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98、悪魔の陣 ~さあ、始めましょう~

「ぐっ……!」


「せ、西治……」


「何だ、貴様ら。挑んで来た割には、随分な雑魚共だな。蛮勇だ。偽善だ。そんなに人々を助けたかったか? そうかそうか、真に結構なことだ。貴様らのお陰で他の民衆は逃げられたみたいだな。はっはっは! 大した精神だ!」


「ぐううっ……!」


「西治クン……!」


 打ちつける雨が体に浸みる中、ヘリヘスの手には西治の首が握られていた。


「結局最後には皆滅びゆくと言うのに、貴様らはその順番にこだわる。はっ! 守られるより、守った方が早く死ねていいもんなあ! ああ!?」


「ぐはっ!?」


 無造作に投げ捨てられた西治は、そのまま道端にひれ伏す。


「どいつもこいつも、貧弱なやつらばかり……遊びにもならねえ」


 灰色の中で輝くその双眸は得物を狩るそれというより、破壊を楽しむそれであった。


「み、皆……逃げるんだ……」


 海王が必死に声を絞り上げて言う。しかしながらもう四人に動く力は残っていない。


「おい小僧。随分御立派じゃねえか。だが……格好つけるのも大概にしろ。そういう正義のヒーローごっこは腹が立つ」


「っ……!?」


 声にならない程の激痛が海王を襲う。


 もう、勝ち目などない。


 四人はヘリヘスに挑み、完膚無きまでに叩きのめされた。


 勝てない。


 そして、殺される。


「そろそろこいつらの相手も飽きたな。取り敢えず四人共盛大にぶち殺すとするか……全く、もっと張り合いのあるやつはいねえのかよ」


「それはもしかすると、俺のことなんじゃないか?」


 雨が降っている。


 そんな中、不敵に笑う、一人の偽勇者が現れた。







          ――――――――――★――――――――――







「ああ、心の関節は外れてしまったわ……」


 闇を闇で包む空。暗雲立ち込める混沌の空。


 その真ん中に浮かぶ少女、白邪は、おかしくなった訳ではない。


 おかしく「なった」訳ではない。


 彼女は元から「違った」だけなのだ。


 人の性格に数を決められないように、彼女もまた、その無数の内の一つを持っていたというだけのことに過ぎない。


 一人ひとりが持っているオンリーワンのもの。それが彼女の場合、特殊過ぎただけである。本来特殊も何もない。それぞれ一つひとつが違うものなのだから、特殊という括りは存在しない。


 しかし彼女はあまりにも違い過ぎた。


 個人個人がオリジナリティを持つとは言え、類似性はある。人間同じ世界で、同じ場所で、同じ風に生きているのだから、個人の持つ真のオリジナリティというものはその中で薄れてしまうものであるはずだった。


 だが、白邪は違う。


 皆と違って、元々違う。


 今も違う。


 故に彼女は、おかしくなった訳でも、元からおかしかった訳でもない。


 昔も今も、ただ一人の恋する少女である。






          ――――――――――★――――――――――






「……これは、予想外ですね」


 白邪のいる空の付近に辿り着いたレレスはその白い仮面を上空に向けると、緊張感のない声ではあるものの懸念の言葉を口にした。


「どう思いますか? ログ」


 レレスがその疑問を放ったのはログという少年、小学生くらいの男の子であった。しかしながらその体に見合わず、全身に重装備がされており、背中には巨大な剣が数本、少年の頭を越えて背負われている。その他防具も見るからに重厚感溢れるようなものばかりだ。


「僕の予想に外も内もないが。これは全員呼んだ方が良いだろう」


 荘厳とも言える装備を身に着けた少年は、淡々とした口調で返事をする。その声色は非常に落ち着いていて、見た目と釣り合っていない。


「そうですよね。まあ、私もそう思ったので、既に連絡はしてあるのですけれど」


 布のどこからか、明らかではないが、微笑と取れる声が聞こえた。大雨の中に浮かぶ黒い布は中々に恐怖を感じさせる。


 しかし現状、そんな見た目だけの恐怖より遥かに強大な恐怖が存在した。次第にその大きさを増していく空中の巨大な漆黒の円は、その存在と共に世界に悪を振りまこうとしている。






