必殺・婚約破棄カウンター
「婚約破棄」という語句は、必殺技の気配。そんな発想から何故か生まれた話です。
私は大学3年生。
乙女ゲームやネット小説が好きないたって普通な女の子。
最近のマイブームは乙女ゲーム転生に、婚約破棄物。
私には付き合って2年の婚約者がいる。西宮一君。
顔はそこそこで、さわやかな雰囲気の同級生。
私は陰から彼を見ている一人だったけど、同じ授業を取ったことをきっかけに仲良くなり、交際がスタートした。
女性からの人気が高い彼と、ザ・平凡な自分が釣り合うか不安だったけれど、特に問題が起きることもなく、1ヵ月前に婚約を申し込まれた。
そんな彼に私は呼ばれた。
昼下がりの夏のファミレス。
店内は冷房が効いており涼しい。陽気なBGMが夏を強調する。
主婦や学生など、幅広い層のお客さんが店内にはいる。
皆、この昼の時間を思い思いに過ごしているようだ。
二人組の主婦?の方は、子育てについての雑談。
中学生ぐらいの男の子たちは、PSPに夢中になっている。
すぐに、店員が寄ってくる。
「お一人様ですか?」
「いいえ、待ち合わせです」
私は、キョロキョロと店内を見回す。
一つのボックス席で彼が手を振っている。
私は笑顔で手を振り返し、彼の元へ向かう。
ボックス席の彼の対面に座る。
彼の横には、一人の女性が座っている。
私の友達の冬子。
ゆるふわかわいい系女子。
タンポポの様なかわいい子。
守ってあげたくなるような女の子。
髪のカールぐらいが絶妙すぎて、ついつい触りたくなる。
見た目はかわいい系だけど、性格も良く、内面はしっかりしており、様々なことで私を助けてくれる。男の子から圧倒的で人気で、よく紹介してほしいと頼まれる。
彼と冬子が一緒に座っている様子を見て、私の心の中にある考えが浮かんでくる。
でも、それを心の中で飲み込み、笑顔を崩さない。
「それで、話って何?」
彼は電話で大事な話があると言っていた。
明るい雰囲気ではなく、何か思いつめたような慎重な声色。
私が「何?電話でいえない事?」と聞くと、「合って話したい」の一点ばりだった。
普段、私からの押しに弱い彼にしては珍しく強情だった、
そのため、ここにくるまでずっと不安だった。
目の前の彼は、一見笑顔に見えるが、その表情はやや硬い。
2年も付き合ってきたから分かるその変化。
何か隠している時の表情。
隣の冬子も、いつもの「ゆるふわ100点満点」の笑顔ではなく、暗い表情。
私のあたって欲しくない予想がチラチラと頭に浮かぶ。
ネット小説でみた事ある展開ではない事を祈る。
「うん、話があるんだ。その、話す前に言っておくんだけど、君は何も悪くない。僕が悪い。冬子さんも悪くない。ただ、僕が悪いんだ。だから怒らずに聞いてほしい」
彼がもったいぶった話し方をする。
私はイライラする。申し訳なそうにする冬子と彼。
私と彼らという構図。それが事実を表している。
「それで、話って何かな?」
「その・・・・・僕と別れてほしいんだ」
彼らを見た瞬間悟っていたこととは言え、心に大きな衝撃が走る。
「別れてほしい」「僕と・・・・」「別れてほしい」と、心の中で何度も彼の声がリピートされる。
「ごめんなさい」
冬子がかわいい顔を歪めながら謝る。
泣きそうな顔の冬子。
ますます庇護欲をそそる姿に私はイライラする。
まるで私が悪者のよう。
ただでさえ、数の上で2体1と不利なのに、かわいい冬子の姿でコールドゲーム。
この図を見て、「どちらが悪いでしょう?」と小学生にアンケートをとったら、大差で私の完敗だと思う。
「なんかこっちの人の方が悪そう」「悪人ずらしてる」「こっち人の方が綺麗」と、率直で身も蓋もない意見を貰えると思う。
私は平常心を取り戻し、分かりきったことを聞く。
