プロローグ
目の前のカードをじっと見つめるパーカーを着た男。
右手は積み上げられたチップを崩しては積みなおし、また崩しては積みなおす。
ディーラーがまたカードを開く。
男は無言でチップを押し出す。
オオーと周りから声が上がる。大勝負のようだ。
やがてカードが出揃う。ひと際大きな歓声が上がる。目の前にチップが積まれる。
男が勝ったようだ。
「潮時だな。」
チップの山を抱える男を尻目に席を立つスーツの男。
足早にテーブルから遠ざかっていく男に注意を向けるものはいなかった。
「パーカー野郎のおかげで仕事がやりやすかった。」
男はギャンブラー、正しくは詐欺師だった。目立たないようイカサマで少しずつ儲ける。
嘘の投資話を持ち掛けて、金を受け取ると姿をくらます。などを繰り返していた。
『騙されるより騙す側にいるべきだ。』そう思っていた。
男は袖に隠したカードを懐にしまうと、繁華街へと足を向ける。
道路には沢山の車、特にタクシーを多く見かける。
その隙間を縫うように人々が道路を横断していく。
頭上にはネオン管の看板が煌びやかに光っている。
男は雑踏を進みやがて小さな路地へ向かって行く。特に目的があった訳ではない。繁華街にあるホテルへの帰り道に少し寄り道しただけだ。
やがて頭上に飾られた鈴なりのイルミネーションも少なくなり、道路も薄暗くなってきた頃、一軒の古美術商が目に入った。
別に美術品に興味があるわけではない、男はなんとなく店内に入っていく。
薄暗い店内を見回してみると、火の付いた燭台がカウンターに一つ、左右の壁に一つずつ置かれている。壁には仮面が飾られ、天井からは鎖が吊るされ、棚にはアルコールランプ、金色のコイン、水晶玉、色とりどりのガラス瓶、古ぼけたホウキ、先のとんがった小さな靴などが並べられており、さながら店内は中世の世界を作り出しているかのようだった。
「凄い男心をくすぐる雰囲気だ。いや女もか?」と独り言を言いながら店内を物色する。
テーブルの上に置かれた様々なタロットカードを見ていると、ふと古びたトランプが目に留まった。
封は開いている。手に取ってパラパラと見てみる。
剣を持った兵士、王冠を被った髭のオッサン、とんがり帽子を被って杖を持った女、人の描かれていない剣と盾、木箱に入ったリンゴ、大きな樽なんかが描かれている。
「統一性があるような無いような…」
お土産としてこのトランプを買おうかと考える。だが、値札がない事に不安を感じる。
やはりやめようかとテーブルに置こうとすると、声が掛かった。
「それが気に入ったのかい?」
しわがれた老婆の声だった。見るとカウンターの後ろにフードを被った老婆らしき人影が座っている。
いつの間に来たのかとびっくりするが、もしかしたら最初から座っていたのかも知れない。それぐらい景色に同化していた。
「ええ、まあ…。だが金額が書いて無いんだが。」
「そいつは10$で構わんよ。」
他にも後で見たらガラクタだったと後悔しそうな物も買い、おまけをしてもらい全部で300$となった。
商品が売れたからか老婆の機嫌は良い。
「これも持っていきな。おまけだよ。」
そういって、笑顔で自分の腕にはめたブレスレットを外し、買った品の中に入れ、男に手渡した。
男は普通に気持ち悪いと思った。
そそくさと店を出ていった男の背に老婆が呟く。
「騙したわけじゃないのよ、帰りたくないだけなの。」
バタバタと子供の走る音、ケンちゃんおとなしくしなさいと叱る母親の声、イヤホンから漏れる音などが聞こえる。窓の外を見ると街路樹と高層ビルが後ろに流れていく。
男は空港に向かう高速バスの車内にいた。
手荷物は座席の下に入れ、窓のでっぱり部分にペットボトルの水を置く。
ホテルの売店で買った写真が多く載った雑誌を読む。英語は喋れても文章を読むのは苦手だった。
そのうち眠くなり本を腹に乗せたまま目をつぶってしまう。
揺れる車内、やがて寝てしまった男の体が薄い光に包まれたかと思うとフッと消えていった。
一枚のカードを残して…