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虚空の真実  作者: 琥珀 朔
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序章~彼と彼女の出会い~

初掲載となります。頑張って完結させられるよう頑張りますので温かい目で見守ていただけますと幸いです。


 僕の父さんはとても優しい人だった。小学生だった僕が悪いことをした時は、決して怒鳴らず、でもそれは悪いことだからしてはいけないんだよと僕に言い聞かせてくれた。


 さらに父さんは会社では仕事に一生懸命励んで部下の人からも慕われていて、家に帰ったら母さんの家事を手伝ったり僕と遊んだり一緒に宿題をやったりと、優しいだけじゃなく父としても人間としてもすごい人だったと小さい僕は思っていた。


 後日思ったことを伝えると父さんは照れたような顔をして、


「父さんだけがすごいんじゃないよ。母さんもすごいし隣に住んでる織田さんだってすごいし、実は君だってすごいんだよ」


 そう言って父さんは恥ずかしそうに自分の頭をかいた。父さんはなんだか言い訳をしているみたいだったし、僕は自分がすごいだなんて思えなかった。


「じゃあこうしよう」


 父さんはとてもいいことを思いついた、いたずらっ子のような顔をしてこう言った。


「これから先、君が自分ですごいと思うこと、そうだなぁ、誰かを助けたりとか、何か誇れるようなことをした時は真っ先に父さんに教えてね。その時は父さんがすごい!って言ってあげるよ!」


 僕はいまいち自信がなかったけれど、父さんが笑ってそう言うものだから不思議と僕も、うん!と返事をしてしまっていた。でも、この約束は守りたい、その時は父さんに真っ先に伝えたいと思ったのだった。


 そんな父さんは今から三年前に亡くなった。仕事からの帰り道、ガラの悪い男に絡まれている人を助けようと仲裁に入ったらもみ合いになり、突き飛ばされて頭を強く打ってしまい意識不明になった。病院に搬送されたがそのまま帰らぬ人となった。


 病院から電話を受けてそれらを聞いた母は泣き崩れた。僕は高校生で、夜遅くまで文化祭のための準備をしていた。僕がそのことを直接聞かなかったのは救いと言えるかもしれない。学校から帰ると母はいつもと同じように、何事もなかったかのように僕に接してくれた。父さんは出張でちょっとの間帰れないそうよ、とだけ言って。


 高校生で父親が死んだということを知るのはさすがに耐えられないと考えたらしい。それで僕には出張に行っているということにしたのだ。僕は朝何も言ってなかったのに急な出張だなんて大変だな、と思っていた。でも、こうして話してるからには僕は知ってしまったわけで……。


 母は父が死んだその翌日からパートを始めた。もともと裕福な家庭ではなかったし、父がいなくなった上親戚とも折り合いが悪く援助してくれる人がいないため家で稼ぐ人がいなくなったからだ。もちろん僕からしたら父も健在なのにどうして母さんまで働くのだろうかと疑問だった。朝パートに行って、夜帰ってきて僕のご飯を作って寝て、また朝パートに行ってという生活を繰り返していた。


 一方僕にも学生生活において変化があった。先生たちはもちろん、知らない同級生や後輩たちから、色々と裏で心配されていたらしい。誰が流したか知らないけれど僕が父親を亡くしたことは高校の大多数の生徒が知っていた。


 もちろんそれはあの人父親を亡くしたんだってかわいそうに、といった同情や悲哀が込められた内容だったが、そのことを知らない僕は自分が陰口を叩かれていじめられているのではと思いこんだ。


 高校に入学してからクラスメートと言葉を交わして友達が出来たが、自分から話しかけることはほとんどと言っていいほどなかった。授業の話をすることはあっても趣味などの話はしなかった。他人と会話をすることがなんとなく苦痛に感じ始めたのだ。そんな矢先に周囲から目を向けられ始めたのだからより一層憂鬱になった。


 そんなわけで学校に行くのも嫌になりつつあった日、母さんが働き始めてから4日目に母さんは身体を壊した。もともと身体が強い人ではなかったのに何日も働きっぱなしだったため無理もなかった。


「疲れがたまってたんでしょう。ここ最近お母さんは働き詰めでしたし……まぁでも、2、3日もすればよくなると思いますよ」


 そう医師から説明を聞いた後母の病室を訪れた。ベッドで寝ている母の顔は以前よりも痩せていて、ひどく疲れた顔をしていた。そんな母を見て、どうして父は母より出張を優先しているのだろうと思った。優しかった父さんらしくないと。そのことを母に言うと、


