マンティコアの洞窟
コブリンが指し示す洞窟は森の中から覗かせる岩場にあり、垂れ下がる蔦に覆われ入口の発見を困難としている。
洞窟の入り口は比較的大きめとはいえ、全員でぞろぞろ入っていく訳にもいかず、三十程の精鋭でマンティコア討伐に乗り出す事とした。
無論カードにして何時でも召喚出来るような手駒も十分だ。
まずは洞窟の周りを調査して、他の出入り口があれば数十人で出口を固める。あるいは石や土で埋めて逃げ出せないようにしてしまう。
こうして準備を整え洞窟の中へと入っていく。
暗い洞窟を照らし出すのは幾つもの松明、そして光る石。
この石は太陽が降り注ぐ中、光の精霊魔法で魔力を中に閉じ込めたものだ。
これは数時間は輝き続け、更に魔力を注ぎ込めばより長く、明るく光る。それを数名が紐でぶら下げているのだ。
いざとなれば遠くに投げ、暗闇に慣れた者への目くらましや、光が届かぬ所からの奇襲を防ぐ事が出来るだろう。
洞窟の中は横幅もあり、天井も高い。部隊を展開しやすい反面、上空からの攻撃には気をつけなければならない。
所々動物の骨が落ちており、小型の虫達が光に照らされると暗がりへ逃げていく。
ある程度進んで行くと、天井に蝙蝠の姿を見かけるようになり、蝙蝠の出す糞に比例して虫の姿も増えていく。
大きな洞窟はやがて行き止まりになり、直径三メートルほどの奥へ続く穴が二つ見つかった。
新にゴブリンやオークなどを召喚し、右側の穴の周りを固めさせ、我々本隊が左の穴に潜っていく。
先を進むのはゴブリンの斥候。彼らはある程度夜目が利くものの、光る石を先に括り付けた棒を前に突き出し、出会い頭の襲撃を警戒する。
マンティコアには既に侵入者がいる事は察知されているだろう。音や振動、そのような物で我ら招かれざる客がいる事を知っているであろう。野生動物とはそういったものだ。
前方は漆黒の闇、長く続く横穴の壁を石の光が照らしだす。
進むたび闇は遠ざかりこのまま永遠に道が続くのではないかと不安を感じ始めた頃、照らしだされる壁面が途切れた。どうやらこの先は広い空間になっているようだ。
先頭のゴブリンの足が止まり、光で照らした穴の先を覗き込んでいる。
どうやらここは大きな空間へと繋がる横穴になっているらしく、足元は断崖絶壁となっており、とても降りる事など出来そうもない。
仕方なく引き返そうとした時、後方が慌ただしくなった。まさか……
皆を押しのけて見ると、横穴一杯の大きさのマンティコアが大口を開けてこちらに迫って来ていた。
既に一番後方にいたゴブリンは食い散らかされており、他のゴブリン達が弓をマンティコアに向けて射っていた。
放たれた矢はマンティコアの一メートル手前で失速、そして体毛に絡め取られ深く刺さる事は無かった。
何だ? 弓が効かないのか?
