてください。ただし邪魔にならないようにお願いしますよ」

 リヴァイアはユンにそう告げて、依頼人であるガルベイルの領主の家に向かった。会議のためのその屋敷を出たとたん、小さな動物がリヴァイアに駆け寄ってくる。

「キュ」

「レコ、またタタの実拾いですか?」



 その小さな動物のほっぺが風船のように膨らんでいるのを見たリヴァイアが、呆れ顔でそう言った。

 レコと呼ばれた耳としっぽの長い、ウサギとリスを合わせたような手のひら大の動物はトトトッとリヴァイアの体を器用に上ると、左肩の上にちょこんと座った。首には赤い石の連なったネックレスをしており、右の小さな手首には金のブレスレットが二つはめられている。そして何より特徴的なのは額に浮かんだ不思議な模様と、その中心にはまっている真っ赤な石であろうか。リヴァイアはそのはまっている石をツンツンとつついた。



「キュ、キュウッ……」

 レコが少し嫌そうに両手をあげてリヴァイアの手を振り払おうとしている。それを見たリヴァイアはクスリと笑うと、いじめるのをやめてレコの好きなあごの下をなでた。レコは嬉しそうに目を細める。


「全く……。キミはいつの間に居なくなってたの? 気付かなかったら置いて行くところだったよ」

 怒られているとも知らず、レコはお構いなしに自分の顔をくるくる手で洗いだした。どこに行っていたのか、真っ白な毛がところどころ黒く汚れている。


「ガルベイルはタタの実が豊富だからレコにとっては聖地なのかもしれないですね!!」

 リヴァイアの後ろにいたユンがそんな事を嬉しそうに言った。冗談じゃないと思いつつも否定しきれないリヴァイアである。汚れた自身のローブの左肩を見てレリアが恋しくなってきたのは言うまでもない。



「早く終わらせて帰りましょう」

 リヴァイアはそう言うと、歩く足を速めた。



☆☆☆―――――☆☆☆―――――☆☆☆



 領主邸に着いてすぐ、呼ばれてわざわざ出向いて来たはずのリヴァイアが何故か門番につかまっていた。

「ですから、天主(てんしゅ)様はレリアの(あるじ)である以上レリアを離れる訳にはいかないんです。何故僕では不満なのですか!?」


 リヴァイアはかなりイラついていた。何よりもこの門番のリヴァイアを見下したような目が気に入らなかった。

「お前のような子供に用はないと領主様は言っているんだ。仕事はこの(やしき)に居座る魔物退治だぞ? お前らのようなひよっこが2人いたところで何ができると言うんだ。しかも得意な魔術は予言と言ったな? ハッ、先が見えたところで魔物退治なんてできるか!」



 門番のそのセリフを聞いて、いきなりリヴァイアの隣にいたユンが怒り出した。

「なんて失礼な!! ぼくはひよっこですけど、リヴァイア様は偉大な魔術師なんです!! バカにしないでください!!!」

 今にも噛み付きそうな勢いのユンに、門番も少したじろいだ。少しだけ悩んだ後、そこで待てと言い残し意見を仰ぐためなのだろう、屋敷の中へと入っていった。

「全く! 呼びつけておいて失礼な人達ですよね!!」



「まあ、魔術師の実年齢なんて一般の方には特に分かりませんから……。ちょっと……、子どもというのは失礼ですけど」

 リヴァイアの言葉に棘が混じった。彼は自分の童顔をものすごく気にしているのだ。今かけている眼鏡も視力が悪いからなどではなく、ただ微妙に大人びて見えるからという理由でかけているだけにすぎない。

「? ユン、なんだか中が騒がしくないですか?」



 門番を待っていると、屋敷の奥から人の声が聞こえ始めた。その声に時折悲鳴が混じっているような気がして、リヴァイアは隣にいたユンに同意を求めた。

「そうですね……わっ……! 今ガラスが割れる音しました!!」


リヴァイアがどうするべきか迷っていると、屋敷から先程の門番が飛び出してきた。かなり焦っているようだ。

「あんたたち!! 逃げた方がいい! うちのバカ領主様が魔術師など信用できんと言って魔物に手を出しちまった! そしたら今までおとなしかった魔物が急に暴れだしてっ……」


「本当にバカ領主ですね。他の方を領主にすることを推薦しますよ。ユン、キミはここで待っていてください」

 リヴァイアはそう言うと、屋敷に向かって駆けだした。ユンがあわててその後に続く。後ろで門番が叫ぶ声が聞こえてきたが二人に聞いている暇はなかった。


「ぼくも行きます!!」

「全く。何があっても責任は取りませんからね」

 呆れ顔でそう言うと、それ以上は何も言わずおそらく魔物がいるであろう騒ぎの中心へと向かって駆けた。





「お、大きい……」

 熊のような魔物を見上げて口をあんぐりと開けるユンである。逆にリヴァイアは見覚えのある魔物にほっとした。

「雑魚ですね。風が弱点の大きいだけにすぎない魔物です。的が大きくて助かりますよ。ユン、あそこで魔物に挑んでいるバカ領主らしき方をこちらに連れて来てください。早くしないと一緒に切り刻んでしまいそうですから」



