理由を知りたい!(櫻井莉子)
保月さんがいなくなったことを知って、とりあえず相澤君の部屋から如月君の部屋に移った。呆然とする相澤くんをこれ以上保月さんのお母さんの側に置いておけないという如月くんの判断だった。
「亜希さんがどういう人か?相澤のメイドだよ。相澤の家の中のことは保月……瀞の父親よりも、あの人に聞いた方が早いってくらい詳しい人だな」
如月くんのお世話係でお馴染みの田沼さんが紅茶を淹れてくれて、如月くんから保月さんのお母さんの話を聞いた。
保月亜希さん。保月さんのお母さんで、保月さんをもう少し色っぽくしてお化粧して、髪を腰まで伸ばした綺麗な人だった。ああ、保月さんももう少ししたらこんなふうになるのか、と納得した。
愛華の目はキラキラ輝いていたけど、どうせ私の目も同じように輝いていただろうから何も言えないわよね。
そんな愛華は、紅茶に手も付けずに俯いたまま何も言わない相澤くんのためにカモミールティーを取りに寮に走って戻っていった。
「あたし!この前ホッとするお茶買ったからおすそ分けしてあげる!待っててね!」
「へえ。なんのお茶なんだ?」
「カモミール!」
思い立ったが吉日と言った風に走って出て行った愛華。
「……あのな、愛華。恭弥はカモミール嫌いだから飲まないぞー」
出て行った後でそんなこと言ったって聞こえるはずないでしょうが、このヘタレ王子!
急いでケータイに電話かけるけれど、なんでか部屋の中で鳴る始末。
もう!ケータイくらい携帯してよ!
追いかけるわけにもいけないし、私達は愛華が帰ってくるのを待っていた。
保月さんは事故の時の怪我が悪化したのだろうか。静かに待っているのはいけない。悪いことも頭によぎってくる。
保月さんは怪我が悪化したのだろうか。確かに最近調子を悪くしていたし、ご飯も食べるのが億劫になっていたし、思わず壁にすがってうずくまっている姿さえあった。
心配ではあったけれど、本人が普通に笑って大丈夫というから大丈夫なんだって納得した。
辛いなら辛いって言ってくれたらどれだけよかったか。保月さんにとって私達は、『麻人さまの彼女とその友人』で、今もなお『保月さんの友達』にはなれなかったのか。心のうちを話してくれるそんな関係にはなれなかったのか。
「恭弥」
如月くんが唐突に相澤くんに呼びかけた。
「……うん、わかってる。もう少ししたら復活するから」
「ああ、もう二度と会えないわけじゃねえんだから」
「ん……いや、瀞が自ら出て行ったなら多分もう」
「は?なんでだよ。事故の後遺症かなんかだろ?治ったら帰ってくるって」
「っていうのは、建前じゃないかな」
「ちょっと待って。どういうことなの?保月さん本当に帰ってこないの?」
思わず如月くんと相澤くんの会話に口を出してしまった。だってしょうがないでしょう?静養ってくらいなんだから新学期になったら帰ってくるとおもうじゃない。
そんなに容態は悪かったというの?
相澤君はなにか心当たりがあるようで、少し考えるようにして。如月君は口ではわからないと言ったけれど、本当はなにか気づいてるようだった。
「ちょっと二人とも?知ってること話してよ!私、このままサヨナラなんて嫌よ⁉︎」
私の言葉に二人は顔を見合わせる。と、私は黙ったままなにも反応しない沙穂を睨みつけた。
「沙穂、なんで黙っているの?あなただってこのままサヨナラなんて嫌でしょう⁉︎愛華だってこのこと知ったら!」
「うん、あたしも正直嫌だけどね、このままお別れなんて。結局、今なにがわかってんの」
沙穂の静かな声に私は血が上っていた頭が冷えた気がした。なんでってことはないけれど、たまに沙穂が急に大人びて見えることがあって血が上りやすい私を静めてくれることがあった。今のそれもそうで、私が怒鳴ったところでしょうがないでしょ、と声なき声で窘められたような気がした。
如月君は、私と沙穂をチラッとみて大きくため息をついた。
なによ。
「お前ら本当に瀞のこと好きだな」
「あったりま……」
「恭弥、いつ言ったんだ」
当たり前でしょ⁉︎と怒鳴りそうになって、如月君に遮られた。
え?なに?なにを?