          ――――――――――★――――――――――






「そうだ……後で綺慧瑠君に会いに行かなくちゃ……」


 両手を広げながら、虚ろな目をした白邪は力を込める。


 どんな力か。


 異世界から来たただの女子高生に、どんな力があるというのか。


 いや、その疑念は不要だろう。


 なぜなら、この世界の力は想いの力だからだ。


 無限に広がる想像力と、一心を貫く想いの力こそ、この世界の力の源なのだ。


 故に彼女は、白勇者白邪は、彼を想い、その力を解放する。


 彼に見限られた。


 捨てられた。


 事実を見れば、彼女はそう捉えただろう。


 だが彼女はそれでも、彼に対する想いを捨てなかった。


 希望を捨てなかった。


 煌々川綺慧瑠に対する想いが、白邪の唯一の源であるが故、彼女はそれを諦めることができない。


 その希望が他者にとっての絶望になるとしても、彼女は彼を諦めない。


 彼が手に入らないのなら、彼以外の全てを滅ぼす。


 単純な話。


 要らないものを先に削る。


 分かりやすい。


 そして白邪にはそれを成し遂げる力がある。


 魔の力。


 魔法。


 悪魔を召喚し、この世界を――


「滅ぼすのよ――」


 直後、白邪を取り巻く数々の円が不気味な輝きを放ち始めた。それと同時に、周囲には何かをこすり合わせたような不快な音が広がる。





          ――――――――――★――――――――――





「こ、これは……」


 先程までは余裕を持って少年と喋っていたレレスも、いよいよその声色を変えてきた。


「レレス。連絡を入れたのはいつだ。後どれくらいで来る」


 ログと呼ばれた少年も余裕がなくなってきているようで、急かすようにレレスに尋ねる。これから起こることに対して、経験的に恐れを抱いているのかもしれない。小さな少年にそこまでの経験があるのかと言えば普通はないのだろうが、この少年にはそういう年齢的なことが感じられなかった。


 そんな少年の懸念とほぼ同時に、災厄は起きた。


 突如地上に現れた魔法陣から、怪物が現れたのだ。


 右に一つ、左に一つ。


 後ろに一つ、目の前に一つ。


 宙に一つ。上空に一つ。


 さらに一つ。もう一つ。


 次々と発生する魔法陣から異形の怪物がなだれ込むように出てくる。


 人間程のものから、大型動物程のものまで、多種多様な怪物が、一気に溢れ出た。


 それらの目は揃って真っ赤に染まっており、翼の生えたもの、角の生えたもの、強靭な爪を持つもの、強固な尾を持つもの。


 それらが枯れた森と開けた大地に降り立った。





          ――――――――――★――――――――――





「さあ、始めましょう……」


 白邪は大地を見下ろした。


 正に今、世界の破壊が起きている。


 始まっている。


 世界は変わる。変えられる。


 自分にはその力がある。


 だから、世界を変えて、もう一度彼に会おうと、そう決めたのだ。


 今、大地は大量の悪魔に支配されている。


 全て彼女が召喚したものだ。そして現在でも、その悪魔の数は着々と増えている。


 現在は周辺だけしか存在していないが、これから次々に召喚されていく悪魔は次第に街の方へと進み、あるものは東へ、あるものは西へというように、その活動領域を広げていく。


 内部からの侵略。


 悪魔達による、世界征服。


 そしてそれが終わったら、自分が彼の元へ行けば良い。


 何も心配することはない。


 すぐに終わる。


「それまで私は……」


 ずっとこの空に居続けるのだろうか。


 すぐに終わるとは言っても、流石に数日かそこらで済むものではない。


 ならば、より円滑に事を運ぶ為に、自分も進撃した方が良いだろう。


「そうね……そうよね……」


 白邪自身が出撃すれば、より早く収集がつくのは明らかだ。


 そうすればもっと早く、彼に会える。


 そう思うと、今宙で止まっていることすらもどかしくなってきた。






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