素晴らしい料理―後篇
微睡の中、ブイブイと騒音が聞こえる。ここは養豚場だろうか、元の世界に帰ったのかも知れない。
それにしては手が痛い、足も痛い、揺ら揺らと上下に揺れて進んでいる。
薄っすらと目を開けると、頭上には腰蓑を巻いた裸の大男の背中。反対側には豚の顔した、これまた大男。
どうやら俺は手足を縛られ、棒に吊るされ運ばれている様だ。
横を見ると、豚、豚、豚。生意気にも服を着て酒を飲んでる奴までいる。
未来に来てしまったのだろう、進化の波は豚すらも飲み込み、知性を与えるに至ったのだ。
前方にはゴウゴウと火が焚かれ、棒を固定する事が出来る簡易の竈が形成されている。
今からそこで、ケバブよろしく焼かれるのだろう。そして彼らの食卓を彩るのだ。
ヤバいねこれ。
現実逃避してる場合ではない。たとえ皆が探していたとしても、都合良く助けが来るとは思えない。
仕方ない禁じ手を使うとしよう。
まずは「ファイヤーボール」
オークの背中に命中、竈の炎を触媒とし荒れ狂う炎の塊がオークを焼き尽くす。
オークはカードとなり我が手駒となる。
支えを失った棒の片側は地面に落ち、俺という荷物を滑り落とす。
「けぺっ」
頭から地面に突っ込み変な声が出た。
順番を間違った。急げ急げ。
次に闇のランプを召喚、魔法で火を灯すと辺りが漆黒の闇に包まれる。
ついでに手足の縄を焼き切る。
「あっちい」
駄目だ、熱すぎ無理。剣を召喚し暗闇の中、何とか縄を切る事に成功。
チェシャ狼、オークを立て続けに召喚。
怒りか混乱かブイブイ喚き散らす声に向かって適当にファイヤーボールを飛ばす。
「ブギャー」という悲鳴と手に触れるカードの感触で倒した事を悟る。
豚さんを追加で召喚。
狼は匂いで獲物が分かるのだろう、着実にオークを仕留めている気がする。
豚も鼻が良かったはずだが、俺はトリュフでは無い。大丈夫のはずだ。
「大丈夫」の言葉とは裏腹にランプ片手に逃げ惑うも、何かにぶつかり転倒する。
闇雲に動き回るのは危険だ。頭を低くし、こそこそ這いずり回る。
やがて音がしなくなったのでランプを吹き消すと、正に屠畜場といった凄惨が目に飛び込んでくる。
生き残ったのは、狼と召喚したオーク一匹だけであった。
オークの死体の他にも金目の物は全て回収。事業の損失の埋め合わせとしよう。
さて、帰るか。
……帰り道が分からなかった。再び狼を召喚して連れて行ってもらう。
役目を終えた狼は森の奥へと消えて行った。とんだ無駄玉を使ってしまった。
意気消沈し、野営場所へと向かう道すがら、笑い声が耳に入る。
「ぶははは、危なかったよな。俺達がいなけりゃな」
そこには宴が繰り広げられていた。
『焚き火が織りなす影五つ。
我が存在を危ぶむなかれり。
炎に寄り添う五つの影は、正に一家団欒の装いを呈する』かしこ。
「何言ってんだお前。早く食べねぇと無くなっちまうぞ」
五人は焚き火で炙った肉を旨そうに頬張っている。
そう、驚いた事に誰も俺を探して無かったのだ。
「ビューイと俺で獲物を仕留めてな。旨いんだこれ」
ふーんそうなんだ、よかったね。
「シースネークなんて初めて食べました」とテンガ。
シー? ……スネーク?
見ると綺麗に捌かれ串に刺さった蛇肉が、焚き火に炙られ、脂を滴らせている。
ノォ~、俺の命を二度も救ってくれたシースネーク。
何て事だ、俺の力が至らないばかりに……。
あ、結構旨いねコレ。