 リヴァイアはそう言うと、集中を始めた。ユンがあわててその領主らしき男の腕を引き、リヴァイアの元へ戻る。

「な、なんだ!?」

「戦闘があるならインフィニティアロッドを持ってくればよかったです。天主様もはっきり言ってくださればよかったのですが……」

 あわてる領主を後目(しりめ)にリヴァイアはぼやくと、詠唱を始めた。室内のはずなのに風が起こり、リヴァイアのローブの裾を巻きあげてはためかせた。髪飾りにつけられた飾りが鉄の部分に当たり、まるで楽器のようにからからと音を立てる。



風刃(ふうじん)(やり)よ、(てき)(つらぬ)け!」

 リヴァイアの詠唱と同時に頭上にごうごうと風が集まり、その風で槍が生み出された。リヴァイアの姿を見ていたユンが、キラキラ光線でリヴァイアを見つめる。領主らしき男もその場にへたり込んで、唖然とその姿を見ていた。


「ウィンドランス!!」

 リヴァイアが手を振ると、生み出された風の槍が魔物に向かって一直線に飛んで行った。突き刺さったかと思えば拡散して、風の刃が幾筋(いくすじ)も魔物を切り刻む。

 魔物がばたりと倒れると、風はそのまま消えていった。辺りに静寂が訪れる。


 その静寂を破ったのはバカ領主の男であった。

「あ、あんた、予言士だったんじゃ……攻撃魔術が使えたのか……?」

 リヴァイアは自身の眼鏡を中指で押し上げると、相手にしていられないと言った感じで言葉を発した。

「僕は予言を得意としていますけど、別に他の魔術が使えない訳ではないのですよ。見くびらないで頂きたいですね」


 それだけ言うと、リヴァイアはその領主の男を置いて屋敷の外へ出た。リヴァイアの後ろをユンがあわてて追ってくる。

「あ! あんたたち! 無事だったのか!? 領主様は……」

 屋敷を出てすぐ、先程の門番につかまった。まだ逃げていなかったとは見上げた根性だ。



「領主様なら中でへばってますよ。依頼は完了しましたので天主様にそうお伝えください」

 そのままリヴァイアは魔法都市レリアへ帰るべく、国境砦へ向かった。ユンも置いて行かれまいと、わたわたとリヴァイアの後に続く。

 その後領主たちが自分たちを助けてくれた青い髪の少年が、かの有名な魔術師リヴァイア=ディストランタであると知るのは、リヴァイアがレリアに帰ってから3日後の事であるが、リヴァイアにとってはどうでもいい話である。





   私は願おう

   あなたが安らかに眠れる事を

   あなたは私の心の中で生きている

   この心の中に居てくれるから

   あなたの生きた地

   守り続けていこう

   悲しみは胸の奥に

   この歌をささげよう――――




「ユン……。どうして鼻歌がレクイエムなんですか……」

 バカ領主邸で用事を済ませた帰り道、ユンの音の外れた歌とありえない選曲にリヴァイアは突っ込まずにはいられなかった。

「好きなんです、この歌! 心の中で生きていてくれてるってそう思えるので……」

 ユンのセリフにリヴァイアはそう言えば、と思いだす。ユンの両親はユンがとても小さなころ、エストランジュ国内戦後の治安が乱れていた時に、賊に襲われて亡くなったのだ。そう考えたらもう歌うなとは言えなくなってしまったリヴァイアである。仕方なく音の外れた歌を聴き続けた。



 レコは領主邸に入る前から疲れていたのか、リヴァイアの懐に潜り込んで眠っていた。ユンの音痴な歌を聴かずに済んで少しうらやましいと思ってしまうリヴァイアである。

「今日は何事もなかったから、リヴァイア様の歌聴けないです……」


 ユンが少し残念そうに言った。レリアでは犠牲者が出るとレクイエムを歌って天に送る習わしになっている。ユンはその時の事を言っているのだろう。ハッキリ言わないのは不謹慎だと自分でも分かっているからなのかもしれない。

「やはりあのバカ領主をどうにかすればよかったですか」

 リヴァイアが冗談でそう言うと、ユンがははっと苦笑した。

「冗談はさておき早く帰りますよ」



 リヴァイアはそれだけ言うと、歩く足を速めた。

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