プロローグ
たまにそれとなく告げられる言葉がある。
少し口を尖らせて、困らせてるのは分かってるけれど言わずにはいれないという風に告げられる言葉。
好きだよ、と正直な言葉がとても嬉しくてとても切なくて胸を苦しくさせる。
「僕の瀞」
その言葉にむず痒い思いをしながらそれでも笑顔で流すとクスクス笑われた。
「少しくらい僕の恋愛ごっこに付き合ってくれてもいいのに」
「恭弥様、ごっこ遊びの年齢は過ぎましたよ」
「本当につれないなー」
それが面白い、という風にまたクスクス笑われるのだ。
この方は、この使用人にどう返せと言うのだろうか。私が返答に困ると言うのはわかっているだろうに。
それでも
『私も恭弥様が好きです』
と言えばいいのだろうか。
『生まれるずっとずっと前から貴方のことが好きなんです』
と言えばいいのだろうか。冗談ではない。
私のこの生は、恭弥様を幸せにするために存在するのだ。ゆくゆくは、恭弥様が心から愛せる方を探し、お側で幸せそうな恭弥様とそのお子様を見つめながら恭弥様のお仕事を支えるのだ。
それが私の幸せのはずで。
そのはずだったのに、それだけでは済ますことのできない感情も、恭弥様の気持ちに浮かれる自分も存在することも確かだった。
人は愚かな選択をするものだ。
本来ならばここで恭弥様を突き離さなければならないというのに。それでも、恭弥様と自分の気持ちを許してしまうのは、それは甘さなのだろうか。
「瀞、瀞」
物思いにふけっていると恭弥様が左手でご自分の目を覆い、右手で私の服をチョンチョンと引っ張って呼んだ。
「……失礼しました、恭弥様。少し物思いにふけっておりました」
「うん、現実逃避なら後でいくらでもしてくれていいからこれどうにかして。あとでついでに小言も聞くから」
そう言って恭弥様が指差したのは、なぜだかは知らないが中身が異様に少ないマグカップと、これまたなぜかは知らないが牛乳が爆発した形跡のある電子レンジだった。
恭弥様。牛乳の沸点はとても低いのでございます。次からホットミルクが飲みたいときは、私の帰宅をお待ちいただくか、デリバリーをお願いしてください。
皆様、大変ご無沙汰をしておりました。
私の名前は保月瀞。
漫画『君がいたから』の世界に転生して16年。高校二年の初夏がやって参りました。
既に、私が知っているストーリーは終了し、死ぬかと思ったイベントもあっさり帰還。
私の大いなる野望である、主人の恭弥様の思いびとが誰なのかも知り。
どうしたらいいのでしょう。
恭弥様のために私はどうしたらいいのでしょうか。
今日も今日とて、恭弥様の幸せのためにこの保月瀞!知恵を振り絞って考えます。
あ、恭弥様!いけません!そのカップはまだ熱いので触っては!
ギャーーー!
飛び散ってませんか?牛乳!飛び散ってませんか⁉︎割れたカップは触ってはいけません!
とりあえず服は脱いでください!
ええ、今すぐここで!ヤケドしてはいけませんからね!早く脱いでください!
さあ!なにを躊躇ってらっしゃるのです!恭弥様!さあ!
ん?なんで恭弥様は怒っていらっしゃるのでしょうか。あれ?