集落
水に浮かぶ複数の板、括り付けた縄でそれを引く。上に乗るのは醜い蛙、ブルフロッグだ。
リザードマンに案内され、彼らの集落へ移動中だ。
馬車は置いてきた。こんな人気の無い所で盗まれはしまい。
最近盗まれたばかりの記憶など、とうの昔に捨て去った。
その為、皆でブルフロッグを板に乗せ引っ張っているのだ。だが一人例外がいる。牛を引く御者の男マルセイだ。
彼はすっかり気落ちした様子でトボトボと牛を引き、時折立ち止まり足の裏を見る。水に浸かるのがそんな嫌か。
こちらの視線に気づいたマルセイは卑屈な笑いを浮かべる。よし、リザードマンの集落で食事が振る舞われたら、真っ先に食べさせてやろう。何が出てくるかは知らんが。
やがて大きな沼へと辿り着く。
リザードマン達はザブンと体を潜らせ中央の浮島目指して、尻尾を巧みに使い泳いでいく。
ちょっと待て、あそこまで泳げってか?
流石に嫌なので丸太を組んで筏を作る事にした。
えっさほいさと作る事二時間、途中リザードマンが数匹引き返してきて、こちらを見て何やら喋っている。
「早くしろ、ウスノロ」なんて言ってるんじゃないだろうな。
配下のリザードマンに目配せする。あっ、目を反らしやがった。そうなのか、そんな事言ってやがるのか。
そして筏は完成し、チャップチャップと浮島目指して進んでいくのであった。
エンジンは三匹のブルフロッグとリザードマン。九人乗った筏もなんのその、瞬く間に浮島に到着した。
恐らく人工的に作られたその浮島は、しっかりと足を踏みしめる事が出来、地面の上と何ら遜色ない重厚さを感じさせる。
沼の周りに時折生える大きな木と真っ青な空を、色鮮やかに映し出した水面にポカリと浮かぶこの浮島は、まるで天空に浮かんでいるかのような幻想的な佇まいを見せる。
島の上には草を束ねて円形に立て掛けた簡易的な小屋が立ち並び、また木の柵で覆われたゲージにブルフロッグが押し込められている。
辺りをうろつくリザードマンは手に槍を持っており、小屋の中から顔をのぞかせこちらを注意深く見る者までいる。
どちらも警戒の色が濃く見て取られ、招かれざる客である事を痛感させる。
お腹が痛くなってきた。はやくも後悔する俺の元に、いかにも長老といった者が何匹かのリザードマンを伴ってこちらに歩いてくるのだった。
一際大きな小屋で複数のリザードマンに脇を固められた長老らしき者と、九人を従えた俺が通訳のリザードマンを間に挟み会話する。
相手のリザードマン達は通訳する者を非常に訝しげに見ており、こちらの話があまり頭に入っていないようだ。
そらそうだよな、お前いつの間に人と話せるようになったんだって話だよ。
多少苦労しながらも、こちらは商人で何らかの取引を希望していると伝えると、商品は何処にあんねんと突っ込まれる。
少し悩んだが、取引できそうな物をカードから召喚する運びとなった。
突如目の前に現れる木箱に詰まった銀細工、ガラス細工、染料、そして食料。それを目にしたリザードマンから驚きの声が上がる。
フハハハ、恐れいったか。私をただの商人かと思うてか、この力を……何やら様子がおかしい。
長老を中心に何やら真剣に話し合っている。ただ驚いているにしてはおかしな反応だ。
やがてこちらに体を向け、まっすぐ見詰めた後、頭を下げる。
何これ? 朝一、百貨店に行って従業員に一斉に頭を下げられた時を思いだす。
配下のリザードマンから状況を尋ねるも今一伝わって来ない。考えている事、気持ちなどはお互いに理解出来るが、他者の考えを伝えるには言葉がないと上手く伝達しないようだ。
それでも断片的だが分かってきた。以前同じような能力を持った者に世話になったようだ。
俺の腕にはめたブレスレットを指差す姿も見られるため、関係者と考えたのだろう。
これ以後は非常に友好的となり、食事を振舞ってくれるに至った。
様々な果物が並べられ、山菜、木の実、そして生肉。これはマルセイにあげよう。
こちらも食料を提供し、宴会の装いを呈する。
泊まっていかないかとのお誘いを受けたが、先を急ぐためと商品の取引だけに留め集落を後にする。
長老は何かあれば何時でも力になると言い、配下のリザードマンはそのまま連れて行っても構わないと送り出してくれる。
商品の取引だが、当然貨幣など存在せず銀細工などにも興味を示さなかったため、ドライフルーツなどの保存食を提供する代わりに、新鮮な果物、木の実、それに湿地帯を抜けるまでの護衛を引き受けてくれた。
かなりの大所帯のためか、魔物の襲撃など全くなく馬車が通り易い地形の誘導もあって、すんなり湿地帯を抜ける事が出来た。
護衛のリザードマン達はこちらの姿が見えなくなるまで見送ってくれ、その心遣いに感謝の念を抱く。
配下ではないが非常に強力な味方が出来た。かなり運が巡ってきたのではないだろうかとの思いを胸に、馬車をルクセリオへ進ませる。さあ街はもうすぐだ。
まだ見ぬ新たな街は俺に何をもたらすのだろうか。
――――――
ルクセリオ、巷では魔法都市とも呼ばれる程魔法が盛んで、近隣では最も魔術師が多く集まる街として知られている。
店には魔術の品や触媒が多数並び、ギルドに所属する魔術師の数もそれなりに居る。
そもそも魔術師の数自体少なく、大半は危険な冒険者より安定した宮仕えを選ぶため、あくまでそれなりだ。
商業地区では市場が開かれ、小規模なテントによる個人売買が行われており、かなりの活気を感じさせる。
いかにも掘り出し物がありそうで興味をくすぐられるが、まずは商家を巡り纏まった数の売買を行う。
ギルドで売却した魔物の素材と、新鮮な果物などの売却費用は大所帯となったため、武器や食料に消えていった。
そしてダルアの街でグランカーと交換した品の売却価格はこうなった。
1、ガラス細工――――――――200銀➡495銀
2、銀細工――――――――――500銀➡1210銀
3、染料―――――――――――100銀➡160銀
会計―――――――――――――800銀➡1865銀
そもそもデッサの街で商品を仕入れたのが504銀。グランカーとの交換を経て1865銀となった訳だ。なんと三倍以上!! 1361銀の儲けである。高笑いが止まらない。
1361銀、金貨にすると13枚ちょっと。……多いのか? 命を懸けた割にはそんなに……。
いや、仲間も増え、物資も充実し商売も軌道に乗り始めてきたのだ。レッツポジティブシンキング、確実に上に向かっている、自分を信じるのだ。




