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エンドリア物語

「洞窟でお仕事」<エンドリア物語外伝89>

作者: あまみつ


 ロングソードが横に振られた。

 上下に両断されたワーウルフの身体が、左右にずれた。2つに分かれた身体が音を立てて倒れ込んだが、血はほとんど散っていない。

 美しい太刀捌きだとララ・ファーンズワースは思った。



 ララ・ファーンズワースは暗殺者だ。

 今回のターゲットはダドリー・ハーバー。年齢35歳。職業、冒険者。旅の途中に罪もない羊飼いを殺した。だが、証拠がない。他にも問題のある所行があるため、ララが所属する組織に殺害の依頼が入った。

 ララは同僚のモイラ・フリースと一緒に、ダドリーの殺害に取りかかった。居場所はすぐにわかった。ダドリーは罪を犯した意識がないらしく、冒険者組合に次の冒険場所を伝えていた。

 ブッロウ洞窟。

 山々が連なるノルバイド公国。連なる山の側面には無数に穴があいている。大小のモンスターが巣穴になっている。

 巣穴は奥で繋がっており、巨大な地下迷路になっている。その迷路を総称してブッロウ洞窟と呼んでいる。

 ダドリーがブッロウ洞窟に潜った目的。

 ブラックドラゴンが出たという。

 ブラックドラゴンは知能が高い。人を襲う可能性がなければ、放置しても問題がない。ララは必要のない殺生は慎むべきだと思うが、腕に覚えがある冒険者は、一度は挑戦してみたいモンスターらしい。

 ララとモイラの2人でブッロウ洞窟に潜って驚いた。迷路のような洞窟に、数百人をこえる冒険者がいた。

 ブッロウ洞窟は蟻の巣に似ていた。

 細道がいくつか集まった中継地点が広場になっている。細道に入ると次の広場。広場は天井が高く、広々としている。どの広場にも天井付近に発光球が浮いていて、十数人の冒険者が居る。

 これほど多くの冒険者がブッロウ洞窟にいるのは予想外だった。細道を回りながら、ひとりひとりの顔を確認しなければならないのかと思うと、ララはため息が出そうになった。

 小さな戦闘は洞窟内の各所で起こっていた。元々モンスターの巣穴だ。人間の侵入を快く思わないモンスターが、近づいてきた冒険者を襲っている。

 手こずっているパーティもあれば、簡単に斬り伏せてい冒険者もいた。

 モイラと2人で冒険者の顔を確認して回った。いなければ次の広場に移動する。ダドリーもブラックドラゴンを探して動き回っているはずだ。行き違いにならないことを祈りながら、次々と広場を移動した。

 十数本目の細道を出て広場に出たときだった。別の細道からワーウルフが飛び出してきたのだ。通常のワーウルフより2回りは大きい。広場にいた冒険者達が浮き足立った。

 その時だった。飛び出した冒険者が、一太刀でワーウルフを斬り殺したのだ。

 くすんだ厚手の白いローブ。フードを目深に被っている。

 ララとモイラは顔を見合わせた。

 レベルが違う。ブラックドラゴンを狩りにくるような中堅の冒険者ではない。これほどの腕の持ち主が、なぜ、ブッロウ洞窟にいるのか?

