アバンタイトル
男は焦っていた。これから隣の街へ商品を届けねばならない。
既に運搬用の馬車ならぬ牛車の手配も済ませてある。
だが護衛が決まらないのだ。
男には懇意にしていた中級冒険者がいた。ゴディバという名で護衛として当てにしていたのだが断られた。
牛車での移動が駄目らしい。理由を聞くと「俺、痔だから」と答えられた。 お大事に。
次に知り合いの冒険者3人組に頼んでみた。剣士、斥候、魔術師とバランスの取れたパーティーだ。
だが金額の折り合いがつかなかった。商品の買い付けにお金を使い過ぎたのだ。
「そんなはした金じゃ、俺達を雇えねぇよ」だと。
クソッ。金がありゃその頬を札束で叩いてやれるのに。ああ、この世界じゃ紙幣は無かった。全部硬貨だった。じゃあ金貨を布袋に入れて殴るか。
ギルドの待合室で待機する。護衛に雇う冒険者の面接だ。
知らない人間は雇いたくないが、そうも言ってられない。一人じゃ魔物の餌になるのがオチだ。
ガチャと扉が開いて一人目が入ってくる。
身長は170後半といった所か。短く切られた髪に、堀の深いブルーの瞳。服の上からでも引き締まった筋肉が見て取れる。
だが、服は簡素な布で土に塗れていて、靴は履いてない。
「あの~、一緒さいっだなら腹いっぱい食べさせてけれるって聞いたんだども」
「帰れ」
初っ端からこれかよ。やはり金額が安すぎたか。
次に二人目が入ってくる。
年期の入った革鎧を身に纏い、腰にはショートソードを下げ正に冒険者といったいで立ち。
身長はそこそこ有りそうだが、猫背のためそうは見えない。
前歯が出ており、その目は猜疑心の色が濃く宿っている。
「キシシ、あっしに任せてもらえば100人力ですぜ」
嫌だ、コイツだけは雇いたくない。お前、絶対商品持ち逃げするだろ。
本人いわく、8年目のベテラン冒険者だそうだが…
外見だけで判断するのもマズイか、曲りなりにも8年も続けてこられたんだ。無能ではあるまい。
冒険者か…冒険者と言う名の日雇い労働を8年……。
イカン、この考えは駄目だ、色んな意味でマズイ。
とにかく不採用だ。コイツは本能が警鐘を鳴らしている。
次に入ってきたのは二人組の若い男女。
新米冒険者といったところか。男は槍を、女は弓を持っている。
十代半ばだろうか、この世界では子供の時から冒険者見習いとして働く者もいるため経験が浅いとは限らないが。まずは話を聞いてみるか。
「アタイの名前はペペ」
「おいらはテンガって言うんだ」
採用!!
街を離れ目的地に向かってゴトゴトと荷馬車を走らせる。
馬車を引くのは馬では無く、巨大な牛。一頭で荷物と人を運べるほど力強い。
その分速度は遅目ではあるのだが、今は鞭を入れてかなりの速度で疾走中だ。
「旦那、また数が増えてるよ」
そう、巨大な狼に追われているのだ。それも集団で。
最初は一頭だった。荷馬車の後をトコトコついて来る。
馬車を止めて近づくと逃げる。馬車を走らせると、また一定の距離を保って付いてくる、その繰り返しだ。
その数が二頭、三頭と増えやがて数がこちらを上回ると徐々に距離を詰め、スキあらば襲い掛かって来ようとする様になった。
クソッ、無謀だったか。焦り過ぎた。
男は心の中で舌打ちしながら、この世界に来るまでを思い出していた。