フリーダンス
「瀞さん、今日もカッコいいです」
「ありがとうございます、愛華。貴女はいつも美しい」
愛華さまの顔を両手で挟んで自分の方に向ける。目が潤んでいてとても可愛らしい。見つめ合う二人。近づく顔と顔。
ーーそして。
「ちょ、お前!愛華に手を出すんじゃねえっ!」
それを引き裂くヘタレ王子。爆笑する外野。
油断も隙もあったもんじゃねえ!と怒鳴りながら水戸様の腰を抱いて私から距離を取るのは、ヘタレ王子こと如月麻人さまでいらっしゃいます。
ちゃんとエスコートするために正装に身を包み、真っ赤な薔薇を一輪胸にさして……ちょっと待ってください?
水戸様のティアラに真っ赤な薔薇がくっついてるなー、浮いてるから毟ろうかなーって思っていたら犯人貴方ですか、ヘタレ王子。センスないんですかダサダサ王子。
「瀞、全部口に出てる」
おや、恭弥様。口に出ていましたか。まぁ、いいんですけどね。聞かせるために言ったんですから。とにかく。
「二人ともその薔薇を抜いて今すぐ捨てなさい。ええ、捨てなさい。如月の本家に泥を塗りたくないなら今すぐお捨てなさい、大バカども」
この二人は目を話すと黒歴史を作ってゆくからいけない。
すぐに懇意にしている花屋に連絡し、ピンクの胡蝶蘭を中心にストックの小さなブーケを用意してもらう。麻人様に花は必要なし。というか、飛んで行きでもしたらどうするつもりなのだろうか。快く思ってない連中を喜ばせるだけではありませんか。
「で、保月さん。あんたは結局ソレなわけ」
櫻井様の言葉に改めて自分を見直してみる。黒のフロックコート。に白のワイシャツ、黒のパンツ。タイの色は深草色。完璧な男物でございます。
恭弥様は今日の日のためにドレスとフロックコート両方を用意してくださいました。お優しい。しかし、この保月、やはり恭弥様のお側にいるからには男の格好でなければいけません。
ええ、そりゃもう。ダンスのお誘いを頂いてはいけません。完膚なきまで潰しておいた江本のような輩が出てこないとはかぎりませんから。
※※※※
皆様、こんばんわ。私の名前は保月瀞。今日も今日とて恭弥様のお側に侍り、残り少ない時間を恭弥様の元で過ごしております。
本日は、待ちに待ったサマーパーティの日でございました。過去形ということは、私は数時間で既に退席させていただいており、恭弥様も今は晩餐を楽しんでいらっしゃる時間帯でしょう。
私がドレスを選ばなかったことに少し残念そうになさっていた恭弥様には申し訳ないのですが、踊るわけにはいかなかったのと皆様にあのドレスを披露するわけにはいかないのとでフロックコートを選ばせていただき、恭弥様の後ろで雰囲気を楽しみました。
クルクルクルクル踊る恭弥様の楽しそうな表情だこと。お隣に並ぶ方々が微笑んで恭弥様をみていました。恭弥様はチラッと私の方をご覧になってイタズラっぽく笑うのです。
なにがそんなに面白かったのでしょう。
ただ、他の女の子たちと共に皆様の踊りを拝見させて頂いてただけですのに。その中に割り込んできた男どもは、キッチリ締めてボディーガードもしていましたのに。
……まあなんの不幸かその中に麻人様が混ざってましたが。
回想しながら、姿見の前でクルリと一周してみる。鏡の中の少女ーーいや、もう女性かーーも同じ様にクルリとスカートを翻して一周した。
濃紺の生地に銀糸がちりばめられているドレスは恭弥様のネクタイと同じ物。
馬鹿な恭弥様。こんなものを着てパーティーに出席できるわけないじゃない。一目でどういうことかわかってしまう。
胸のすぐ下で切り返してあるAラインはそれでも、動けば足にまとわり付き、歩けば靡く独特なデザインのもの。こんなもの、オーダーして一月で出来上がるわけがない。ということは、江本が絡んできたときには既にオーダーはしていたということだしーー江本は後日恭弥様親衛隊によって再起不能に陥っていた。明智様こわい。その後、なにかしら恭弥様もケリをつけたと仰っていたーー、その前から考えていらっしゃったのだろうか。