 ワーウルフを倒した冒険者は、ワーウルフを斬り殺した勢いで壁際まで飛ぶと、剣を振り下ろした。

「あぶねぇーーーー!」

 聞き慣れた声がして、ララは目を背けた。

 なぜ、いる。

 怒りにも似た感情が浮かんできた。

「ダメか」

「なんで、切ろうとするんだよ。まだ、仕事は終わっていないだろ!」

「切りたいだけだ」

「もう、帰してくれよ。オレがいたって、どうにもならないだろ」

「泣き言を言う前に探せ」

「わかるかよ。探査魔法でもどうにもならないんだろ」

「使えないなら」

「わかった。わかったから、剣を納めろよ」

 モイラは、まだ気づいていない。

 前に会っているが、特徴がない顔はプロでも記憶しにくい。

 ララはモイラの腕を握った。

「あちらの方向の細道は、探してないと思うのだけれど」

「そうね」

 足早に細道に向かっている時だった。

「ララ、手伝ってくれ!」

 不吉な声がした。

 ララは無視して足を早めたが、モイラが足をとめた。

「ララ、知り合い?」

「知らない。行きましょう」

「あの声、どこかで………」

「知らない!」

 脳内からさっぱり消したい人物は、さらに声を張り上げた。

「シュデルに、いいつけるぞ!」

 ララは振り向くと同時にひとっ飛びで、その人物のところに着地した。

「殺すわよ」

 針を首に突きつけた。が、首に巻いてある物に阻まれた。

「なによ、これ」

「縄」

「見ればわかるわよ」

「ララの後ろの方に、つけられた」

 振り向かなくてもわかった。

 白いローブの男が、立っていることは。

「私のカナリアに何か用かな」

「いえ、呼ばれたので顔を見せに来ただけです。すぐに帰ります」

 うつむいたまま、立ち上がった。

 男の顔を見たくなかった。

「ララ、一緒に来てくれよ」

「元気でね」

「シュデルに言うぞ」

「生きて帰れたら、告げ口でもなんでもして」

「オレには関係ないんだよ」

「いつものことでしょ」

 男を見ないように、向きを変えた。離れたところで待っているモイラの方に歩き始めた。

「ララはムーを掴まえるのが得意です」

「それは面白いな」

 ララは全力で前に飛んだ。立っていた位置に地面が、裂けていた。

「なるほど」

 男の楽しそうな声が聞こえた。

 恐怖で意識が飛びそうになった。

 脚が震える。

「ララ・ファーンズワース。同行願えますか?」

 フルネームで呼ばれた。

 顔を見ていないが、ララには誰なのかわかっていた。

 壁際にいた間の抜けた顔の若者を『私のカナリア』と呼ぶと人物。

 ブライアン・ロウントゥリー。

 魔法協会本部の戦闘魔術師の隊長だ。

 ララはモイラのいる方向に、顔を上げた。モイラに手伝ってもらえれば、『戦闘狂』と呼ばれる男から逃げることが出来るかもしれない。

 モイラは小さく、そして、素早く、手を動かした。最初に、自分を指して、指を1本たてた。次に指でDを作り、手を水平に首に当てた。ガッツポーズをすると、そばに開いている横穴に飛び込んだ。

「ララ・ファーンズワース。次はこちらの穴に入る予定だ」

 呼ばれたララは素直に、ロウントゥリー隊長の近くに移動した。

 モイラに見捨てられたことは、手の動きでわかっていた。

『私』『ひとりで』『ダドリーを』『殺る』『頑張れ』

 何を頑張ればいいのだろうと、ララは憂鬱になった。



「ムーがいなくなったんだ」

 卒業試験の仲間だった、ウィル・バーカーが言った。

 ララは絶望に似た気持ちで、ロウントゥリー隊長とウィルについて洞窟を回った。ウィルといるとろくな目にあわない。わかっているが、ロウントゥリー隊長から逃げきる自信もない。一緒に歩くだけでも憂鬱なのに、やたらと人目を引いている。

 ウィルの首に巻かれた縄をロウントゥリー隊長がしっかりと握っているからだ。

 人身売買は表向き禁止だ。だが、ウィルの服がみすぼらしいこともあり、奴隷を連れて歩いているようにしか見えない。

 苦行がいつ終わるのかを知るために、ウィルに『なぜ、ここにいるのか?』と聞いた答えが『ムーがいなくなった』だった。

「いなくなって良かったじゃない」

 本心だった。

 天才魔術師などと呼ばれているが、はた迷惑なチビ以外の何者でもない。できれば、自分の手でしとめたかったが、時には譲歩も必要だ。

「書き置きがあってさ」

 ウィルが指で四角を作った。

「そこに『ウィルしゃんへ、ブラックドラゴンに招待されました。ちょっと行ってきます』って、書いてあったんだよ」

「なに、それ?」

 言っている内容はわかるのだが、ララの頭が理解することを拒否した。

「この間、ノルバイド公国で仕事があった。その帰りに岩の裂け目に足を挟まれて、動けなくなったブラックドラゴンに会ったんだよ。ムーが魔法陣で岩を壊したら、どっかに飛んでいった」

