馬車
吹きすさむ風が大地を走り、照りつける太陽が足元を焼く。
大地を貫く一本の道、それは東西に長く続き目に映るのは乾いた土に残る轍の跡のみ。
そう、あるのは車輪の跡だけ。そこにあるべきはずの馬車が無い。
大事な俺の馬車が無い。
これは……うん、盗られたな。
いや待て、確かゴブリンを見張りに残していたはずだ。ちょっと茶目っ気を出して何処かに隠れているに違いない。
分かってる。ゴブリンがそんな事するはずないの、これは現実逃避だ。脳が現実を受け入れる事を拒んでいるのだ。
落ち着け、まだ大丈夫だ。取り返せる。轍の跡を追えばいいのだ。
行き先はダルアの方角に間違いない。とっ捕まえて魔物の餌にしてくれるわ。
「狼、召喚」
ついでに非常用の水と食料を詰めた背嚢を二つカードから取り出し、ぺぺとテンガに渡す。
「ゆっくり追ってくるんだ。俺は一足先に向かう」
そう言うと狼の毛を掴んで、背中にもそもそと登る。
走れ! の合図で颯爽と駆けるチェシャ狼。テンガ達をぐんぐん引き離し街道を進む。
一キロほど進んだ所で地面に何か落ちてるのを発見。
あれは……ゴブリンだ。我が配下のゴブリン君だ。カードには戻らない、死んでいるのだ。
おのれ、絶対に許さん。
憎悪の炎を燃料に街道をひた走る。というか振り落とされないようにお毛々にしがみ付く。
やがて前方に一台の馬車。俺の馬車に間違いない。
馬車は一台のみ、相手は徒歩だったか。複数の馬車で荷台を積み替えられてなくて良かった。
こちらが接近すると荷台から矢が放たれる。
ひらりと躱し馬車と並走、御者の姿をこの目に捉える。
フードを被り顔は見えぬが、手綱を握るその手は太い。恐らく男であろう。
放たれた矢は数本、揺れる馬車にも関わらず正確な射撃。手練れなのかこれがこの世界の標準なのか。
敵の数は四以上七未満といった所か、荷台から蟻んこみたいにぞろぞろと出てくる事はなかろう。 ……ないよな?
カードをパラッと落とし馬車を追い抜かすと魔物を召喚。
馬車の行く手を遮る様にトロル二匹、狼二頭、忘れがちなジャイアントスコーピオンが立ち塞がる。
馬車は慌てて停止し、方向転換を試みるも後方からさらにトロル二匹が現れ、挟まれる。
続いてゴブリン三匹、存在を今思い出したハーピー三匹を召喚し、こちらを監視する者がいないか探させる。
動かぬ馬車、その馬車から三人の男が下りてきて、流れるような動きで馬車を背に展開、クロスボウを構えた所で……固まる。
「ゴアアァー」
響き渡るトロルの絶叫。次々と咆哮があがる。
馬車を取り囲む魔物の群れは、じりじりと包囲を狭めており、取り囲まれた者達の顔面は蒼白で、構えるクロスボウは激しく上下に揺れている。
「コ、コ、コイツら何処か……」
「ドゴッ」と大きな音。振るわれた巨大な棍棒が口を開いた者を地面に押し潰したのだ。
飛び散った血痕は、横に居た男の体を赤く染める。
男はペタンと腰を落とし、四つん這いになると這って逃げようとする。
「ドゴッ」
這いずる男の頭上から非情にも破壊の一撃が振るわれ、その命を刈り取る。
もう一人の男は動かない。体は小刻みに揺れその表情は哀れなほど怯えの色が見て取れる。
恐怖で体が動かないのであろう、極度の恐怖が男の体の自由を奪ったのだ。
さらに振り上げられる棍棒。ここで我に返る。
「ストーップ」
待て待て待て、全員殺す気か。殺すのは情報を吐かせてからだ。
「おいお前、死にたくなかったら質問に答えろ」
すごい勢いで首を縦に振る。まあ、あんなもんで殴られたくはなかろう。
色々質問しようとして、ふと考える。人間もやっぱりカードになるのかな?
「ファイヤーボール」
炎の玉が胸に突き刺さる。
心臓を貫かれた男は驚いた顔をしたまま燃え上がり、静かにカードとなった。
人の物盗むのは良くないよね。自分の意志で差しだしてもらわないと。
さて、後は御者台に座って微動だにしていない男だね。
そこの君、ちょっとこっちへいらっしゃい。
御者の男に呼びかけるも動かない。
ん、どうしたの? 手綱から手が離れないの? 大丈夫、うちには力持ちがいるから。
すぐに外れるよ。
ねえ何で俺の馬車盗んだの? 怒らないから、ね、教えて。
トロルに体を掴まれ、チェシャ狼に足元をクンクンと匂いを嗅がれている男は「知らない男に頼まれた、何処の誰だか知らない。本当だ」と繰り返す。
んー、どうなんだろう。どの道カードにしてしまえば情報を簡単に手にいれられるんだよね。
手駒として使ってもいいんだけど、解放された時困るんだよね。散々こき使っといて殺すというのは流石にねえ。
考える俺の元へ、バーピーのかぎ爪に掴まれた血だらけの男が運ばれてくる。
監視者か、やはりいたか。
なかなかの手練れだったのか、ハーピー、ゴブリンに血を流す者がいる。
上手く連携して追い詰めたようだ。ほんと君達賢いね。
さてこの二人は面識あるのかな?
「助けて、助けて」と、うわ言のように呟く男は知らないと言う。
今捕まえた男は無言を貫いている。手駒にするならこちらだよね、何か知ってそうだし。
無言の男にファイヤーボールを飛ばすと、「魔女め」と小さく発する声と共にカードになっていった。
魔女? 俺、男なんですけど……何やら秘密の匂いがしますな。
さて、ここから手繰り寄せる糸は何処に繋がっているやら。
残る男もカードになって貰い、死体を綺麗に片付けた後、積み荷をゴブリンに確認させる。
ほら、誰か潜んでたら嫌じゃん。樽を開けたら刃物が突き刺さったなんて御免ですよ。
しかし、俺が死んだらカードの中の物ってどうなるんだろうな。解放されるのか、永遠に消え去るのか。
試す訳にはいかないけどね。答えは死んでも分からないんだろうね。
積み荷の数を数え、紛失がない事を確認。そして封蝋が破られてないかをくまなく見ていると、テンガとぺぺが追い付いて来た。
二人に積み荷が無事だった事を伝えると、安堵の色を顔に浮かべ盗人について尋ねてくる。
肩を竦め「残らずあいつらの腹の中だよ」とおどけて言うと、青い顔をして黙りこくってしまった。
見知らぬ他人より飼い犬の方が可愛いって言うじゃない。ましてや盗人なうえ、こちらを殺そうとしたし。
まあ難しい事を考えるのはやめにして、とにかくこの世界を楽しもう。
まずは荷物を届け、盗みを指示した者を調べるとしますかね。
カードの推移
ゴブリン4➡3
ゴブリン4➡3
ゴブリン2➡1
ゴブリン2➡死亡
ハーピー7➡6
ハーピー7➡6
ハーピー5➡4
チェシャ狼7➡6
チェシャ狼7➡6
フォレストスパイダー 4
ジャイアントスコーピオン5➡4
トロル9➡8
トロル9➡8
トロル8➡7
トロル8➡7
護衛の男10
御者の男10
監視役の男10




