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黄昏の幻想曲 〜異世界召喚事故で改造人間にされました〜  作者: 御影綾乃
薔薇のプレリュード
8/22

譲渡

 館のバルコニーから姿を見せた少女は冷厳な声音で見下ろした。


「少年よ選ぶがよい。戦って生きるか死ぬか。そのどちらかをだ!」

「黄泉姫様……」


 なにかに縫いとめられたかのように動かない薔薇姫の口漏れた呻き声がレインの耳にはっきりと残った。

 バルコニーからあくまで優雅に飛び降りるとその顔をレインに向ける。


「事情は聞いておる。そなたは迂闊だったな」


 冷たい声を振り向きもせずに浴びせられて薔薇姫はカクンとその場に崩れ落ちた。


「そして貴様は泥棒猫といったところであるか」


 厳しい視線を向ける黄泉姫を見ると薔薇姫を少し幼くしたような相貌をしていた。

 まるで姉妹のように似ている、とレインは胸中で呟いた。


「わらわの大事な姫の一人を寵姫に落とし奪うとは万死に値するぞ」


 そう告げたころにはいつの間に抜いたのか。一振りのカタナを向けられていた。濡れた

切っ先。黒い雫が地面にぽたりと落ちた。

 魔法武器だなと苦々しく判断する。

 カタナ。

 本当に。

 本当に召喚前の世界に存在した物に似た物品。

 カタナ。

 反りの入った片刃の剣。


「だがわらわは寛容である。御霊喰らいが長、黄泉姫」


 優雅に舞い踊るように。紡がれる言葉に魔力が籠っていることに気が付いて抵抗をする。

 言霊。

 言葉に霊力を込めて現実を侵食する方術。


「わらわに勝てば外界に戻してやろう。条件付きではあるがな」


 薔薇姫と一時的に共有を行ったときに流れ込んできた知識の断片から、黄泉姫が二重に言葉を紡いでいると確信する。


「条件というと?」


 慎重に距離を開けながら右腕を背に隠した。

「この娘を寵姫として迎えろ。そして死を迎えても薔薇姫に添い続けるがよい。それがわらわの条件だ、少年。

わらわ達がいう寵姫とは妾ではない。何よりも、誰もよりも深く強く繋がりあい死んででも寄り添い続けるもの。たとえ婚姻を結んだ相手がおっても寵姫との絆を超えるものはないと知れ!」


 そういい終わると同時に黄泉姫が動いた。


「ヴァニティ!」


 刹那に距離を詰めて逆袈裟に振り上げてくる刃筋を、右手に物質化した魔力の剣でかろうじて反らすとその勢いを殺さぬように体制を沈めて足払いをかける。


「受けるでもなく反らされるとは。貴様面白いな」


 鋭い蹴りを軽く飛んでかわして黄泉姫は唇を歪ませた。


「あなたたちはどこまで好戦的なんだよ!」


 うんざりとした声を上げてレインは薔薇姫によく似た少女に向かい合った。


「そんな条件はいらないんだが」

「もうあの娘は貴様に隷属されかかっておる。昨晩は急に戦意を喪失させたであろう? それが一つの兆候だ」

「僕は彼女の自由を奪う気なんてないんだ!」

「あの娘をおいていくというのであれば、それもまたよいであろ。さすればあの娘。仮初の寵姫となってしまった今。数日もしないうちに魂の繋がりを断ち切られて死ぬことになろう」