「そのブラックドラゴンが恩返しに来たというの?」

 ウィルは首を傾げた。

「いや、どこのドラゴンかわからないんだ。この洞窟にブラックドラゴンがいるんだろ。場所も近いから入ってみた」

「ウィル、本当にムーを探しているの?」

 いつものウィルなら『ムーがいなくなった』と、両手をあげて、喜ぶだろう。

「ムーだけなら探すかよ」

 ララは反射的にウィルの襟首をつかんだ。

 縄が邪魔で、首を締め上げられない。

「シュデルも一緒なの?」

「それなら、まだ良かったんだけどなあ」

 ウィルがため息をついた。

「どういうこと?」

「メモの余白に書いてあったんだ。『わしも一緒に行ってくる』っていうのが、どう見ても爺さんの字なんだよ。慌てて爺さんを探したんだけど、見つからないんだよ」

「爺さん………まだ、いたの?」

「いたんだよ」

 ウィルが悲しそうな目でララを見た。

 爺さんとウィルが呼ぶ人物こそ、リュンハ帝国の前皇帝ナディム・ハニマンだ。リュンハ帝国内でも最も尊敬され、敬愛される偉大な人物なのだが、現在はエンドリア王国でウィルが営んでいる桃海亭という古魔法道具店に勝手に居着いている。

「それで探しているの?」

「オレは、放っておいても大丈夫だと思っていたんだが、シュデルが心配して魔法協会に連絡したんだよ」

「つまり、今回のミッションはあのお方を保護すること?」

「そう言えればいいんだけどなあ」

 ウィルが遠い目をした。

 ウィルの縄を持って前を歩いているロウントゥリー隊長が平坦な声で言った。

「あのお方と化け物を確保することだ」

 ララはウィルを見た。ウィルがうなずいた。

「ララ、考えて見ろよ。あの2人を野放しにできるか?」

 ナディム・ハニマンとムー・ペトリ。

 両者とも魔法戦闘に関しては大陸で1、2を争う腕の持ち主だ。そして、ムー・ペトリは非常識で有名だ。ララも一緒に旅をしたことがあるが、自分の欲望を優先する典型的なタイプだ。ナディム・ハニマンはリュンハ帝国では人格者として通っている。エンドリア王国のニダウでも評判がいい。ただし、前皇帝のウィルの扱いを知っているララには、放置していい人物には思えない。

