寵姫の方術
「それではまず、なぜあのような凶行に及んだのか。そこからお話を聞かさせていただきますか?」
翌朝。
昨夜と打って変わって穏やかな表情で優雅に食後のお茶を飲みながら、しかし詰問口調で問う。空腹に腹の虫が暴れている少年を尻目に一人朝食をすませた黒髪の女性を前に金色がかった銀髪の少年はなんとなく正座をしていた。指先で髪の毛をいじりながら少年に視線を向ける。
座敷。
この草かなにかを編んだ床は畳というものだと過去の記憶から思い出される。そこから連想して思い出した正座をしてみたのだがどうもうまく座れなかった。
痺れてきた足を崩そうとすると黒髪の女性──薔薇姫が崩してはならないと視線を一瞬だけきつくしたため崩せない。
正座などするのではなかったとこっそり胸中で舌打ちする。
「まず初めにあなたと触れた後に視界の共有が行われていたんだけど、そこから言葉にした思考が流れ込んできたところから接触を起点に魔力の同調がされたのではと……」
「魔力? 霊力ではなくって?」
「僕たちからすると霊力という言葉は聞いたことがないんだ」
訝し気に首をかしげる薔薇姫にレインも首を振った。
どうやら認識のすり合わせをする必要があるようだった。
「漁師の話だとこの国は外界から隔離されている大陸だと聞いたけどこれは間違いないかな?」
「ええ」
「それならば同じ現象や概念であったとしても名称が違う場合があるとおもう」
「霊力と魔力。言葉は違えども同じものを指しているとあなたはいうのですね?」
頷いて続ける。
「そこで二度目の接触を行って確かめることにしたんだ」
「私の唇の感触を愉しんだわけですね」
混ぜっ返す薔薇姫にレインは首を振った。
「流れ込んでくる魔力に若干酔いそうになったんだよ」
思い出して若干疲れた表情を浮かべる少年をみて薔薇姫は目を細めた。
「そう。それだとその後にいった言葉とつじつまが合わなくなりますわね。確かあなたはこう言いました。あなたが欲しい、と」
その言葉に目に見えて顔を引きつらせるのを見据えられる。
「あー、あれは……」
「あれは?」
言い訳は許さないとそばに立てかけられた大鎌にちらりと視線を向ける。
レインは覚悟を決めて口にした。
「一度目は事故とはいえ二度目は確認のためとはいえ僕の意思であなたに口づけをした。そこで何と答えたものかと考えていると姉の言葉が思い出されたんだ」
「ふぅん?」
「間違ってでも傷物にしたなら責任を持てと」
「で?」
「すみませんでした」
言い逃れなどできそうもなくレインはその場で土下座した。
昨夜は痛みと出血で気が昂っていたとはいえ元はといえば自分が悪い。
「謝罪の言葉はいりませんの。あなたのお姉様の、あなたにとってはありがたいお姉さまのお言葉であったとしても。あの言葉を選択したのはあなたですのよ?」
穏やかな声音で幼子をたしなめるように。かつナイフのように滑り込まされてくるような錯覚を覚えさせる薔薇姫の声音を聞いて氷のように怒る姉の姿を幻視してその考えを振り払う。
「あの時はそれが最適だと判断した次第です」
「苦し紛れに女性に言う言葉ではありませんね?」
「そ、そうですね」
「あなたが意識的であれ無意識的であれ。御霊喰らいの姫である私を、不完全とはいえ不正に寵姫に落とす方術をかけたことには変わりません。そして私を欲しいといいました」
口にするたびに怒りが乗っていく薔薇姫の声に反射的にレインは身を竦ませた。
「ですが吐いた唾を飲み込んでもいいのですよ?」
暗にそれは許さないとばかりに一言一句力を込めて告げてくる彼女に思わず首を振った。すると嬉しそうに顔をほころばせてから若干申し訳なさそうに俯いた。