相澤君は顔を歪めて、それでもなにも答えなかった。
「恭弥、言ったんだろ?瀞に好きだって」
……え?え?ええええええ⁉︎
「……莉子、気づかなかったんだ」
「なによ、沙穂知ってたの?」
ポソポソっと囁き合う私達は無視され、如月君は根気よく相澤くんに話しかける。
「お前が好きだって言ったから出て行ったんだろ?少なくともお前はそう思ってるんだろ?」
「……事故して退院してきたその日に」
小さく相澤君が呟いたその言葉に私は色めき立ち、如月君はやっぱりかあっ!と顔を覆った。女の子は恋バナ大好物です。
「……でも、なんで今さらなんだよ……っ!出て行くならなんでその時じゃなかったんだよ!まだ側にいてもいいんだって期待するだろ⁉︎」
その後の相澤君の叫びは、もう、胸を突かれた。
「考えれるのは、あれだな。ずっと考えてたけどやはり離れるべきだと思ったのが一つ。好きな男ができたが一つ。やっぱり恭弥を男としてみれな……」
「バカトぉぉぉぉっ!」
沙穂の平手が如月君の頭に閃いた。
「いってえ!なにすんだよ遠見ィ!つか、バカトってなんだバカトって!」
「あんたはデリカシーって言葉を持ってないのか!なんで傷口に塩を擦り付けんだよ!バカトはバカトだ!保月さんがなんかやらかしたら、バカトって呼べって前に言ってたんだよ!」
「やっぱ元凶はあいつか!」
二人がゼェゼェ言いながら言い合いしていたら、相澤くんが苦笑して二人を止めてくれた。
「いいよ、二人とも。その辺は僕でも考えついたから」
「そういう問題じゃないでしょ。で、どうするの?」
それでもまだ言い合いをし始めた二人を無視して聞いてみると、相澤君はうーんとうなった。
「とりあえず一度話をしたいんだよね。色々と謝らないといけないこともあるし、僕のお世話付きを離れてちゃんと保障されてるかもしりたいし、僕のせいだから最後まで……もちろん、瀞の意思は尊重する。でも、やっぱり側にいてほしいんだよね」
そう、と私は頷いた。そりゃそうよ「沙穂ぉぉぉぉっ‼︎」愛華が騒がしく戻ってきた。
ドアが音を立ててひらく。
「ちょっと煩いよ!なに?愛華」
「愛華、もう少し静かに帰ってこいよ」
「愛華、騒がしいわよ」
三者三様で愛華に注意してーー相澤くんは苦笑いするだけにとどめたーーそして走って戻ってきたらしい愛華にあれ?ってなった。
「愛華、カモミールティーは?」
「相澤くん嫌いなら意味ないじゃない!さっき明智さんに教えてもらったよ!」
明智さんというのは、相澤君の親衛隊の代表で一時期、私達とはそりが合わなかった人なのだけど、今は顔を見たら会話できるくらいになった。で、明智さんに教えてもらったのね、よかった。
「で、あたしに何よ」
「あ、そうだ!瀞さんからなにか聞いてない⁉︎出て行くこと」
え?
周りを見たら男2人もえ?って沙穂を見ている。
「なんで?」
「明智さんが沙穂なら知ってると思うって言ってたから!」
「遠見さん、なにか瀞から聞いたの?」
思わずと言った風に相澤君が身を乗り出す。逆に沙穂は身を引くようにして、ええーと嫌そうにしている。
「って言われてもさー」
「あのね、明智さんが瀞さん最近ふっくらとしてきたよねって言えって」
愛華がそう言った瞬間、沙穂の表情が一瞬消えた、ように見えた。
「明智さんがそう言ったの?」
「うん」
ふっくら?保月さん太ったってこと?なんで太ったからなに?
相澤君のと如月君も首をかしげた。
あー……と沙穂はうなった。
「まあ、あたしもこのままはイヤだしなあ」
そう呟いて
「保月さんね、こう、『こないんだよねー心当たりはあるんだけど』って言ってた」
下腹部を抑えて。こないんだよねって何が?って、は?え?この流れってそういうことよね?
相澤君は顔を真っ青にして立ち上がり、如月君と愛華はなにが?と首を傾げた。如月君はともかく愛華、あんた。
「相澤君は気付いたみたいだけど、如月くんはよく覚えておきなね。あと愛華、あんたはなんでわかんないのかなぁ。女の子がお腹抑えて『来ない』ってのは生理のことで、大体が『赤ちゃんできたかも』って意味よ」
沈黙。
やっぱりね、って言うよりもは?え?と考えがまとまらなかった。
「ええええええ!うそぉおぉぉっ!」
「愛華、ちょっと黙ってくれ。恭弥、心当たりあるか」
よね。相手の一番の候補は相澤君よね。
相澤君は、口元を右手で覆って小さく「ある」と答えた。私の顔が赤くなるのがわかる、し、愛華の顔も真っ赤である。初心とか言わないで、うちの学校、結構こういうこと免疫あるほうが少ないのよ。
すると相澤君はそのまま、ねえ、といった。
「ねえ……麻人、どうしよう」
どうしようって!なにを言ってるの⁉︎どうしようって思ってるのは保月さんの方でしょ⁉︎
と叫びかけた。
さすがに如月くんも聞き咎めたらしい。
「あのなあ恭弥、」
「ものすごく嬉しい」
相澤君の目は輝いていた。
え。そっちなの?
「だよな、お前は嬉しいよな。そうだよな、そうだよな!」
如月君、投げやりにならないで。
と、急に相澤君はあ!と叫んだ。
「こうしちゃいられない!今どこにいるか聞かなきゃ!大丈夫、家を出る覚悟はいつだってできてる!」
止める間もなかった。風のように相澤君が出て行く。
「瀞の母さんが教えてくれるわけないだろ、つーか亜希さんが一番怒ってるから聞きに行くなよーって聞いてねえよな」
だからそんなところでポソッと呟いたって聞こえるわけがないっていってるじゃないのよ、このヘタレ王子!