1話 始まり
カラン
そんな音が何処からか聞こえてきた。
つまり、アイツが全てを殺ったということだ。
俺らはこの音を合図に彼の元へと集う。
俺は、都立の高校に通う17歳。
特技は、身体を動かすこと。
苦手な事は、頭を使うこと。
何処にでもいる普通の男だ。
でも、俺は住んでいる世界が他の人と少し違う。
此処は東京の、誰も知らないとある街。
ここの連中は『beginning street』と呼んでいる。
英語で、『始まりの街』というらしい。
この街にはとても似合わない名前だ。
道を歩けば、今すぐにも倒壊しそうなビル。
剥き出しの鉄骨。
千切れた配線。
そもそも、道と言っていいのかも分からないような道だ。
路地裏のようなところもあるし、タイヤが一つない車が猛スピードで走ってくるし。
そして何より、脳を刺激するような匂い。
甘いような、辛いような。
とにかく、心地の良いものではない。
そんな街の住人だって、勿論普通ではない。
歩き方がフラフラで酔っぱらいのようだ。
何処で仕入れているかも解らない金を両手に握りしめて奇声を発したりしている奴もいる。
俺の家の隣には毎日夜に気持ち悪い笑いを上げているおばさんがいる。
警察も犯罪者もいないような街だ。
寧ろ、全員が正義で、全員が悪と言った方がいいかもしれない。
俺は、所謂『天涯孤独』というやつで、孤児院にいた。
しかし、俺が6歳になって間もなくのある日。
孤児院は襲撃された。
院内にいた役員達は殺され、孤児たち襲撃者達に攫われて行った。
襲撃者達の意図は解らないが、とにかく俺としては唯一の救いに思えた。
孤児院とは本当につまらないもので、娯楽などなく、日々神に祈りを捧げる大人達に働かされるだけ。
孤児院に何年もいる者は、仕事をすることだけが生き甲斐と言っていた。
その目は諦めの目だった。
もうここからは逃げられないんだと。
光などないのだと。
そこに突如現れたヒーロー。
身軽な身体に、物凄い反射神経。
相手の次の攻撃を予測し、それよりも上を行く反撃。
グレーのパーカーを身に纏い、帽子を深く被って、ボロボロのスニーカーで宙を駆け、凹んだバットを振りかざす。
全てが暗かった俺に光を教えてくれた。
そして、俺を此処に連れてきてくれた。
あいつは世界一かっこいいヒーローだ。
今宵も俺ら孤児達は彼の元に集まり、一夜を過ごす。