君がいるから(前編)
私のいわゆる前世の記憶というものがいつからあったかと言うと、物心ついたときには受け止めていてそしてそれが自然だった。まだ幼い時分に恭弥様に
「瀞は転生輪廻って信じる?」
と聞かれたので
「はい。なにしろ私自身が転生少女ですから」
と答えると恭弥様は面白そうにクスクスと笑った。
「まだその設定続いてるの?いつか黒歴史になるよ」
と言われたが、残念ながら未だにその出来事は黒歴史にはなっていない。なにしろそれがまぎれもない事実だったから。
ちなみに麻人様は私が転生少女だということを信じていたことをここに記しておく。
※※※※
皆様こんにちわ。私の名前は保月瀞。
今いるのはどこかと聞かれると母方の実家でございます。夏休みであれば何の不思議もない里帰りですが、一種の軟禁であるのでうーむ……というかんじです。
あ、そうです。報告が遅くなりました。私、来春母親になります。朝に母と婦人科に行きましたところお腹に小さな命が宿ってることが判明いたしました。
電話では、前々からその兆候があると母にはいっておりましたが診断された際に小さく「お前の妄想かとヒヤヒヤした」と言われた時には、彼女が私のことをなんだと思ってるのかよーく理解できました。
この状態では恭弥様のおそば付きはできないということで即座に母の実家で静養することになりました。当然、父親は誰だという話しになり、白々しい攻防戦が繰り広げられましたが一応、父親はわからないということになりました。
実は相澤は、名家でありがちな後継問題に数十年単位で悩まされております。ただし、他家とは違って後継者が沢山いてというわけではないんです。逆で。
この家、直系が恭弥様しかおらず、ここ数代当主にご兄弟がいないという事態に直面しておりました。どの代も奥様が隠し子を探したみたいですが……どうも相澤の男は一途なようですね。良いことですが、生まれてくる子供が男の子でよかったですね!と言いたくなります。当然そうなると、分家の血は薄くなっているしで、直系が途絶えることが今危険視されてます。
何が言いたいかと言うと、妊娠が旦那様の耳に入ったとき、一言目は「産め!産んでくれ!」でした。電話の向こうから聞こえたときには、なんで旦那様の耳に入ったんだよ面倒じゃないか、と思わず口にしてしまいました。
話し合いの結果、『産まれたらDNAの検査して恭弥の子供だったら相澤が責任持ってサポートするから瀞が育てなさい。恭弥の子供でなければ育てられないなら施設に預けるなり、亜希が育てるなりしたらいいから。とにかく産んでくれ!』という形で押し切られました。
いやもう、堕ろせと言われることを覚悟しておりましたけれど。まさか産めと懇願されるとは思ってもいませんでした。
さてここまで閑話休題。
なぜこんなことをグルグル考えているかというと今現在、目の前に天翔で知り合ったお嬢様が三人、母の実家である柑奈の一室でに座ってるからでしょう。
……なんでいるんだ。
和室に座布団をひいてそこで私が現れるのを待っていたらしいのですが、柑奈のお手伝いさんに呼ばれてすぐに駆けつけてきたつもりでいるけどすでにに水戸様ーーいや、愛華の身体がプルプルしている。……正座だめなんですね。
「皆、足崩して」
和室の襖を閉めるなりそう声をかけて、それから上座に設けられた私の座る場所……に置いてあった座布団を掴み三人のそばに置いて座った。愛華と櫻井さんは頑張って正座を続けようとして、沙穂はもー無理!と叫んで足を崩した。
「沙穂にしては頑張ったね。愛華と櫻井さんもどうぞ崩して」
「ちょっと待ってちょうだい。なんで2人は名前で私は苗字呼びなの⁉︎」
「え?いや、2人はプライベートの時は名前で呼んでほしいって言われたから」
「抜け駆けでしょう⁉︎それなら私も名前で呼んでよ!」
「ごめん、莉子。莉子も足を崩して」
内心は焦りマックス。いや、2人は面と向かって名前で呼んでと言われましたが、莉子も呼んでよかったのですね。
「遠いところからお出でまして、ご足労おかけしました」
私はキッチリ正座をして三人に向かいあい頭をさげた。三人がここにきた意味を私がわからないはずがない。おそらく喋ったであろう沙穂を怒る筋合いは私にはないし、心配をかけたであろうことは愛華の表情でよくわかる。
「ん。心配しました、瀞さん」
「そうですね、私もまさか挨拶もなしに母の実家に押し込められるとはさすがにおもいませんでした。堕ろせと言われると思っていましたし」
「た……淡々としてるわね」
「そんなことないですよ。これでも結構焦っています。思っていたよりもお越しがはやかったので」
「お越し?」
「皆さん、思ったより早くいらっしゃいましたので」
言い直すと、あーと三人が納得してくれた。もう二三日後かと思いましたから。
すると、愛華が顔を引き締めて瀞さんと呼んだ。
「相澤くんも近くまできています。今日でなくても構いません。一度相澤くんとちゃんと話しをしてくれませんか」
「恭弥様はどちらに?」
「近くのホテルに、麻人くんと待機しています。瀞さんさえよければいつでもこちらに出向くそうです」
「あ、恭弥様がいらっしゃる必要ないですよ」
「瀞さん!」
どうも愛華は、私が恭弥様と会いたくないととったらしい。悲しそうな顔で私をみる。
違うんだな、そうじゃないんだな。私は、一文字一文字ゆっくり強調して言い直した。
「今から私が出向きますので恭弥様がいらっしゃる必要はないですよ」
さてと、どうやってこの家を抜け出そうかな。やけに警備と見張りが厳重で、攻略するのに時間が欲しかったけれどしょうがない!
まさか恭弥様にお越しいただくわけにはいかないし、どうせ、脱走するつもりだったしね!