二年目のサマーパーティ(如月麻人)
天翔学園。
名門と言われる家の出から一般生徒まで幅広く在学している、私立学校の高等部に如月麻人は通っていた。それこそ幼稚舎から通っているいわゆる天翔男子である。
幼稚舎、初等部は名門の家の子息、令嬢が通い、中等部から外部の一般生徒も通えるようになる少し特殊な学校。となれば、幼稚舎から通ってる生徒と、中・高等部から入学してきた生徒とはやはり線引きというものが少なからず存在した。
※※※※
とにかくその時、恭弥の傍にいてよかったと麻人は心底思った。確かに、昼食はこの親友ととるのが基本だが、もちろんそうでないこともある。恭弥のお側付きで、恭弥命の保月瀞が今この場にいないことと同様に。
『あいつ、愛華たちとガールズトークで昼食ってくるとか言ってたけど、あいつがガールズとかマジねえだろ』
そもそも、男子の猥談に余裕で入ってこれる女子とか、もう女子じゃねぇんだってな!とか思ってる時点で、麻人の女子に対する理想が現実を見てなくて、それが瀞にからかわれる原因なのだと本人は全く気づいてない。つまり、麻人の中でガールズというのはキャハハウフフの世界で男子不可侵の聖域だと思っているわけで、あの外見も中身も男装している幼なじみが入れるところではないと思っていた。
そして、そんな彼にだれも現実を教えることはなかった。
その恭弥のお側付きがこの場にいないことが運か不運か。
とりあえず、恭弥の親衛隊のリーダーである明智嬢が身を翻して走っていったのを見たから、とにかく早くおさめなければ余計な混乱が起きる……とか考えて頭痛がする。
「つまり……なに?保月をサマーパーティに出せって?冗談だろ?あの子使用人なんだけど」
冷え冷えとした声が食堂に静かに響いた。
なんでだ?なんでそう大きくもない声で言い合ってるのに声が響くんだ?おい、席で飯食ってるお前ら、こっち注目せずにわいわい食ってろよ!
心の中ではそう叫びつつ、外面は壁に寄りかかって腕を組んでる麻人は、とにかく絡んでるお前、まだ許してやれるから謝って戻れと祈っていた。
「今時使用人、使用人って!その前に彼女は天翔の生徒だろ」
「天翔の生徒だけど、使用人だからね。他の上流の生徒が嫌がる」
「そもそも、そこが間違ってるんだ!今このご時世に使用人だなんて差別して」
「差別?使用人って立派な職業なんだけど。江本くん、君が差別してるんだよ、それ」
ことの発端はなんてことはなく、昼食を終わらせて食堂から出ようとしたら江本とかいう男子生徒に絡まれたというだけのことで、そして今に至る。
というか、麻人は彼のことは知らなかったのだが、恭弥が名前を呼んだところから恭弥の知り合いではあるらしい。もしかすると、絡まれたのも今日が初めてではないのかもしれない。
「おい、お前江本っつーの?いい加減にしとけよ、大衆の目前で。人それぞれだろ?使用人連れてくるのも連れてこないのも。ついでに、うちも使用人いるし、この中でも大半は連れてんぞ」
麻人が口を出すと、江本がキッと睨み付けた。
「彼女は未成年だ!」
「正確には『使用人見習い』だよ、見習い。使用人は成人してる人だけ連れてるとおもったら大間違いだね。公言してないだけで学校内に連れてきてる人他にもいるから、下手したらその人たちも侮辱することになるよ」
いい例が明智嬢で、いつも連れている取り巻きの中に、一人使用人見習いの女子生徒がいて今もこちらを睨み付けている。
おい、お前主人どこか走っていったぞ、追いかけないでいいのかとか思いきや、スマホでこの会話録音してるし、おい、明智?明智ーどこ行った明智ー!