 突撃槍の如く貫いてくる少女の言葉に顔を青ざめさせてちらりと薔薇姫を見た。

 うなだれたままの彼女の顔はよく見えない。

 が、肩が震えているように見えた。


「どのみちあの娘は御霊喰らいには必要なくなってしまった。事故であれ、故意であれ。海の向こう側の話は聞いたことがある。貴様らの国々の多くは男尊女卑なのであろ?」


 正眼に構えた刀。

 ジリと地面を踏みしめる音。

 それが黄泉姫のたてるものではなく自分の足元からする音だと気が付いて踏みとどまる。


「ならば貴様のこれまでの行動を振り返りその責任をとるがよい!」


 二度目の黄泉姫の突撃。

 揺れる視界。

 薔薇姫の目が黄泉姫の背中を見ているのがその肩越しに見えた。二重になる視界。

 真正面から薔薇姫の刃を受け止めてレインはやけくそ気味に叫んだ。


「黄泉姫! あなたを倒して彼女をもらう!」


 徐々に押すカタナから片手を離し左手をかざしてくるのを見て、レインはとっさに魔力障壁を張った。

 着弾する魔力弾。

 弾き飛ばされるように交代するレインに笑みを浮かべる。


「そうであるか……」


 懐から取り出した瓶の中身を空にぶちまけた。香が周囲を充満させてると黄泉姫は剣を構えなおした。






 数刻もの間、御霊喰らいの訓練場に剣戟と爆音が響き続けた。

 肩で息をしながら睨みあげる少年を面白そうに笑いかける黄泉姫。刀の軌道が若干不安定になっているのを見てレインは嘆息した。


「化け物かよ……」


 飛び回り舞い踊るようなその動きからさほどスタミナの消費を感じさせない黄泉姫に戦慄を覚えながら呻く。まだまだ余裕ありげに振る舞いながら黄泉姫は告げた。


「数刻もわらわについてこられただけでも十分化け物に片足突っ込んでおると気づかぬか」


 ずっと全力だったのであろう?とからかうように黄泉姫は笑うと、腰に下げている鞘にその刃をしまった。


「次の一合で最後だ少年。この数刻で本当の覚悟は決まったか?」


 死線を掻い潜り何とかこの場に立っているレインに諭すように声をかける。

 危険な一撃を何とか潜り抜けることが出来たのは薔薇姫の視界のおかげだった。

 二重に浮かんでいた視界が今ではしっかりと別の視界として認識することが出来た。


「言い残すことはないか?」

「……もうここまで来たらやりきるしかないじゃないか」


 半ば投げやりにレインは呻いた。続ける。


「勝った後の言葉は用意したよ」


 そういって物質化した剣の刀身に魔力を込めていく。


「良い返事が聞けて安心した」

「レイン・ローゼス」


 構える。最後の一合というのであれば。


「御霊喰らいが長、黄泉姫」


 名を交わし全身に魔力を巡回させる。


「尋常に!」


 その一言を合図に弾けだすように突進した二人の刃が交錯する。

 ちんっ

 と軽い音をたてて黄泉姫の持つカタナの刀身が地に落ちた。

 薔薇姫の視界でそれを確認して振り向くと所在投げに刀を見下ろす少女の姿がそこにあった。


「貴様の勝ちだな」

「手を抜いたのか……」


 指摘するとニヤリと笑う黄泉姫にぐったりと嘆息して剣を振るうと自壊しながら空に溶けるように魔力へと還元されていく。


「では勝利宣言を聞こうか」


 手を抜かれたからか。剣を切り飛ばしたというのに勝った気がしない。

 恨めし気に少女を見やってから嘆息する。

 茶番だ。

 もとより勝負などする気などなかったのだろう。

 思い返してみれば自分の苦手な軌道を描く一閃が何度も繰り返されていたような気がする。


「黄泉姫様。あなたの姫の一人、薔薇姫を私にください」


 片膝をついて頭を垂れ言ってしまってから、気づく。


「くっくく……あははははははははははは!」


 涙を浮かべて笑い転げる黄泉姫の姿が薔薇姫の視界にうつっているのをみて遅かったと後悔する。


「くっふふ……よいであろ。そなたにあの娘をくれてやる」


 こみあげてくる笑いに震える声がきこえて見上げると、今にも爆笑の第二波が訪れそうな予感を感じさせる表情を浮かべる黄泉姫の顔があった。

 気を抜けば笑ってしまうという自覚があったのだろう。三度ほど深呼吸をして冷静さを取り戻すと薔薇姫に一瞥をくれた。


「現時点をもって薔薇姫の名と称号を剥奪する。この先は名もなき者として生きよ」


 告げるとありありと絶望を浮かべる彼女からレインに視線を戻してそっと頭を下げた。


「あれは生来から気性が激しく若干妙な性癖を持ってはおるが性根はよいわらわの妹だと自負しておる」


 やはり姉妹だったのかと合点がいくのと、どう見ても幼い方が姉だったのかという驚きを感じながら項垂れている女性に視線を向けた。


「そなたらに告げる。一晩の猶予を与える。正式に寵姫の契りを交わしこの国から旅立つ準備をせよ。よいな!」


 一息にそういって黄泉姫は御霊喰らいの館ではなく城の方へと足を向けた。


「あの者にはもう名はない。御霊喰らいに入る者たちの名は剥奪されておる。当然わらわもだ。よって名もなき娘を寵姫の契りを交わした後に、そなたがあの者の名を与えるがよい」


 間違っても先に名を与え手はならないと繰り返し、立ち去る少女の肩はどこか寂しさに揺れているように見えた。


名も称号もなくした名もなき娘。

少年はどんな名を元薔薇姫に与えるのか。


次回、寵姫の契りと名付け。

「このケダモノ! 今夜もめちゃくちゃにするつもりですのね!? エロ同人のように!」

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