「なぜ別れてほしいの?私が何かした?悪い所があったなら言って?私、直すから」
未練がましいセリフだけど、口から自然と言葉が出る。
私は彼の事が好きだ。
彼と冬子は互いに顔を見合う。
目で会話する二人。
それを見て私の心は悟った。
もう無理なんだと。
「実は、冬子の事を好きになったんだ。君は悪くないんだ。だから俺を罵ってかまわない」
「ごめんなさい。私もこんなつもりじゃなかったの・・・」
言葉が左の耳から入り、私の心を殴り、右の耳から出ていく。
そして同じ言葉が、再度左の耳から入り、私の心を殴り、右の耳から出ていく。
乙女ゲーのバグのような、同じ場面が何度も続く無限ループ。
予想していたとはいえ、心にダメージを追う。
「分かったわ、別れましょう」
私は椅子から腰を上げる。
机の上の水が入ったコップを持つ。
そして、冬子の方に向けると見せかけて、水をグビグビと飲む。
すんごく美味しい。
こんなにも水が美味しいと思ったことは初めてかも。
修羅場水として売りに出せばいいと思う。
きっと売れるはず。
ふと前を見ると、水をかけられると思ったのか、冬子はガクガクと震え、一が冬子に覆いかぶさっている。
ばっかみたい。
そんな子供っぽい事するわけないでしょ。
大人はこうするのよ。
私は、とある席に向かって手を上げる。
すると、一人の男性が私の元に来る。
スーツ姿の端正な男性。いかにもできる男という雰囲気を放っている。
私は携帯を操作し、彼の手をとり、ボックス席で驚いている冬子と一を見る。
「ど、どういうことだよ。誰だよそいつ」
数秒前に元彼になった一が、私とスーツ姿の男性を見る。
驚きと怒りの表情が一に見て取れる。
「彼女の恋人さ」
「はぁ、何言ってるんだよ!」
「彼の言葉は本当よ。たった今から付き合う事にしたの」
「何いってるんだよ。何かの冗談だろ」
「冗談ではない。私は彼女が世界で一番好きだし、彼女程素晴らしい女性はいないと思っている。君には感謝するよ」
「彼、前から私に興味を示してくれていたの。それにもう、あなたは私の彼氏でもないんだからどうでもいいでしょ」
「は・・・それは・・・違うんだ」
私は、彼の言葉を最後まで聞かずにさえぎる。
「私とあなたはさっき別れたの。婚約までしたんだから、ちゃんと両親にはあなたの方から説明してね」
一は口を開けたまま放心状態になっている。
私は一の横でブルブル震えている冬子を見る。
「それと、冬子の彼氏達呼んでおいたから。さすが冬子よね。悪気がなく、3人もの男性に好かれるんだから」
「え、え、なに、ちょっと」
さっきまでブルブルとかわいい小動物のように震えていた冬子は一転して、真顔で混乱する。さっきまでのは演技だったようだ。
その瞬間、2人の男が現れる。
確か一の友達。
1人の男は手作りと思われる看板を持ち、
「ドッキリ、大成功」
と叫ぶ。
もう一人は、ノートパソコンに繋いだWEBカメラでこちらを撮影している。
ちらりと見えたパソコンの画面には、ニヤニヤ動画の姿。
このファミレス店内の映像の上に、「どうなった?」「修羅場ktkr」のコメントとが流れている。どうやら生中継しているようだ。
看板を持っている男が笑顔で私たちを見る。
「ドッキリですよ。ドッキリ。そんな辛気臭い顔しなくても。ほら。婚約破棄は嘘ですよ。ほら笑顔、笑顔」
が、その場は凍りついたように静まり返っている。
関係者だけでなく、周りの客席の人たちも気まずい表情をしている。
私が辺りを見回すと、そっと目をそらす主婦の方々。
「あれ?ごめん、遠くから見ていてよく分からなかったけど、タイミング間違えた?」
看板男は私たちを見てキョロキョロする。
私は、内心混乱してた。
え?ドッキリなの。なにこれ。え?どうなってるの?
意味わからないんだけど!
