表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏の幻想曲 〜異世界召喚事故で改造人間にされました〜  作者: 御影綾乃
薔薇のプレリュード
2/22

旅立ち

「さて、まずはどうするか。だけど」


 領主の館から抜けだした少年は今船の上にいた。

 プラチナブロンドの髪が太陽の日の下で煌めいた。日焼けを知らなさそうな白い肌に朱を引いたでもないのに赤い唇。一見すると美少女にも見えるその容貌。線の細い体つきをしているものの刃のように引き締まった体つきをしていた。

 デッキの柵にもたれかかりながら今から向かうであろう海の先を見つめる。その姿に目を奪われる男たちを尻目にため息をついた。


(一応これでも男なんだよ……)


 館の中ではそういった目で見るものは血のつながらない姉二人くらいか。

 よく女装を強制されたことを思い出しながら苦笑する。最初のうちは抵抗があったものの今では慣れたものだったが騎士団長や母親から剣を教わって帰ってくると筋肉が付くから止めてほしいと苦言を呈されたのには若干の呆れを覚えたくらいだ。


 ただ、そういった趣味というか性癖にはある一定の理解はあった。

 その対象が自分でなければ。

 女性同士がイチャコラしているのを見るのは大好きだったが、男性同士となると気分が悪くなる。が、逆にそういったものを見るのが好きな者もいるだろう。

 置き換えてみれば一応、頭では納得できるのであろうが、気持ちまでは納得はできないのと同じようなものだろうと益体もないことを思い浮かべながら薄く笑う。


 領主から──というか母親から──送られてきた追手はいないようだった。

 レイン・テミシス・ガラフ・ローゼス。

 それが彼の名前だった。

 ロゼ伯爵の息子で第三位継承権を持っているとされているが血縁関係はないということを彼は理解していた。その事実を知っているのは現領主エリュシオーネと一番上の姉くらいだ。


「こちら側の人間ってわけじゃないし、そもそも僕が為政者になるなんてイメージできないしね」


 第三位とはいえ貴族として厳しく教育されていた。他領からくる友人の教育内容と突き合わせてみても異常なまでの徹底ぶりだった。他にも帝国騎士団から最高位の剣の使い手や魔道士が家庭教師としてわざわざロゼまで足を運んでいるというのを後になって知った。

 おかげである程度のことならどうにか自分で対処できるだろうと思えるくらいには強くはなったと思う。


(水や食料に所持品全部奪われて山の中に放り出されるような鬼畜な訓練を受けることになったしなぁ……)


 一応見えないところでサポートはしてくれてはいたのだろうが、本気で餓死寸前まで追い込まれたことは若干トラウマになりそうだった。何度もサバイバルさせられてはそのトラウマも克服せざるを得なかったが。

 何しろ訓練を負えて疲れ切った後のサバイバルだ。精神的にも負担になったがあの経験があるからこそ、ほかのことも乗り越えられるようになった気がする。


「やあお姉さん。一人かい?」


 へらへらとした男の声が背後から聞こえた。とりあえず無視をしてどうしたものかと考える。姿見に映る自分を思い出して鼻で笑いたくなった。


(お嬢様が一人で出歩くわけがないだろ)


 そう思ってしまってから、いくらなんでもその自己評価はないと軽く自己嫌悪に陥るが見た目的には事実だった。

 できるだけ安っぽそうで地味なものを選んだとはいえ見るものが見れば高価な布を使ったものだとわかるだろう。


「海は広いしさっきの停泊地から先は長い船旅になるしな。少しくらいは仲良くしてほしい」


 などと言いながら横に並ぶ。燃えるような赤い髪が印象的だった。勝気な赤い瞳がこちらを見つめてくる。


「仲良くするのはいいけど、男だよ?」


 ちらりと視線を向け冷たく言い放つと水平線の向こう側に目を戻す。若干その赤髪の男の姿を頭の中で思い浮かべる。二十代後半か三十台前半といったところかとあたりを付ける。今はダボッとした服とズボンをはいているものの、そこから見え隠れする筋肉の付き方と立ち姿から察するに戦士だろう。


 ロゼの隣の町にある港から出航した時には見かけなかったはずだ。越境した先の港で乗り込んだのか、それとも船室で今の今まで大人しくしていたのか? どちらかというと前者だろう


