サラセイル
翌日、積み荷を積んで特別区に向かう。依頼の品、その引き渡しの指定場所があるからだ。
街を進む一台の馬車。荷台を引く牛の歩みはゆったりとしている。
カラカラと回る車輪の音、この日はやけに煩わしく感じた。
やがて姿を現す大きな門、その門を守りし二人の兵士。その瞳には何人たりとも通すつもりの無いような力強い光が宿る。
オニアス家の紋章が描かれた割符をかざすと、兵士達は僅かに頷き、鈍く光った鉄製の扉に手をかける。
閉ざされた門は開かれた。
一般区とは違い綺麗に整備された石畳、塀で囲まれた大きな屋敷に剪定された花と植物たち。上等の服を着て優雅に歩く貴婦人と、それに付き従う荷物を持った若い男達。
一台の馬車はそんな通りを抜けていく。
やがて人も疎らになり、ついには人影が無くなったところで、とある廃屋に入っていく。
その館はポツンと時代に取り残された様に古く、長らく人の手が入っていないと思わせるほど荒れ果て、人々にその存在を忘れ去られたまま、ただ朽ちてゆくのを待っているかの様に感じさせる。
馬車は土間を進み、天井より垂れ下がる蔦を数本引きちぎった後停車する。
目前には一人の男。しっかり採寸の取られた青いウェストコートを身に纏い、整った眉に強い意志を感じさせる目、サラセイルだ。
「ようこそいらっしゃいました。まずは旅の無事をお喜び申し上げます」
恭しく頭を下げた後、芝居がかった口調で両手を広げ「では荷物を拝見させて頂けますか」と言う。
俺は馬車の中の二人に声を掛け、積み荷を降ろすよう促す。
次々と紋章の焼き印の入った箱が運び出され積まれていく。
荷物を運び出すのは護衛の男モーリンと御者の男マルセイ。それを見詰めるサラセイルの表情は変わらない。
周囲を見渡す。土間を囲うように作られた二階のバルコニー。それは柵も朽ち果て、連なる掃き出し窓には幾多の植物の枝が顔を出す。
土間を超え館の奥へと続く廊下には日の光が届かず暗い影を落とす。
その影から這い出す黒いシミ。それがやがて人の姿を形どる。
数歩歩いてサラセイルに耳打ちするその男の名は……ガザル。
「流石はエム様、必ずや依頼を達成して頂けると信じておりました」
オニアス男爵様も喜んでおいでの事でしょうなどと、様々な薄べったい賛辞の言葉を繰り広げている。
やがてサラセイルが手を上げる。
それに呼応し、至る所から這い出すナイフを持った黒い影。
朽ち果てた木の影、掃き出し窓、天井、そしてこちらの退路を断つように背後の館の入り口からも。
「依頼の品、確かに拝受いたしました。報酬はあなたの墓に捧げましょう」
振り下ろされる手、這い出した影たる黒ずくめの者達は、その手を合図に一斉に動き出す。
こちらを囲み、間合いを詰める。そして一人の男がナイフを振り上げた…………が、振り下ろす事は出来なかった。
脇腹に刺さるナイフ。刺したのは隣の男。
「貴様、裏ぎ……」
最後まで喋ることは叶わなかった。背後より繰り出されたナイフが首を切り裂いたのだ。
それを皮切りにあちこちで振るわれるナイフ、聞こえる呻き声。ある者は隣の者の首筋に、またある者は向けられた背中にナイフの刃をたてる。
もはや誰が味方か分からない、彼らは自分に近づく者を切りつける。
「お前ら何をやっている!! 標的は向こうだ」
サラセイルの言葉に耳を傾ける者はもういない。
呆然と立ち尽くすサラセイル。その背後に立つガザルは彼に近づき、その脇腹にそっとナイフを滑り込ませるのだった。
足は力を失い膝をつく。虚空を彷徨った目はガザルを見、そして俺を見て口を開く。
「何故」と呟く哀れなサラセイルに、俺はこう返したのだった。
「ファイヤーボール」
今回多くの者をカードにした。そして殆どが死んでいった。
残ったのは三人、そしてサラセイル。
働き者の彼には仕事が待っている。これからオニアス男爵を殺すのだ。側近の彼なら造作もないだろう。だが帰って来られるだろうか、敵地の中で唯一人。
家に帰るまでが暗殺だからね、彼にはスケープゴートになっていただこう。
しかし昨日の夜は大変だった。ガザルに一人ずつ呼び出してもらいカードにしていった。時間もカードの数も足らず全員は無理だったが、三分の一は味方に出来ただろう。
あとは召喚して依頼を出す、何食わぬ顔で過ごしガザルの合図と共に元仲間を殺せってね。
こちらは誰が仲間か分かっていて、敵は誰が味方か全く分からない。
勝負にならないな。
改めて積み荷の中を確認してみる。何が入っているかは知っているんだけどね。
箱の隙間に剣を刺し、持ち手を下に押し下げると蝋の封印は割れ、蓋が上に持ち上がる。
中に見えるのは、白い楕円形で窪みが四つ。二つは左右に並んだ円形。一つは三角。一番大きな窪みには上下に歯が並ぶ。人の頭蓋骨だ。
他には両端の広がった円柱状で長さは四十センチ、色は白。人の大腿骨。
そう、無数の人骨で木箱は埋め尽くされていた。
アンデットだ。闇魔法でアンデットを作るつもりだったのだろう。アンデットの生成は禁忌とされている。触媒で人の血、肉、骨、更には命すらも使うからだ。
依頼を達成しても口封じに殺される。積み荷を盗まれてもその責を負うか、盗人の濡れ衣を着せて罪人とし、死刑か獄中死。
積み荷がバレても禁忌を犯した犯罪者。
ただの商人を嵌めるには随分と手が込んでいらっしゃる。
詳しい話は後でサラセイルに聞くとしよう。
とりあえずこの骨をどうするかだが……。
皆で穴を掘って埋葬する事にした。俺は闇魔法使えないしね。
ここには人が住んでいない館がある。この人数だと手狭になるかもしれないが、成仏できずとも住む場所ぐらいにはなるだろう。
――――――――
宿屋に帰り、今日の出来事を振り返ってみた。
結局オニアス邸に送り込んだサラセイルは帰って来なかった。絵の描かれていないカードだけが手元に増えた。
彼は死んだのだ。仕える貴族を殺した反逆者として。
俺は考える。人の心すら自在に操る悪魔のカード、それを使うものの心は果たして人の心を保てるであろうか。
カードの推移
護衛の男モーリン9➡8
御者の男マルセイ9➡8
監視役の男ガザル9➡7
トロル8 × 二
トロル7 × 二
チェシャ狼6 × 二
ハーピー6 × 二
ハーピー4
フォレストスパイダー4
ジャイアントスコーピオン4
ゴブリン3 × 二
ゴブリン1
名も知らぬ暗殺者J(11) × 三 ←NEW