「仕方ないのよ……急には帰ってこられないお仕事なの」


 と、母は力なく笑った。それで余計に悲しくなった。だから言わずにはいられなかった。


「母さんのことが一番大事じゃない父さんなんて嫌いだよ、僕」


 それを聞いて母さんは驚いた顔で僕のことを見て、それから優しい顔になった。でもそれ以上は何も言ってくれなかった。

 翌日、再び母さんのお見舞いに病室に入ろうとドアに手をかけたところで看護師さんから呼び止められた。


「あ、息子さん……ですよね。今日はお母様の容体検査なので、ちょっと面会は……」


 初めて聞いた。母は昨日何も言っていなかったし、看護師さんの口調にも少し違和感を感じたけど、分かりましたと言って病室から離れた。ただ、離れるときに病室から少しだけ漏れて聞こえた声は泣いてたような気がした。


 それからまた翌日、母さんから連絡があってすぐに病院に来てほしいとのことだった。まさか容体が悪化したんじゃ……と思って病室に駆け付けたけど、母さんはぴんぴんしてた。いつもと違うところと言えば、知らない人が横に立っていることくらいだった。


 初めて見るそのおじいさんはきちっとした服装で帽子を深くかぶっていて、背も高かったので顔もよく見えなかったけど白い髭が見えたのでおじいさんなんだなと思った。

 そんなおじいさんを横目に見ながら、


「か、母さん?何かあったの?」


 と聞いた。

 母さんは前と同じように元気のない顔、でも決心をしたような顔で、


「今から言うことをよく聞いておいてね、まずお父さんだけどね、出張には行ってないの」


「えっ?」


「……お父さんは、死んだの。六日前に、絡まれてる人を助けようとして」


「………………えっ?」


 今度の返事はワンテンポ以上遅れてからの返事だった。父さんが……死んでる……?六日も前に……?どうしてそのことを黙っていたんだろうという疑問と同時に、このおじいさんも聞いてるけどいいのかなというような、やけに冷静だった自分もいた。


「黙っててごめんなさい、どうしても言えなかったの。でも、まだ話は終わりじゃないの。あなたは明日から家を出て、このおじいさんのお世話になるのよ」


 これからはこのおじいさんのお世話になる?

 母さんは引き続き何かを喋っていたけれど、知らされていなかった事実に加えて話が急すぎてついていけなかった。まるで自分とは関係のない話を聞いているかのように思えた。


 母さんの言うことに対して、うんとかわかったとか答えてるうちに僕は謎のおじいさんのもとでお世話になることが確定したようだった。おじいさんと母さんは何かを話していたようだけど、やがてその話も終わったみたいでお爺さんが席を立った。


 本当にこのままこの人の世話になるの?母さんとはもう会えないの?とも聞くことはできずおじいさんに続いて部屋を出るように促された。促されるまま、自分のものじゃないかのような足取りで部屋を出ようとしたとき母さんから名前を呼ばれて振り向くと、


「元気でね」


 そう言った母さんはすごく寂しそうで、泣いていた。




 母さんに見送られて病室を後にしてからも、おじいさんが運転する車に乗せられてから車の外を流れてゆく景色を見ながらも、いまだ実感がわかずにいた。そもそもどうしてこのおじいさんのもとで世話になるのか、母さんとこの人の関係は何なのかを聞いていなかった。尋ねたところで簡単に教えてくれないような気もしていた。


 信号待ちの時に何度かおじいさんが僕を気遣って話しかけてきてくれたけどなんと返事をしたかは覚えていない。覚えていないのにその時かけられたおじいさんの声はとても優しいものだったことは忘れてはいなかった。


 虚ろなまま車に乗ってから一時間ほど経過したところで、ふと車が止まった。どうやら目的の場所に着いたようだ。


「さ、着きましたよ」


 ドアを開けて車を降りた僕の目に飛び込んできたものは、古ぼけた大きな屋敷だった。


「うっわぁ」


 思わず声が出た。所々外壁面が剥がれ落ちていたり、窓ガラスにひびが入っていたり、さらにはそこら中にごみ袋が置かれているなど、ボロ屋敷と言った方が正しいかもしれなかった。


「どうぞ」


 おじいさんに言われて車から玄関まで歩いてきた。途中で庭らしきところも横切ったが、草木が生えっぱなしになっていた。それにこの玄関もところどころが錆びている。……ここでこれから生活するのか……このおじいさんと二人で。………とてもこれからが心配です。などと思っていると、


「中へどうぞ。お待ちになられております」


 えっ誰が、と聞こうとした時、扉がギイィ……と重々しい音を立てて開いた。その扉の奥には、


「――――――――いらっしゃい、ませ」


 と弱々しい声を発しながらこちらを見ようと顔だけを覗かせている黒い髪の少女と目が合った。

 これが、人と接することが苦手な名探偵との、最初の出会いだった。




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