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君がいるから  作者: 智遊
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急転(相澤恭弥)

放課後の教室はやけに静かだ。

恭弥は窓に寄りかかり、外からかかる西日で本のページをめくる。

しばらくした頃に、廊下から足音が聞こえてきてそして、教室のドアをあけた。


「ちゃんと一人できたんだ。ちょっと意外だったかも」


本を閉じながらそう言うと、相手は眉をしかめる。本に栞はしない。元々、この人を待つために持ってきたただの暇つぶしであったから。


「よく言うな。親衛隊をつけて一人で越させたんだろうが」


思いもよらないその言葉に恭弥は首を傾げた。ん?親衛隊?


「……僕、親衛隊を君につけた覚えはないけど」

「嘘をつけ。じゃあなんでお前の親衛隊が俺を迎えにくるんだよ」


と言われても、恭弥は知らないとしか言えなかった。そもそも、この話は移動教室の際にすれ違った時こっそり交わしたもので親衛隊はおろか、瀞や麻人にさえ話してないのだし。とそこでふと気付いた。


「江本、お前だれかにこのこと言ったんじゃないのかい?そうでないとあの子達が知ってるわけないとおもうんだけど」


そんなわけあるか、と江本が言いかけて口を噤んだ。どうも心当たりがあるらしい。

馬鹿な奴だ。この学園で自分と対立した上に呼び出されたことを人に言うなんて。

肝が据わっているのかもしれないけど、無謀ともいう。それは、すぐに人の口に上って親衛隊の耳に入っただろう。

一つため息をついて本題に入ることにした。

なにしろ恭弥は早く帰って、瀞と短い2人の生活に戻りたいのだから。こんなところで三下に付き合ってる暇なんて本当はない。


「まあ、そんなことどうでもいいんだけどね。とりあえず瀞から手を引いてくれない?」


瀞という呼び名に一瞬誰だかわかってない様子で眉を顰める。ふん、こんな男に瀞をーー愛する彼女を渡すわけにはいかなかった。


「瀞は僕の、なんだよね。いずれ婿をとらすだろうけれどそれはお前じゃないよ。僕よりいい男で瀞が僕以上にベタ惚れしない限りには渡さないことにしてるんだ」


例えば、親友の如月麻人のような。だから、お前じゃないんだよ。

恭弥は江本を冷ややかに見据えた。


「サマーパーティに瀞はだそう。けれど、お前とは踊らせない。いいね」



※※※※



サマーパーティが終って夏休みが始まった。

普通なら実家に戻って旅行なりなんなりって行く都思うでしょう?けれど残念。

今年は、二年生。来年受験と卒業を控えた身として、今年は、半分実家に戻って、半分は寮で過ごそうという流れになってしまった。

偶に、補講に出たりなんかして、麻人と恭弥が残ると知って前半の休みは帰宅生は半分もいなかったらしい。

残された時間を友達と過ごすために。


「あー、今日瀞さん来れたらよかったのにねー」


水戸さんがとても残念そうに言うと、麻人のコメカミがピクリと反応した。

顔、顔。引きつってるよ、麻人。

麻人の初恋も瀞だった。吹っ切れてはいるんだけれど、昔からずっと側にいたせいか瀞を男友達みたいに扱っている。いや、いいんだけど。でも、そんなあからさまに嫉妬しないでも。あの子、女の子だから。他の子にはそんな反応しないのに、瀞に対しては過剰な反応をする。


「まあしょうがないわよね。休みの間にマンションを片付けておきたいって言ってたし。綺麗に片付いてるのにね」


櫻井さんが僕に挑発的な視線を向けてきた。


「んー、主家のほうはね。使用人部屋は知らないよ?入ったことはないから。でも、瀞の事だから片付けることなんてないと思うんだけどな」


櫻井さんの、恐らくはカマかけをスルーして答えるけれど、事実、瀞の生活スペースに僕は立ち入ったことはない。

そこに遠見さんが、さっき買っていたサツマイモのお菓子を櫻井さんの口の中に入れて有耶無耶になる。

近くのショッピングモールに行って、ウインドウショッピングやらイベントやら楽しい時間を過ごした。

皆が出し合ってケーキを買い、これを瀞へお土産にするって話になったので僕はささやかに入浴剤を何個か買っておいた。ネックレスやピアスをする柄じゃないし、服を買ったとしても着れるわけじゃない。靴や帽子と言っても難しいから小さい消え物をお土産に選んだのだ。

最近、調子悪いしね。


「あ、……あー、病院行かすんだった、今日」


思わず呟いた言葉に全員があ、と反応する。


「瀞さんのこと?」

「あー、あいつ最近調子わるそうだったもんな。まだ病院に行ってないのか」


水戸さんと麻人が食いついてきたので、しまったと思いつつ、うん、と頷いた。


「行く行くとか言ってるんだけど、行かないんだよね。あー、明日強制的に行かせよう」

「ああ、そうしろそうしろ。行かなかったら俺が無理やり追い出してやるよ」


とか言いつつ、麻人が一番あしらわれるのにこの自信。クスリと笑ってしまう。

そんな話をしていると、マンションのドアの前まできていた。

コールは押さない。今までそんなことはなかったけれども寝てるかもしれないし、手が離せないかもしれない。

それに驚かすのも面白い。サマーパーティの日は本当に面白かった。

まさか、用意したドレスを袖通してくれていたなんて思わずにこっちもおどろいたけれども。

エレベーターで上までのぼって、麻人の部屋を通り過ぎて自分の部屋の扉を開く。

また鍵がかかっていない。もう。危ないなあ。なんて思って。


「お戻りなさいませ、若様」


迎えてくれたのは瀞、ではなかった。

黒いスーツに身を包まれた瀞によく似た女性だった。

瀞の母親、だった。


「亜希さん、お久しぶりです。瀞は?」


本邸の使用人頭である亜希さんがなんでここに。瀞が事故したときも最低限しか顔を出さなかった人なのに。


「娘は、体調を崩しまして静養に出しております。本日は私が身の回りのお世話をさせていただき、明日より久保田が参ります。さあ、お連れ様もお暑いでしょう。中にお入りくださいませ」


それは直感だった。

というよりも心当たりがあったからだろうか。いつかもしかしたら、こういう事が起こるかもしれないと思ったからだろうか。


「……亜希さん、瀞は戻ってこないの?」

「静養が長引けばあるいは」


元から感情を露わにする人ではない人だけれど、言葉の端々に滲むものにちゃんと理解できた。

瀞は、選んだのだ。僕の手を取るよりも、身を引くことを。あと1年半の猶予を許さないことを。

あの日、「僕」に包まれて涙した彼女は「僕」の手からすり抜けていった。

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