「ブラックドラゴンと戦闘でもするつもりかしら?」

「どっちでも、ブラックドラゴンなら瞬殺だ」

 ウィルがなんでもないことのように言った。

 回りがざわめいた。

 冗談でも言っていいことと悪いことがある。命がけでブラックドラゴンを退治しに来た冒険者の中で言っていい内容ではない。

 前を歩いていたロウントゥリー隊長が、ウィルの声をかき消そうとするかのように大声で言った。

「ブラックドラゴンを倒すのに魔法など必要ない。私なら剣で1分とかからない」

 ララは右手を強く握った。

 殴りたい。

「問題は、ここがオレの店じゃないってことなんだ」

 ウィルがつまらなそうに言った。

 得心が行った。

 桃海亭には店員のシュデルが操る一流の魔法道具が多数ある。桃海亭が建つキケール商店街には超生命体のモジャがかけた保護がある。

 桃海亭では問題ないレベルの魔法でも、ブッロウ洞窟で使ったら大惨事なる可能性がある。

「帰って、昼寝をがしたいよなぁ」

 注目を浴びていることを、ウィルは全然気にしていない。

 注視している冒険者たちも、首に縄をかけられて、トボトボ歩いているさえない若者が、極悪コンビのウィルだとは思わないだろう。

「そういえば、ララ・ファーンズワース」

 ロウントゥリー隊長が振り返らずに言った。

「『私のカナリア』だ。手を出さないでくれたまえ」

 ララはにっこりと笑った。

「もちろんです」

 ロウントゥリー隊長に言ったとおり、今は手を出さない。

 だが、ララの決意は揺らがない。

 ウィル・バーカーはララの獲物だ。



「あー、こっちかな」

 小一時間ほど歩き回ると、ウィルが脇道を指した。

「理由は?」

「なんとなくかな」

 ボォーーとした顔で答えた。

 ウィルは『なんとなく』とよく言うが、『なんとなく』ではない場合が多い。何か理由はあるが、その理由を開かしたくないか、断言できるほどの確証がないか、のどちらかだ。

 ウィルが『こっち』という道を進んでいく。細道に入る度に冒険者の数が少なくなり、ついに人影が見えなくなった。

「こっちかな」

 ウィルが10数本目の細道を指した。

「もう、指さなくてもいい」

 ロウントゥリー隊長が冷たく言った。

 ララにも、ウィルが道標にしてきたものが何かわかっていた。

「間違いないんでしょうね」

「まあ、たぶんな」

 自信なさそうにウィルが答える。

 3人で脇道を進んでいく。道が途切れ、広場に出た。

 予想通りの光景が広がっていた。

「はうしゅ?」

「何かあったのか?」

 広い広場の真ん中にブラックドラゴンが座っている。

 その前には丸焼けの鹿。

 ムーと前皇帝は切り取った鹿肉に片手に、舌鼓を打っている最中だった。 

「うまそうな匂いだなぁと思ってさ」

 ウィルがたどってきた道標は、肉が焼ける匂い。

「なあなあ、オレも食べたらダメかな?」

 ウィルが期待に目を輝かせながら言った。

「いいしゅか?」

 ムーが隣に座っているブラックドラゴンを見上げた。

 ドラゴンは何も言わず、ムーを見下ろしている。

 ムーがウィルの方を見た。

「いいみたいしゅ」

「よしゃあぁーー!」

 ピョンピョンと跳ねて焼いた鹿のところに行くと、前皇帝の隣に座った。

「肉、肉!」

 犬のように涎を垂らしながら、前皇帝を見ている。

「しかたがないのう」

 前皇帝が手を振った。

 焼けた肉が数枚、浮き上がった。

「おっと!」

 ウィルは肉を素早く受け止めた。

 ムーがポシェットから小瓶をウィルに投げた。

「塩か。ありがとよ」

 手に乗った肉に、塩をふりかけて美味しそうに食べ出した。

 ララの隣にいたロウントゥリー隊長がひざまずいた。

「お迎えにあがりました」

「ご苦労。もう、帰ってよいぞ」

 前皇帝は笑みを浮かべているが、ロウントゥリー隊長に『邪魔だ』と言っているのがララにわかった。

 ロウントゥリー隊長は一礼すると、姿を消した。

 魔法を使ったのだろう。ララの目には見えなかった。

 前皇帝が相好をくずした。

「ララさんも、食べるかな?」

 口を必死に動かして、肉を食べているウィルがララを見た。

 オレが食う肉を減らさないくれ。

 視線で訴えている。

 ララは笑顔を浮かべた。

「ご馳走になります」



「うまかった。ありがとな」

 前皇帝の超絶技巧で、焼いた鹿から肉は綺麗になくなった。

「ごちそうしゅ」

「馳走になった」

「ごちそうさまでした」

 ブラックドラゴンに礼を言った。

 前皇帝が「よいしょ」と立ち上がった。