「昨晩じゃ激情に駆られてあなたを殺そうと武器を手にしたのですが、この国独自とはいえ法は法。私の身は黄泉姫様のものでございますが故」
いいながら面を上げる薔薇姫の相貌には獲物を捕らえた肉食獣のような笑みを張り付いていた。告げる。
「ですので黄泉姫様のご判断を仰ごうと思いますの。姫である私に何をしたのか法によって罰していただいた方が、あなたにとっても私にとっても納得のいく結果が導かれると思いますの」
楽し気にそういうとパンパンと手を打った。
同時に周囲に靄のような人影がレインを中心にして九体浮かび上がる。
「香術か」
気配はない。
突如として生まれた甘ったるい香りが周囲に充満する。
「ええ。それでは参りますわよ。言質を取った今この期に及んで逃げようだなんて思わないでくださいね?」
引っ立てようと脇による人影に首を振って自分の足でいくと告げると二歩ほど下がって待機する。痺れる足を魔法で癒すとしっかりと畳を踏みしめて薔薇姫に向かいあった。
それをみて上機嫌に笑うと踵を返して玄関へと向かう。
「まぁ、本契約をして私を隷属することが出来たなら黄泉姫様もなんとも言わないのでしょうけど」
「ちなみに本契約の仕方聞いていいかな?」
面倒になったと後を追いながら尋ねて後悔した。
「寵姫に落とす隷属の方術は性方術の一種ですの。性行為を行えば寵姫の方術は完成します。今この場で私を無理やり犯せばしますわよ?」
いって玄関を力任せに開き切る。
行きかう街の人々の姿。
音をたてて開いた玄関へ怪訝そうに顔をむけて一拍。薔薇姫の姿をその目に映すと足早に去っていく。
「そんなことできるわけないじゃないかあああああああああ!」
たまらず頭を抱えて絶叫する少年を見て、薔薇姫は意外そうな表情を浮かべたのだった。
和の国の城。
以前の記憶にある伝統的な城と西洋の城を足して割ったような奇妙なつくりの建築物に、若干のカルチャーショックを覚えながら薔薇姫の後について城の中に入っていった。もちろん香術で作られた人影が包囲したまま。連行されているに等しい。
城に辿り着くまでの間町民から蔑みの視線を受けていたことから、とりあえずどうやって切り抜けるかだけを考えていた。
城に向かうまでに逃げ出せればよかったのであろうが、薔薇姫にああまでいわれては逃げ出すのにプライドに触る。
逃亡するのであれば黄泉姫とやらにあってからでもいいのではないかと、投げやりに考えながら歩を進める。事実、疑似天使の力を顕現させれば逃げ出せるであろう自信があった。
(たしか和洋折衷だっけ? そんな言葉があったけどその言葉ぴったりの城だよね)
一見して木造建ての城であったが建物の表現の仕方が宮殿に近い。
そんな城の敷地の一角に御霊喰らいの訓練所があった。なぜか人っ子一人していない光景を怪訝に思いながら進む。
その奥にある詰所のようなところに黄泉姫がいるという話だった。
「詰所っていうかほとんど館じゃないか」
一見して建物だけで生まれ育ったロゼの館の三分の二ほどの広さがあった。狭いあの国と違って使える土地が多いのだろうかとレインはこめかみを指で押さえた。
「覚悟はお決まりですか? 決まってないとしても関係ありませんが」
悪魔のような微笑を浮かべてその扉に手を触れかけたところで薔薇姫の体が硬直した。
「そなたらは入る必要はない」
冷厳な声が二人に降り注いだ。
「少年よ選ぶがよい。戦って生きるか死ぬか。そのどちらかをだ!」
館のバルコニーから一人の少女が姿を見せた。
硬直したままの薔薇姫の口から黄泉姫様と呻く声がレインの耳に残ったのだった。
大和撫子な薔薇姫様の設定がいつの間にかぷっつんサド娘。
某ゲームのマジキチ天使かわいいなどと思いながら書いてたらこんなことに……
次回。レインVS黄泉姫様