黒ねずみの冒険。
――チク、タク、チク、タク、
薄暗く不思議な空間に規則正しい音が鳴っています。その音は小動物の心音のようにとても小さな音でしたが、静かなこの空間の中では耳につきます。薄暗くすすだらけの蔵の中、黒ねずみの少年は導かれるように音のする方へ足を進めました。
――チク、タク、チク、タク、
その音に近づくにつれて、黒ねずみの少年は不思議な感覚を覚えていました。それは、足元がおぼつかないような、上も下もなくてただ、聞こえてくる小さな音と自分の心臓の音のみがこの世の全てかのような感覚。怖くはない。とても懐かしい感覚。それは、黒ねずみの少年が母ねずみのお腹の中にいたころか、それよりもずっと前から知っているような、心地よいものでした。
音はだんだんと大きくなり、気が付くと目の前には黒く光る懐中時計がぽつんと置いてありました。
(なんて綺麗な時計なんだろう)
黒ねずみの少年はその美しい懐中時計に手を伸ばしました。パカリとフタを開けるとチクタクと聞こえていた秒針の音がよりはっきりと聞こえるようになっていました。銀色の文字盤の上で、長針は12の少し手前を、短針は4をさしていました。
黒ねずみの少年は時を忘れて時計に魅入っていました。
――チク、タク、チク、タク、
――カチリ。
重たい錠前が開いたような音で黒ねずみの少年は我に帰りました。いつのまにか秒針が一周していたようで、長針が12をさしていました。
(今の音は何だったんだろう? )
そう思い、あたりを見回しました。すると、くらり―と目が回りました。
(あれ? どうしたんだろう? )
グルグルと世界が歪み、やがて真っ黒いもやが視界を包み込みました。