「めちゃくちゃ美人なのに男だっていうのか? 信じられねえな」


 笑う男に若干苛立ちを覚えて向き直って告げる。


「信じる信じないはあなた次第だよ」

「真正面から見たらさらに別嬪さんじゃねえか」

「でも男だ」

「こう漂う気品とか……」

「あっても男だ」

「いやしかしだな……」

「だとしても男だ! エルフの血を引いているからこの容姿なんだよ!」


 わめいてデッキの上で地団太を踏むと赤髪の男は残念そうに頭をかいた。


「すまなかった」

「まあ慣れたからいいんだけどさ」


 船に乗るまでの数日間の扱われ方を思い出して遠い目をするレイン。


「それはそうと、どこかで見た覚えがあるんだけれど。よかったら名前を教えてくれないかな」

「口説く前振りに聞こえるぞ、それ」


 反省してなさそうな男の態度に剣呑に唸り声をあげそうになる。慌てて男は両手を上げて冗談だと笑った。


「デイトリッヒだ。姓はない」

「僕はレインだ。同じく姓はないただの平民だよ」


 差し出された手を取って軽く握手を交わす。


「剣を使うのか? 細く見える割にはかなり訓練しているように感じるが」

「たしなみ程度にはね? それよりデイトリッヒ」

「なんだ?」

「ひょっとしてあなたフィナスの英雄だったりする?」


 すっとデイトリッヒの目が細くなる。


「その二つ名は好きじゃないし俺は英雄なんかじゃあない」

「悪かった。デイトリッヒ」


 頭を下げて謝罪すると構わないと手を振った。意外そうに目を向けると謝られたのなら別に気にしないとのことだった。意外と器が大きいのかもしれない。英雄と呼ばれる所以かと思いながら、説明する。


「風の噂で聞いたんだよ。フィナルの赤毛の戦士の話はさ」

「そうか」

「きっと噂話とあなたの姿を見て、どこかで会ったのだと勘違いしたんだろうね」


 笑っていうとデイトリッヒは苦虫をかみつぶしたような顔をした。どうしたのかと聞くと噂になっているのならフードを被るべきかどうかを尋ねてきたので頷いておいた。

 良くも悪くも彼の赤毛は目立つのだ。

 赤毛の人族は希少だ。奴隷制度がある国でこの男が少女であれば高い値が付いただろうなと不穏なことを考えているとジトッとした目で睨まれていた。


「何か失礼なことを考えちゃいないか?」

「気のせいだよ」


 鋭いなと苦笑して首を横に振って柵から三歩ほど離れるとデイトリッヒに背を向けた。


「賭けをしていたんだろうけど悪かったね」

「気が付いていたのか」


 バツの悪そうな声が聞こえる。


「何とかならないものかな」


 いいながら立ち去ろうとする少年の背中にデイトリッヒが答えた。


「その腰まである髪を切れば多少は何とかなると思うぞ。多少は、だが」


 ピタリと足を止める。キョトンとした目で振り返ると呆れたような顔のデイトリッヒがいた。気が付かなかったのかいうのが露骨に見て取れた。


「ありがとう」


 気にしてはいけないと笑ってそういうと面倒くさそうに赤毛の男は手を振ったのをみてレインはデッキから立ち去った。




客室に戻るとため息をついてベッドに身を投げ出した。

髪が長いことが要因の一つだとは考えもしなかった。というか今までこの長さだったせいか気づきもしなかった。

大体は姉のせいだろう。髪を短くするのを許してはくれなかったのだ。女装させるために。

追手は来ないだろう。

なんとなくだが確信はある。


母親から──領主から「この館から抜け出すことが出来たなら自由にしていい」と言われていたからだ。きっと姉二人は自分がいなくなったことで発狂しているのではないか。


そう思うと可笑しくなって小さく笑った。

 しばらく横になってから立ち上がり鏡台に向かう。鏡の中を覗き込むとサラサラとした髪の長い少女がそこにいた。


「切るか……」


 ザックリやろうものなら奇妙な髪形になるだろう。なので髪を一か所にまとめて紐で結わえて肩くらいの長さのところでナイフを使って髪を切った。床を散らかさないように切った髪の毛を陸に上がった後で捨てればいいかと結論を出し、バラけないように縛って適当な袋の中に放り込む。

