王都への旅―前篇
ルクセリオの街で十分に英気を養ってから、行商の旅に出る事にした。
目的地はアーケの城下町。王都とも呼ぶべき巨大な街で、商業の中心と考えて差し支えないだろう。
物価は高い事が予想され、職人の数も多く多数の工芸品がある反面、食料や原材料、木材、香辛料などが不足していると思われる。
仕入れる商品の候補は香辛料、織物、果実酒、キノコ、木綿、絹、ドライフルーツだ。
まずドライフルーツは道中のデッサの方が安いので却下。
キノコは魔術、薬に食料と幅広い用途があり利益も見込まれるが、似た造形の物が多く区別が付きづらい。
専門的な知識でもなければ、毒キノコが混入していると言われても否定できない。
絹の原料となる動物の繭であるが、蚕では無く虫の魔物の繭だ。これが一番利益が上がりそうだが、非常に巨大で中身入りだ。虫の魔物の大量輸送なんぞ真っ平ごめんだ。
さてどうするか……。
以下の商品を取引する事にした。
1、香辛料――――――300銀
2、織物―――――――300銀
3、木綿―――――――300銀
4、果実酒――――――400銀
余剰金――――――――565銀
今まで目一杯商品を買いあさってきたが、今回余剰金を出すことが出来た。
これで少々失敗しても再起不能にはなるまい。それでこそ心にゆとりが持てるというものだ。
「ちょっと!」
ビクッ。な、なんで御座いましょうぺぺさん。はい、はい、ちゃんと買っております。ええ、甘いフルーツなんかも用意しております。柔らかいクッションもあります。なんなら膝の上に座ります?
え、何ですその重そうな盾は。膝の上に乗せてその上に座る? 待って待って足折れちゃうよ。
どすんと膝に落とされる大きな盾。
「ぐふぅ」
重い、何キロあんだこれ。さらに大きなお尻が上から落ちてくる。
させるか! 咄嗟に盾をカードにする。
ぽふっと膝に乗る柔らかいお尻。
フハハハ、盾はうちの備品だ。何時でもカードに出来るのだ。ツメが甘かったな。
「…………」
鼻をくすぐる石鹸の香り。膝に伝わるお尻の感触。
マズイ、そうだ素数、素数を数えるんだ。一、三、五、七……。
「何か当たってるんだけど」
「…………」
しょーがないじゃん、そりゃそうなりますよ。男の子なんだもん。
こうして青春を乗せた荷馬車はゴトゴトとデッサの街に向かって進んでいくのであった。
――――――――
湿地帯は水が引き、街道部分は両側に短い草が生い茂るあぜ道のようになっており、行きとは打って変わって快適な旅になっている。
リザードマンの縄張りを抜け、デッサまで半分の距離に来たとき急に馬車が止まった。
また溝にでも車輪が嵌ったのだろうか?
降りて確認してみると、車輪に蔓が絡まっている。
巻き取ってしまったか。剣で切り落とし、解いた蔓を投げ捨てる。
そしてまた馬車を走らせようとするのだが、やっぱり進まない。
おかしいな、先程とは反対側の車輪を見てみる。
蔓だ、絡みついた蔓が馬車の動きを抑え込んでいる。見落としてたのか? 蔓を切って投げ捨てると、念の為馬車の周りを確認する。
まただ、蔓が絡みついてる。それも前輪後輪どちらにもだ。
「きゃああ」
ぺぺの声、見ると蔓が絡みつき地面に這いつくばっていた。
また縛られてんのか。そういうのが好みなのか?
ズサーという音と共にぺぺの体は森の方へと引きずられていく。蔓が自らの意志によって彼女を捕らえ、森の奥へと引きずり込もうとしているのだ。
それを切っ掛けとして、地面を這う蔓が一斉にうねうねと動きこちらに襲い掛かってきた。
「フレイムスロワー」
咄嗟に出した炎で蔓を焼いていく。その間にぺぺの姿は森の中へと消えていった。
マズイ、暗殺者ABC彼女を助けろ。カードより呼び出された三人は剣で蔓を薙ぎ払いながら森の奥へと走っていった。
フハハ燃えろ燃えろ。面白いように燃える蔓と戯れていると、暗殺者三人はぺぺを連れて帰ってきた。
うむ、ご苦労。後は引き続き馬車の護衛に努めてくれ。
三人が下唇を出す。拒否ってんのか?
最初に日雇い依頼を出さなきゃならないって?
駄目駄目、あんなので一回とは認めんね。せいぜい半分だ、あと残り半日護衛してなさい。
渋々了承する彼ら。おおー勝った、カードのルールに押し勝ったのだ。
マルセイを召喚して御者をやらせる。お前は座ってるだけなんだから、街に着くまでやってろ。
ぺぺを除いた残りの五人は馬車を降りて歩き、絡みつく蔓を切っていく。彼女は弓使いだからな、剣を使ってもいいが不測の事態に備えて弓での援護に専念してもらった方がよい。
「いてっ」
適当に剣を振り回して馬車の横を歩いていたら、頭に何かが当たった。
コロコロと下で転がる直径五センチ程の木の実。ドングリ? 異世界だけにデカいな、これが当たったのか。
次の瞬間、バラバラバラという音と共に大量のドングリが落ちて来た。
これはたまらん、エアガンで撃たれているみたいだ。手で顔を守りながら上を見上げると、木の上から猿の大群がドングリを投げつけていたのだ。
たまらず馬車の中へ逃げ込もうとするが、剛速球が後頭部に「パチコーン」と当たりよろめく。
いい球投げやがって、誰だクソッ。
振り返って見ると、首輪を付けた猿がガッツポーズを取っている。貴様か。
許さん! 魔法の鎖を猿目がけて投げつける。
真っ直ぐ飛んだ鎖を難なく躱した猿は勝ち誇った目でこちらを見下ろす。
しかし通り過ぎた鎖は枝に巻き付きくるっと回転、引き返し油断する猿の首に絡み付く。そしてグルグル巻きに。
体の自由を奪われた猿は地面にドサリと落下する。
死にさらせ!! 荷台の影からクロスボウを打ち込むと、ギャッと声を上げ絶命した。
しかしどうしたもんか、荷台の中でドングリの雨をやり過ごしているものの車輪にはまた蔓が絡みつており、馬車を走らせる事が出来ない。
ハーピー戦の経験を活かし、荷台の帆は補強、牛さんは簡易のプロテクターを付けてはいるものの良い状況とは思えない。
トロルを召喚して追い散らそうとしたが辞めた。この程度の敵に魔物を召喚するのも癪に障る。
クロスボウで応戦する事にした。
地道に矢で数を減らしていくと、やがて猿達は森の奥に引き返していった。
ちなみにクライモンキーという名前がついてるらしいが、どうでもいいか。
蔓を切り、牛に回復魔法を掛けようとして顔をボコボコに腫らしたマルセイと目があった。
ごめん君の事忘れてた、ちゃんと直してあげるから泣かないで。
その後は順調な旅が続き、デッサの街で補給と休息をとるべく街の門をくぐるのだった。




