ねぇ、お母さん
巻き戻し、巻き戻し、再生。
それは、お家にあった、古いビデオテープ。
顔を綻ばせるお母さん。
聞こえるのはお父さんの笑い声。
小さな小さな子供が、可愛らしく微笑む。
幸せな光景は画面いっぱいに映し出され、
日付が切り替わるごとに、
子供は少しづつ大きくなっていきます。
両親は少しづつ年をとっていきます。
『ねえ』
子供は私にしゃべりかける。びっくりしたけれど、子供は私ではなくて、画面の中で、お母さんに話しかけている。無邪気な笑顔。思わずこちらも顔が綻ぶ。
『おかあさんは、こどものとき、なにになりたかったの』
可愛い質問。けれど、お母さんは、なにも答えません。
『ねえ』
子供は、また同じ質問を、お母さんにします。でも、お母さんは、なにも答えません。
『ねえ、お母さん』
いつの間にか、ピカピカのランドセルを背負っていた子供が、少し袖の短くなった学生服を着て、真正面からこちらを見つめていました。驚いた。いつの間にこんなにおおきくなっていたのか。
『お母さんは、何になりたかったの』
お母さんは、何も答えません。
『ねえ』
『お母さん』
『お母さん』
『お母さんは何に』
『お母さんは何』
『お母さんは』
『何?』
『お母さんは何?』
『お母さん?』
『お母さんは何がしたかったの?』
『ねえ』
『お母さん』
学生服の子供はずっと、画面の向こうから私をみている。
『お母さ ん』
『何 』
『なん で』
『 お 母さ ん』
『ねえ 』
『ねえお母 さ ん』
『お 父さんは』
『おとうさ は』
『ぼ くは』
『 お ま え が 』
一時停止。
砂嵐が、目の前に広がる。
今のはなんだったんだろう。
学生服の子供は、
じっと見つめてきた子供は、
今にも画面から出てきそうな子供は、
まあ、いいか。
嫌なことは忘れてしまおう。
しあわせなところだけ、
巻き戻し、巻き戻し、再生。
それは、お家にあった、古いビデオテープ。