「帰るとするか」

「はいしゅ」

 ムーも立ち上がった。

「オレも」

 ウィルが立ち上がると、前皇帝とムーが、同時に首を横に振った。

「ブラックドラゴンの搭乗者は2人と決まっておる」

「はいしゅ」

 ウィルがふてくされたように言った。

「オレだけ残されるのかよ」

 ブラックドラゴンが頭を下げて、ウィルに顔を近づけた。

「お、お前、川にいたドラゴンか」

 ブラックドラゴンの頭をよしよしとなぜている。

 ブラックドラゴンが口から細い火を吐いた。

「おっと」

 ウィルの首にある結び目が焼け、縄が床に落ちた。

「ありがとうな」

 ブラックドラゴンが立ち上がった。

 ウィルは、ムーと前皇帝がブラックドラゴンの背中に乗るのを手伝ってやっている。

「床に落ちてる縄を取ってしゅ」

「こいつか?」

 拾ったウィルがムーに渡した。ムーはドラゴンの首に巻き付けて、手綱にした。

「気をつけて帰れよ」

「大丈夫しゅ」

 ムーがうなずいた。

 ララは黙っていられなくなり、口を挟んだ。

「ちょっと、待ちなさいよ。ブラックドラゴンが、町や街道の上を飛んだら大騒ぎになるわよ」

「大丈夫しゅ」

「だから……」

「大丈夫だろ。ここはノルバイド公国だぜ」

 ウィルに指摘されて気がついた。

 ノルバイド公国は山々の上を飛んで、エンドリア王国に入れる。入ってすぐに、ウィルたちが住むニダウの町だ。

「街道は通らないかもしれないけれど、ニダウの町の人が…………」

 そこまで言って、ララは自分が不毛なことをいっていることを気がついた。

 ニダウの人々は、ブラックドラゴンくらいでは驚かない。ムーのせいで、頻繁に奇妙な異次元モンスターを見ているからだ。

「じゃあ、いくしゅ」

 ムーが言うと、前皇帝は指を鳴らした。

 周囲の風景が一変した。

 広々とした広場なのは変わらないが、直径10メートルをこえる巨大な横穴が開いている。明るい光が射しこみ、そこから、絶え間なく風が吹き込んでいる。

「爺さん、いきなり穴を開けたら危ないだろ」

「わしじゃない。ここにいた別のブラックドラゴンが出て行くときに開けた穴だ」

「へっ?もしかして、大量の冒険者が探しているブラックドラゴンはもういないのかよ」

「とっくに、どっかにいったしゅ」

 ドラゴンが羽ばたき始めた。風圧がおき、ララとウィルは入ってきた細道に移動した。

「夕食までには帰ってくるのだぞ」

 その声を合図に、ブラックドラゴンは横穴から飛び出していき、あっという間に姿が見えなくなった。

「さて、戻るか」

 ウィルが歩き始め、ララも後をついて歩き始めた。

「どういうことなのよ」

「見たままだ」

「説明しなさいよ」

「説明も何も、この洞窟に別のブラックドラゴンがいた。あのブラックドラゴンがここに来て、ムーを招待した。ムーが来て、入れ違いに、前にいたブラックドラゴンが出て行った」

「あのブラックドラゴンは命を救われたお礼に、鹿肉を焼いてご馳走したというの?」

「違う、違う」

「何が違うのよ」

「あれは別のブラックドラゴン。ほら、ドラゴンは金が好きだろ。この間、川で身体を洗っていたら、あのドラゴンが砂金を取ろうと苦労していたんだ。ムーが砂金のある川の上流のあたりには金脈があるからそっちを探せって、金脈探査魔法陣を右前足に書いてやったんだよ。金鉱が見つかったんだろ。鹿肉はそのお礼だろ」

 ララは目眩がした。

 ブラックドラゴンと出会うことなく、人生を終える人間の方が圧倒的に多い。それなのに、川で身体を洗っていたら、砂金取りをしているブラックドラゴンに会った。道を歩いていたら、岩に足を挟まれたブラックドラゴンにあった。

「ウィル」

「なんだよ」

「あんたの側だけは、いたくはないわ」

「悪かったな」

 ウィルが足を早めた。

「急ぐぞ」

「どうかしたの?」

「爺さんの魔法が解けたんだ。こっちにも人が流れてくる」

 謎が一気に解けた。

 なぜ、探している時、途中から冒険者の数が激減して、ブラックドラゴンの近くには一人もいなかったのか。

 前皇帝が魔法をかけて人が近づかないようにしていたのだろう。一流の魔術師でもあるロウントゥリー隊長だからこそ、魔法に引っかからなかったのだろう。

 なぜ、ロウントゥリー隊長がウィルを連れていたのか。

 前皇帝が魔法で、前皇帝とムーとブラックドラゴンの姿を隠していたのだろう。唯一、ウィルだけが見つけられるようにしていた。暗黙のルールを理解していたロウントゥリー隊長が鍵であるウィルを逃がさないように連れ歩いていたのだろう。