スーツ姿の男性(実は付き合うわけでもなく、もしもの場合に備えてついてきてもらった俳優志望の男友達)も、目が泳いでる。
「どうすればいいんだよ?」と私に目で話しかけてくる。
「しらないわよ!あんた俳優志望でしょ。なんとかしないさよ」と目で返す。
元彼、いやさっきのはドッキリだったから現彼氏の一は、絶望の表情。
しかも、え?、泣いてる。
目から涙を流している。
ちょっと止めてよ。
こんなとこで泣かないでよ。
私の友達?(今でも友達と思ってくれればいいんだけど)の冬子は、混乱の極みで、一目散にこの場を逃れるために上着を着、鞄の紐を肩にかける。
が、そこに現れる3人の男達。
「冬子、どうしたんだ?」
「そうだよ、冬子の友達に呼ばれて店の前で待ってて、さっきメールが来たから来たんだけど」
「おい、なんでお前たちが冬子って名前で呼んでるんだよ、俺は彼氏だぞ」
「は、何言って、彼氏は俺で」
「いや、俺が彼氏で」
ボックス席から出ようとした冬子は、出口を彼氏達に塞がれる。
本気で泣きそうになっている冬子。
さっき見せた、小動物系の愛らしい震えではなく、絶望系の震え。
今日で冬子の色々な姿が見れた気がする。
って、そんな冷静に分析してる場合じゃない。
どうしよう?私、へんなことしちゃったかも。
3股はさすがに悪いと思うけど、冬子はこれまでは良い友達だったし・・・
悪い事しちゃったな・・・冬子がかわいそうに見えてきた。
「ドッキリ大成功じゃなかった?一、どうなってんのこれ?」
看板男はまだ状況がよく分かってないようだ。
そんな男を無視し、私は一と冬子を見る。
「その、ごめんなさい。悪気はないの。その、勘違いというか、変なネット小説読んじゃって、乗せられて「ざまぁ」してみたいな~とか思っちゃたんだけど。その、スーツの彼はただの友達で、別に好きでもなんでもないの。ねぇ?」
私はスーツ姿の男友達に相槌を打つ。
「そうですよ。僕はただの友達です。先程のは演技です。実は劇団に所属しておりまして、日々演技を磨いているんですよ。今度講演があるので、是非、彼氏彼女でも誘っていらして下さい。冬子さん達は4人で来られとどうでしょうか?」
「ちょっと、何宣伝してるのよ」
「ごめん、でもチケットのノルマがあるんだ。しかも今日までなんだ。ここにいる人の何人かが買ってくれれば、僕のノルマは達成されるんだよ」
「ちょっとやめなさいよ。空気読めないの」
スーツ男は周りを見る。
冬子の矢のような視線がスーツ男を射抜く。
「・・・だね。だから役者として成功しないのかも・・・」
彼氏の一は泣いたまま。
冬子は3人の彼氏達に何やら言われているが、無言を突き通している。
汚職疑惑のかかった政治家みたいになってる。
ちらっと冬子と目があったが、物凄い目で睨まれた。
「ごめんなさい」
と頭を下げて謝るが、彼女はそれどころではない状況。
なんとなく状況を察したのか、看板男が、
「おい、配信停止しろ。なんかやばいぞこれ、やばいって」
「お、おう」
もう一人の男がWEBカメラを取り外す。
チラッと見えた画面には、鬼女というコメントが見えた。
◆◇
それから、なんやかんやあり、私は泣いた彼を励ましながらファミレスを後にした。
彼の泣く顔は久しぶりに見た。
ちょっと頼りない彼だけど、泣くほど私の事が好きだと知れた事は嬉しかった。
ボックス席には、出口を塞がれた冬子が3人の彼氏達に詰め寄られていた。
私たちが店を後にする時も、彼女はボックス席の角に追いやられていた。
政治家風無言作戦は諦めたのか、今度は「ごめんなさい」とかわいく謝っていた。
その効果のためか、彼氏達3人の怒気は少し和らいでいた。
しかし、当分店から出られないと思う。物理的に。
冬子には本当に悪い事をしたと思ってる。
時間を戻せるなら戻したい。
謝って許してくれるんなら友情は続けたいと思ってる。
◆◇◆◇◆◇
後日談
それから、私と一は、普通に交際を再開した。
思った以上に彼に与えた傷は深く、彼に付き従う私。
後々知ったのだが、彼はあのドッキリの後、私に結婚指輪を渡す予定だったらしい。
「落として上げる」という古典的な作戦で私を喜ばせたかったとの事。
婚約はしていたけど、指輪は貰っていなかった私。
勿論、あのドッキリは失敗に終わったので、今だに私は指輪を貰っていない。
指輪は欲しいけど、それを彼には言えずにいる。
こっそり、彼の家を家探しして発見した指輪は、中々大きなダイヤモンドが付いていた。
ふとした拍子に、あの時のネット配信が気になってググってみると、「例のファミレス鬼女」という名で私は有名になっていた。映像は消えているが、ニヤニヤ動画のニヤニヤ大百科に詳細が記載されていた。そこを読むと、私は稀代の鬼女ということで、様々な考察がなされていた。私は、「そんなことないですよ。普通の人です」というニュアンスの援護コメント書いておいた。
冬子とは音信不通。
悪いと思っているので、謝罪のメールや電話をしても、すべて無反応。
ブロックや着信拒否にされていないだけましかもしれない。
もし、私を許してくれるんなら又仲良くしたいし、彼女のゆるふわパーマをもふりたい。
元気でやっているといいんですが。
スーツ姿の俳優志望の彼は、ネットの影響か分からいが、何故か売れたらしい。
あのファミレスで、唯一プラスの何かを得られた彼。
頻繁に感謝のメールが来るので、今度私も劇団を見に行こうと思ってる。
良かったら、冬子も誘って皆で。
終わり
読了ありがとうございます。
宜しければ、他の作品もご覧下さい。
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