追憶
吹き矢には麻痺毒が塗られていた。これはまず筋肉が麻痺、やがて心臓、呼吸器などの器官も麻痺し、死に至るようだ。
慌てて体を確認する。あった、外套に刺さっている。
木の枝を箸代わりにして、つまんで捨てる。
ビューイがナイフでゴブリンの歯を折っている。それ売れるの?ああ、魔法の触媒で使うんだ。
え?召喚魔法で使う?やめろよ、俺の存在が薄まるじゃないか。
解毒薬を飲んだオニールが回復する頃には朝になっていた。荷物を纏めて出発する。
ちなみにゴブリンの数が合わないと言っていたが、白を切り徹した。コブリンは夜空に輝く宝石になったのだ、ダイヤの3になったのだ。
今回でカードの秘密が少し解明した。
ジャイアントラットなど知能の低いものは、こちらの命令を理解出来ないようだ。シースネークの行動は運が良かっただけだ。味方が近くにいればそちらに襲い掛かっていたかもしれない。分の悪い賭けだったが助かった。
そしてシースネークのカードの数字が2から1になっていた。数字は残りの召喚回数を現すのだろうか?
森の中を進んでいると、なにやら甘い匂いが鼻をくすぐる。何だろう、ワッフル?いや香ばしくはない、蜂蜜か?
「こいつはツイてる。シュガーフラワーだ」
ビューイはそう言うと匂いの元へと足を進める。
やがて木々が開け、まるで人口的に作られたような広場に出る。
そこには辺り一面の黄色い花。背丈は一メートル程だろう幾千、幾万の花が咲き乱れ、その黄色の絨毯に色とりどりの蝶が蜜を集めようと飛び回る。
暫く見とれているとゴディバの声がする。
「おいエム、ボケっとするな花を集めるぞ。こいつは香水の原料になる。結構な値段で売れるんだ」
何だと早く言え。黄金や、黄金の絨毯や!全部むしり取ってハゲチャビンにしてやる。
一心不乱に集めるも、持てる量には限界がある。背嚢に入る程度に花を摘んだあと、休憩を取り出発となったのだが、ゴディバが嫌な事を提案し出した。
「ここからエムに先頭を歩いてもらおう」
アホか。速攻迷子になるわ。ど素人に先導させる気かよ、だいたいオニール達が納得するかよ。
え?いい経験になるからやってみろ?
……お前らグルだな。先歩かせといて振り返ったら誰もいないってパターンだろ。俺は騙されんぞ。
昔の記憶がフラッシュバックする。
「もういいかい」
「まーだだよ」
さて、ここに隠れればそうそう見つからないだろう。
校舎の裏庭、一段高くなった場所にある秘密の小部屋だ。俺の取って置きの隠れ家。
「もういいかい」
「もういいよ」
息を潜めて耳を澄ます。
「トオルみっけ」
一人見つかった。馬鹿な奴だ、すぐ見つかる所に隠れやがって。
やがて何人もの名前を鬼が呼ぶ。俺はまだ見つかっていない。
……暇だな。ちょっと難し過ぎたか。
もう少し分かり易い所に移動するか。
そっと扉を開け様子を窺がう。人の気配はない。
小部屋から出る。さて鬼は今どの辺だ?この近くにはいないようだな。
足音を立てないように移動し、建物の影から校庭を覗いてみる。
「トオル、こっちだ」
「パスパス」
「中にボール入れろ」
…………サッカーやっとる。
………帰ろっか家に。遅くなると母ちゃん心配するもんな。今日は俺の好物のハンバーグって言ってたっけ。
「カァー、カァー」
カラスの鳴き声が遠ざかっていく。お前も家に帰るのか。気を付けてな。
やがて俺は中学生になった。勉強はそこそこ出来た。友達も多くはないが、それなりに出来た。
高校になり私立に入学。遅めの反抗期に入って、母ちゃんが鬱陶しかったっけ。色々話しかけて来たけど余計にイライラして、返事もしなかったよな。
大学に行ったら一人暮らし初めてさ、ほとんど家に帰らなかったよな。
それから社会人になったらスゲー喜んでくれたよな。いいとこ就職できたねって。
そうだ、会社に先輩がいるんだけどさ。ゴディバって言って色々教えてくれるんだ。いい先輩だよ。
………ゴディバって誰だ?
そうだ、今度帰ろう。お土産に黄色い花を一杯持って帰ろう。
大丈夫だよ、カードにしちまえばそんなに嵩張らないから。
………カードって何の事だ?
何だ、何かおかしいぞ。
今は何時だ。俺は何処にいる?
急に目の前が真っ暗になる。何も見えない。息苦しい、顔に何か纏わり着いてるのか。
手で剥ぎ取……れない、手が動かない。足もだ。拘束されているのか。
マズイ、死ぬ。良く分からないが命の危機に瀕している。
どうしたらいい。そうだ、カードだ。
「ゴブリン召喚。助けてくれ!」
ブチュという音と共に視界が開ける。ヌッと覗き込む醜悪な顔、ゴブリンだ。
救世主補正で格好良く見えるかと思ったが、ブサイクなままだった。ゴブリン君に幸あれ。
手足もやがて自由になる。ゴブリン君が花びらのような物を引き裂いている。
花の魔物か何かか?
周りを見渡すと、2メートルはあろう花の蕾から足が生えている。
あの足はゴディバの足か?
ブハハハ、ゆるキャラみてぇだ。
いや笑ってる場合じゃねぇ。ゴディバが死んじゃう。
他のメンバーも巨大花に食べられていた。
ゴブリンと手分けして助ける。良かった、全員寝ているだけで死んでない。
ゴブリンがカードになったのを確認した後、皆を起こして回る。
オニールの鼻に花弁を丸めて詰めておく。特に意味は無い。ただの嫌がらせだ。
巨大花は食虫花で、眠ってる間に獲物を消化してしまうのだそうだ。
蜜を集めていた蝶の中に、睡眠作用を持った鱗粉を振りまく蝶がいたらしい。誰も気付かなかったのか。皆、金に目が眩んでいたのだろう。
シュガーフラワー、蝶、巨大花、全てが共存関係にあるようだ。何と凶悪なコンボなんだ。
夢を見ていたのだろうが、何処から夢だったのだろうか。皆、休憩を取った所まで記憶が一致していたため、眠らされたのはその頃だろう。
『油断した時が一番危ない』俺もゴディバも教訓を生かす事が出来なかったワケだ。
砂糖の原料を香水の原料に変更