その間にも江本が突っかかり、恭弥が静かに反撃をしている。
麻人の予想が正しければ、おそらく明智は瀞の元に走ってるはずだから……
「恭弥様、失礼をいたします。公衆の面前でどうなさいました」
静かでいて、男性にしては少し高く女性にしては少し低い声がして麻人はそちらに目を向ける。
声の通り、麻人や恭弥と同じ制服を身にまとった保月瀞が口元に微笑を浮かべてこちらに少し歩を進めた。
保月瀞。麻人と恭弥と同じ年にして恭弥の側付きを務め、恭弥の親はもちろん麻人の親にも信頼を置かれてる女性である。
女子の制服が壊滅的に似合わない彼女は、嬉々として男子の制服を着用して学生ライフを謳歌していた。
その保月瀞が優雅に食堂に入ってきて恭弥に一礼をする。後ろには誰もおらず一人できたらしい。顔は涼しい表情保っているし、男子の制服も乱れてるところはない。が、きちんと揃えてある髪の生え際のところに若干汗が見えるから走ってきたのだろう。
「保月、なんでもないよ。それよりも他の子は?」
「まだお食事をされているようでしたのでお先に失礼させていただきました」
瀞の顔を見てホッとしたのか、奮起したのか。昔から恭弥が『格好よくあろう』とするのは瀞の前だからだと幼馴染である麻人はよく知っていた。
「なにがございましたか?」
「なんでもないんだけどね、ちょっとした意見の相違かな」
「意見の相違?違うだろ!保月さん、一緒にサマーパーティに出席しよう!」
恭弥と瀞が話してるところに江本が割り込む。驚いたように瀞が一歩引いたが、その身の引き方は、すぐに恭弥を庇える位置に身を動かしたものだ。
江本は驚いて引いたのだと取り、ゴメン、と言って少し距離をあける。恭弥は麻人と同じように理解したらしく軽く眉を顰めた。しょうがないとは割り切ってるのだろうが、やはり庇われるのは気に入らないらしい。瀞の袖を軽く引っ張って自分の後ろに追いやった。
「江本くん。私は、使用人ですのでパーティーは出席しません」
「でも、パーティーの出席は天翔生の権利だ!」
「そうですね。ですから、使用人とはいえ普通に通ってる方々はパーティーに出席する権利がございます。ですが、私は、恭弥様の身の回りのことをするために派遣され、外の高校に通うのならついでだから天翔に通いなさいと恭弥様のお父様に許可を頂いたのです。ですから、私は他の方々と違いますから。お気持ちだけありがとうございます」
「けれど、だからと言ってパーティーに出席できない理由になるか!そもそも女性なのに男子の制服を着せられて!君という意思を殺されてるじゃないか」
この男は馬鹿なのだろうか。きっとこういうやつは何を言ってもわからないのだろうな、と麻人は呆れた。
こういうところで、環境の差は出る。
きっと、根っからの天翔生でないと恭弥と瀞の言ってることは理解できないのだろうな。しかし、麻人にとってはだんだん面白くなってきたところだった。
あの瀞がどうやってここから反論するのか。それが見ものだった。
「保月、行こうか」
「いえ、恭弥様。ちゃんと言わねばいけません」
恭弥が不安そうに瀞をみる。
そんな恭弥を微笑んで宥め、チラッと麻人のほうを見て、ふっと鼻で笑った。ように麻人にはみえた。
あいつ、なんか勝ち誇ったような顔してやが……違う、見ていろという合図か、と思い直した。
「江本くんはどうもなにか勘違いされてるようですが、私は欲しいものに対してや、やりたいことに関して、一切妥協したことも我慢したこともありません。逆に、望んでないことを強制されたことも一度たりともありません。はっきり申し上げれば大変不快「保月。言い過ぎ」失礼いたしました」
顔を両手で覆った恭弥がすかさずストップをかけた。わざとらしく一礼して、瀞はチラッと麻人に視線を送る。麻人は、なにを言いたいのかわからず、眉をしかめるが次の瞬間、チラッと顔を上げた恭弥を見てナルホド、お前いい加減にしろ!と叫びたくなった。
自分ではいつも通りのつもりなのだろうが、少し朱くなった頬、少し伏せて瀞を見ることのない瞳、にやけないように噛んでる唇。
恭弥が照れてる!
瀞がニヤニヤしている。主人には隠してるらしいが「恭弥様可愛いぃぃっ!」と壁を殴ってる姿を麻人の前では晒しているので、正確に何を考えているかわかった。
あのオトコオンナ、次はなに壊す気でいるのだろうか。
江本は怒りでプルプル震えてはいたが、恭弥が立ち去ろうと歩き出すと瀞もそれに続いた。もちろん残る気は無いので麻人も遅れないようにその場を去る。
元々、瀞は恭弥に関わらないことには無頓着ではあったけれど、今日は下手を打ったなと麻人は思い返す。
あれでは恥をかかされた江本が瀞を恨むばかりか恭弥までとばっちりがきそうだ。
麻人ははあっと溜息をつき、自分が動かないといけなさそうだなと呆れたように、その実、あまりないこの機会を嬉しく思っていた。だから、瀞の異変に彼が気づくことはできなかった。