 二人の姉に意趣返しに送りつけてもいいなと思ったが、それをすると本気で捜索隊を出されかねない。それこそ血眼になって地の果てまでも追いかけてくるだろう。

 それはできれば避けたかった。


 益体もないことに思考が移ったところでかぶりを振ると呪文を唱えた。詠唱が完了すると背後に鏡が出現する。

 空間を歪める魔法の一種で光の反射率を最大にするとこのように鏡のようになる。

 毛先をナイフで切り落とし整えていく。




 魔法にはいくつかの種類がある。

 一つは基本魔法。明かり、清浄・洗浄などの生活に役立つものや、重力系や空間系など効果は多岐に渡る。基礎中の基礎であり、この初歩を修めた後に他の魔法も派生して覚えていくようになるのが一般的だ。ただし極めるのが一番難しいとされている。


 次に四大魔法。基本魔法の次にメジャーなものが精霊魔法である。地水火風を四大元素とした自然界に存在する現象を意図的に発生させる魔法である。


 付与魔法。何らかの物品に一時的、あるいは半永久的に効果を与える魔法であり、一番生活に密着した魔法だ。高位の魔道士が付与した者なら長期間の運用ができ、実際に五百年前のマジックアイテムを現役で利用されていて記録更新中だったりする。また付与できるものは様々で、採取した物品の特徴はもちろん別系統の魔法と組み合わせることで四大系統の魔法を組み込むことが出来るので台所であればコンロや冷蔵庫、水道などにも使われていて生活から戦争、暗殺と運用範囲は幅広い。


(ここまでが普通なんだよね)


 苦笑して床に散らばった細かく切り刻まれた髪の毛を魔法でゴミ箱の中に入れる。


 創世紀から大いなるものから生まれた光と闇の戦いがあったらしく、未だに光の者の末裔と闇の者の末裔がにらみ合っているというのが現状だ。


要するに兄弟げんかだよね、などと朗らかに授業中に述べた幼き日のレインの頭にゲンコツが叩き込まれたのは言うまでもない。


そして神聖魔法。一言でいえばいたるところに遍在する精霊の力を借りたり、天使や神の力を借りた魔法であり、部位欠損から再生させる癒しの魔法から攻撃系の魔法まで利用できる。


それと対になるのが暗黒魔法。悪魔の力を借りた魔法がこれにあたる。攻撃性の高い魔法が多く、呪いなどもこの魔法で利用できる。

のだが、悪魔崇拝者が暗黒魔法を基にした癒しの魔法を行使している例もある限り、結局のところ光と闇も大差ないのだと彼は苦笑する。


「こっちに来た頃は魔法にすごく憧れていたっけ」


 ある程度以上使えるようになってからはそういった気持ちも抑えられたが。



 

 過去に一つの事件があった。大規模召喚の実験である。

 基本魔法の中に野生の動物や魔物などを召喚する魔法がある。そこで現存するものを召喚するのではなく、世界を超えて召喚してみようというのが始まりだった。

 四十年越しのそのプロジェクトは皇帝の監視のもと行われ、失敗に終わった。

 召喚されたのは乳児だった。空から落ちてきた乳児は二階建ての建物の高さくらいまで落下したところで魔道士たちが気付き、地面に激突する前にすんでのところで助けられた。


 が、若干遅かったのだろう。

 即死ではなかったが、全身打撲に大量出血と明らかに致命傷だった。

 癒しの魔法による損傷の修復はできるものの血液が圧倒的に足りていない様子であった。魔法による血液の生成は完成しておらず、大けがを負えば良くて貧血。悪ければ血液不足で死に至る。

 観覧していた皇族の一人が自らの血を輸血した者の人とエルフとの種族の違いがあり、当然拒否反応を起こし始めた。


 どうしたものかとなったところで研究者の一人が古代エルフの情報を素に作り出したホムンクルスの素体と乳児を合成するという非人道的な手段を提案した。

 自我のないホムンクルスを利用するということ。今回の召喚実験を召喚対象の死亡という結果で失敗に終わらせたくないという理由から押し切ったのだ。


 その研究者はホムンクルスの製造と生物合成の罪をその場の全員に周知させ、召喚対象を見守ってほしいことを声高に叫んだ。

 そしてその赤子は皇族が懇意にしている一人の貴族が養子として育てることとなる。


ちなみに雷を起こす魔法は火属性にあたります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