すぐさまファイヤーボールを飛ばす。火の玉は透明の壁にぶつかり燃え広がる。アンの魔法の障壁と似ている。
ミノタウルスが両刃の斧を構えてマンティコアに対するも、通路が狭く斧を振り回す事が出来ない。
マンティコアは突き出された巨大な斧に臆する事無く突進してくる。我々を崖から落とそうとしているのであろう。
マンティコアが前に出る度に我が軍団は後ろに下がる。マズイ押し出されてしまう。
やがて衝撃と共に大地を踏みしめる足が空を彷徨う。そして下腹部を突き上げる浮遊感。
落ちていく……抵抗むなしく突き落とされた我々はマンティコアもろとも落下している。だがマンティコアは羽を羽ばたかせ飛び去る。
重力により吸い付けられる地面を見る。かなりの高さだ、このままでは死は免れないであろう。
落下する者達をカードに戻し、代わりにハーピーを召喚。
呼び出されたハーピーは私の肩を掴むと、暫く滑空する。
周りを見渡す。真っ暗では無い、かなり遠くまで見渡す事が出来る。
綺麗だ。
洞窟の巨大な空洞は天井に切れ目が走り、柔らかい光が降り注ぐ。
岩の隙間から染み出る地下水が滝を作り、飛沫を上げながら舞い落ちる水が小川となり岩の隙間へと注ぎ込む。
遠くを数匹のマンティコアが旋回している。そこで我に返り気を引き締める。
ハーピーが私をふわりと地面に下すとすぐに魔物を召喚、陣形を編成する。
ゴブリンなどの手を持つ小型の魔物とケンタウロスは弓を、ミノタウロスを筆頭に大型の魔物は近接武器を構えて、壁を背にして扇形に展開していく。
獲物が多数いる事に喜んだのか、或いはか弱き獲物が一瞬で増殖する様に危機感を覚えたかは分からないが、三匹のマンティコアが猛然と襲いかかってきた。
放たれる多数の矢。弓の作りは不細工ながらも、矢は大量にある。とにかく撃つ。
迫りくるマンティコアの目前で矢は失速するも、横から射られた矢はしっかりと体に刺さる。
どうやら魔法の障壁は前面のみカバーしているようだ。
大口に噛み砕かれ、巨体に押しつぶされる個体が出るものの、後方から矢や剣で刺し貫かれ一匹が倒れる。すかさず私がトドメを刺す。
多少の被害は出たがまず一匹。残りの二匹は遠くを旋回、警戒の色を露にする。
マンティコアとしては強襲、一撃離脱に成功したものの一匹はやられ、残りの二匹も矢が数本刺さっている。警戒せざるを得ないのだろう。
そんな二匹に上空より接近する影、ハーピーだ。かぎ爪で複数のカードを掴みマンティコアの巨体に接触、すぐに離脱。
その時に放されたカードが魔物となりマンティコアの体に食らいつく。
爪を立てる者、噛みつく者、何度もナイフを突き刺す者など様々だが、全てが多大な効果を上げる。
苦悶の声をあげるマンティコアは飛ぶ力を失い地面に墜落。それにトドメを刺すべく足をむける。
残念ながら一匹は既に死んでおり、カードに出来たのは一匹だった。
その後巨大な空洞を調査し安全を確保、しばしの休息とする。
ここから続く道は上空の外へと繋がる裂け目、中腹にある断崖絶壁の横穴、空洞の底から続く直径三メートルほどの横穴だ。
もちろんこれから進べきは底から続く横穴。
光源を掲げたゴブリンを先頭に横穴を進んでいく。洞窟などの日の当たらない閉ざされた環境では方向感覚に狂いが生じ、不自然な音の反響がさらにそれを助長するというが、この横穴は一本道でひたすら緩やかな上り坂が続く。
この洞窟は今の所単純な構造をしており、迷う心配が少ないため非常に有難く思っていたのだが……
行き止まりだ。落盤でもあったのだろう、以前は穴が続いていたのであろうが今は巨大な岩が横穴一杯に道を塞いでいる。
これで終わりか? 予想よりマンティコアの数が少ないな。二匹か……強力な個体ではあるのだが、たいして戦力補強にはならなかったか。
……仕方あるまい、引き返すか。今来た横穴を戻っていく。
おや? 巨大な岩が横穴を塞いでいる。ここは先程通ったばかり……なるほど、そういう事か。
「総員戦闘態勢、前後に別れろ。各々前方の巨大な岩を攻撃せよ」
呼びかけに応じ皆が剣や槍で岩を突くとほぼ同時に、目の前の巨大な岩の一部が割れ、赤い舌、鋭い牙を覗かせる。
擬態だ。恐らく何らかの魔術なのだろう、マンティコアが岩に姿を変えていたのだ。
やがて後方からもう一匹マンティコアが姿を現す。挟まれてしまったのだ。
しかし……似たよう手に何度も引っ掛かる程、私は愚かでは無い。
道中残してきたカードから複数の魔物が姿を現す。挟撃されるのは我々では無い、お前達だ。
背後より加えられる攻撃に悲鳴を上げるマンティコア。この狭さでは方向転換も出来まい。
無防備な下半身を切り刻まれ、息も絶え絶えのマンティコアに魔術の障壁の内側からファイヤーボールをお見舞いすると、二枚のカードとなって我が手駒となった。
この後は岩に擬態したマンティコアに注意しつつ撃滅し、洞窟を出る頃には七匹のマンティコアが我が軍門に下る加わる事となっていた。
次に目指すはルクセリオの街、到着するまでに我が軍団はさらに数を増す事だろう。