 ウィルが飛ぶように細道を登っていく。いつもの緩慢な動きが嘘のような早さだ。

「あのお方はどこだ?」

 ロウントゥリー隊長の声が背後からした。

 人の気配を読むことには自信があるララだが、まったくわからなかった。

 ウィルは振り返ることなく、答えた。

「さっきの広場の横穴から、ブラックドラゴンに乗ってニダウに帰った」

「なるほど」

 ロウントゥリー隊長の声は、動じているようには聞こえない。

「カナリアを殺すのは、次回の楽しみにとっておこう」

 気配は感じないのに、声だけが遠ざかっていく。

「殺さなくていいからな!」

 ウィルが、慌てて怒鳴った。

 すぐに振り返り、大声で怒鳴った。

「間違えた!オレに近寄るなぁーーー!」

 遠くで楽しそうな笑い声がした。



 ウィルと別れたララは、モイラと別れた広場に戻った。予想通りモイラが待っていた。

「こっちは終わったわ」

 モイラが言った。

 ダドリーは無事、天に召されたらしい。

「帰りましょう」

 ララが先に立って歩き出した。

「先ほどの………」

「聞かないで!」

「あれは、ウィ………」

「知らない。わからない。何もなかった」

 ブラックドラゴンに鹿肉をごちそうになってきたことは、絶対に話すまいとララは決めていた。

 話したら、頭がおかしいと思われる。

「ララ。話すべきか、迷ったのだけれど………」

 モイラが止まった。

 仕事で不具合が発生したのかと、ララも立ち止まり、振り返った。

「………首に縄をつけていた若者が、この細道に……」

 最後まで聞く気はなかった。

 来た道を全力で走り始めた。

「逃げるのよ!」

「ララ、どういうこと?」

「いいから!」

 ララに急かされて、モイラも走り始めた。広場にでるまで10秒ほど。

 直後、細道が吹き飛んだ。

 洞窟の天井から小さな岩がバラバラと落ち始めた。

「モイラ!」

「ララ、わかっているわ!」

 洞窟が崩れかけている。

 理由はわからないが、原因はウィルに決まっている。

「こっちから、逃げられるぞ!」

 聞き慣れて、絶対に聞きたくない声が、逃げ道を教えている。

 パニックに陥っていた冒険者の群が、声の方角に流れていく。

 流れていく方向で、爆発音がした。

「落ち着け!ここから洞窟を出られるぞ」

 洞窟内でわかりにくいが、地上から30メートル近い高さがあるはずだ。急勾配の坂を大量の冒険者が一斉に降りるとしたら、何が起きるのか誰でもわかる。

「うわぁーーー!」

「ぎゃあ!!」

 聞いていたララは、悲鳴の展覧会だと思ったほどに、多種多様の悲鳴が次々あがる。

「ララ」

「わかっている」

 悲鳴を聞くより、崩れはじめている洞窟から逃げるのが先だ。

 重い足を動かして、悲鳴の方向に行くと、外に出ようともがく冒険者たちがいた。

 そして、そこにいたのは、袋を片手に握ったウィル・バーカー。

「ここから出るには、銅貨2枚、銅貨2枚」

 穴の左端に立っている。

 冒険者が銅貨を渡すと、一瞬だけウィルが横に動き、そこから穴の外に出している。穴は大きいので、他から自由に穴の外に出られるが、ウィルのいる場所以外から外に出た冒険者は、すぐに悲鳴をあげている。安全に降りられる場所は、ウィルが立っている場所だけらしい。

 安全に出るためにウィルのいる方向に行こうとする冒険者と、とにかく逃げようとする冒険者で混乱している。

 ララは、飛び上がった。

 密集している冒険者を踏みつけながら、ウィルの隣に降り立った。

「ララ。ここから出るなら銅貨2…………」

 ララの渾身の蹴りをよけたウィルが、バランスを崩した。その瞬間、モイラがウィルの軸足を蹴った。

「うわぁーーー!」

 ウィルが頭から急斜面を転がり落ちていく。ウィルのことだ。死にはしないだろう。

「さ、逃げましょ」

「そうね」

 ララとモイラは、ウィルがいた場所からなだらかな道を駆け下りた。

 仕事はモイラに任せてしまったが、なぜか、気分が軽かった。

 背後から、聞き慣れた声が怒鳴った。

「ララ、覚えていろよーー!」




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