見果てぬ夢
湿地帯を進んでいく、見かける魔物の数が随分と減ってきた。
これだけの規模の集団になると襲ってくる物など殆どないであろう。
あれだけ大群で見かけたブルフロッグの姿を見ることもなくなり、普段は喧しいであろう虫の音は今は鳴りを潜めている。
集団の規模が大きくなると行軍速度は落ちるのが常であり、ルクセリオまでの歩みはゆったりしたものとなっている。
今は部隊を三つほどに分け、魔物を追い込み捕縛していく形をとっているのだが、何時でも出し入れ出来るカードの力を考えると、小規模での行軍も考えるべきであろう。
バチャバチャと音を立てながら、何かに追われているかのように慌ただしく走り寄る集団がある。
あれはブルフロッグか、別の部隊が彼らをこちらに追い立てているのだろう。
それはかなりの数で、押し寄せる津波の如く感じる光景であるのだが、あの波が私の所まで押し寄せる事など無いであろう、更なる大きな波がこちらより覆いかぶさってしまうからだ。
そして今日も私は剣を掲げ、捕らえられた獲物にトドメを刺していくのだ。
そういえばこの辺りにリザードマンの集落があったはずだなと思い起こし、配下のリザードマンに案内させるべくこちらに呼び寄せる。
尋ねるとやはり近くに集落があるようで、更なる戦力増強のためそちらに進路をとる事にした。
この先からは小規模な集団でよかろう、他の二部隊に湿地帯の魔物の捕縛を指示し、少数で向かう事にした。
帰ってくる頃にはリザードマンを支配下に置き、大群となって戻ってくる事であろう。
やがて見覚えのある場所へと到着する。背の高い木々がまばらに立ち、いくつもの細い川が前方の大きな沼へと続いている。
その中でひと際目を引く物がある。沼のほとりに佇む人影、傍にある木に手をつき沼の中央を眺める女性の姿だ。あれは……ぺぺ?
良かった生きていたか、でも何でこんな所に? 彼女に向かって進む足はいつしか小走りになっていた。
「ぺぺ、無事だったのか」
私が声を掛けると女は振り返る。やっぱりぺぺだ。
「エムさん、無事だったんですね」
彼女の表情は優れない。どうした、何で一人なんだ? テンガはどうした。
ぺぺは寂しそうに肩を竦めると、首を左右に振るのだった。
「ルクセリオに向かったんだけど、街は封鎖されてたの。私達の手配書も回っていたみたいで、中に入ろうとしたら……そしたらテンガがあいつらに……」
マルセイとモーリンはどうした、やられたのか?
「ええ、二人共死んだわ」
何て事だ、伝達手段の限られたこの世界で、手が回るのが早過ぎる。周到に用意されていたのか。
「弓も捨てて必死に逃げたわ、でも行く所が無くって、それでここを思い出したんだけど……あなたがいないと集落に入る事さえ出来ないわ」
そうか、それで剣しか持ってないのか。そういえばぺぺが剣を持っている所はあまり見なかったな。よくここまで逃げてこれたもんだ。
剣を腰に差し悲しげに沼の先を見つめるぺぺの瞳には何が映っているのだろうか。
何だろう、何か違和感を感じる。漠然とした不快感。
特にこの沼だ、近づいて水面を覗き込む。そこに映る俺の姿は……
「エムさん!!」
慌てるぺぺの声、振り返って彼女を見る。何かに怯えるような眼、それを見てさらに強くなる不快感。
どうしたんだと尋ねようとしたが、その声が口からでることは無かった。
ゴボゴボと口から出るのは大量の血。私は血を吐いているのか?
胸が熱い。そして遅れてくる激しい痛み。
胸から何かが飛び出している、これは槍の穂先だ。後ろを向くと、ずぶ濡れのテンガが私の体に刺さる槍から手を放す所だった。
まさか水の中に潜んでいたのか? 違和感の正体はこれだったのか。
足に力が入らない、地面に膝をつく。マズイ致命傷だ。回復魔法を……
世界が回る。激しく天と地が入れ替わる。やがてトンという音の後、視界が横倒しで止まる。見えるのは剣を振り切った姿のぺぺ、それに配下の魔物が襲いかからんとしている。
そうか、私の情報を流していたのはオニールだけではない。彼ら二人もまたそうだったのだ。
私は最初から騙されていたのか?
目が霞む、もはや思考もままならない。
最後に見たのは、手からパラパラとカードを落とす首の無い私の体。
その持ち主を失った私の体は、やがて風に溶けていくように消えていった。