もしそうだとしたなら、嬉しい。そしてごめんなさい。
恭弥様、申し訳ないことをいたしました、折角のドレスを。保月はとても嬉しく思います。
いつの間にか、瞑っていた目をあけると目の前の女性は瞳から涙を流し、胸の前で手を組んでいた。
頬を拭い、用意されていた手袋をつけ、ネックレスと、そして、指輪をつける。ティアラではなく、石のついた櫛をつけ。
もう。手袋は白いくせに銀糸が入ってるし、ネックレスのモチーフはハートだし、恭弥様の誕生石であるサファイアだし。
指輪は名前が入ってるし。
あまりにもあからさま過ぎて、麻人様や女子陣にすら見せることができなかった。
明らかな思いに私は返すことができない。
けれどやはり、恭弥様の気持ちが今の私にはとても嬉しいのだ。
と、ガチャリと主家のドアが開く音がしてハッとした。まだ晩餐の時間である今の時間帯にだれだ。
主家につながる使用人部屋の扉に張り付いて外をうかがう。
「瀞、ただいま。また鍵を開けっ放しにして。危ないからしめなさいって言ってるだろ?」
キッチリ玄関のドアを閉める音がしてから響いたのは恭弥様の声だった。
恭弥様?
思わず時計を見るが、まだまだ晩餐の時間だ。
すぐに使用人部屋のドアをあけた。
「お帰りなさいませ、恭弥様。なにかございましたか」
なんでこんな時間に帰ってくるのか。江本とまたなにかあったのか、それとも麻人様の馬鹿に辟易してお帰りになったのか、それとも。
リビングに向かう恭弥様を慌てて追いかけると、恭弥様が微笑みながら振り返った。
「ただいま、せ……」
そして固まった。
あれ?恭弥様?どうなさいました?恭弥様!おーい恭弥様ー!
「瀞、……それ」
それ?どれ?あ、これ?
視線の先を追って自分を見下ろして、そして羞恥で自分が熱くなるのがわかった。
私はドレスだ!
「あ……え……あの、これはですね恭弥様」
「あははははは!瀞真っ赤!かーわいい!」
そう言いながら、ご自分も真っ赤になって笑う恭弥様。ええい!開き直れ!
「それは、恭弥様からの頂き物ですから一度は袖を通さなければいけませんでしょう」
「うん、よく似合ってる、やっぱり僕の見立てに間違いはない」
さっきまで笑っていらっしゃった恭弥様は何処やら。
微笑んでそして私の左手をとる。
タキシードに濃紺のネクタイ。そこには銀糸が刺繍されている。私のドレスとお揃いのネクタイ。
「お前がちゃんとこの指にはめてくれてることに僕はホッとした」
私はそれよりも、左の薬指のサイズをどうして恭弥様がご存知なのかが驚きでした。
その手を恭弥様が引っ張って私を抱きとめ、どちらともなく身体が動き出していく。
ワンツースリー、ワンツースリー。
少しテンポの速い音のないワルツ。
恭弥様の自然な笑顔が私を引っ張って行く。
「どうして晩餐を途中で切り上げられたのです?」
「ん?途中で気にかかってしょうがなくてね」
「なにがですか?」
クルクル
クルクル
「瀞が一人で御飯ちゃんと食べてるかどうか。最近体調を崩していたから、ね」
心配をおかけしてしまった様です。
「どうか、あまりお気になさいませんよう」
「じゃあ、早く元気になって。それより、瀞、ちょっと太った?」
なんと!
「レディに失礼ですよ恭弥様」
「ふふふ。ごめん。でも、ドレスが少し思ったよりもフワってしてるから。サイズの目測誤ったかな」
このドレスの形で気付くなんてさすがは恭弥様。目測は誤っていません。
「ふふふ。ちょうど良いではないですが。これは私の一生の宝物です」
二人でクスクス笑いあう。この時間がずっと続くと良かったのに、時間というものはときに残酷なのかもしれません。
私よりも少しだけ背の高い恭弥様。
重なる唇。
さようなら、恭弥様。