96、中断の神獣大会 ~私はレレス。よろしくお願いします~
大闘技場に来て思ったこと。それは今までいた闘技場とは比べものにならない程の大きさと、その観客の多さである。
今更その程度で萎縮する訳でもないけれど、この大会が名に恥じぬ程の大規模なものであるということは実感できた。
「何だ、結局勝ち上がって来たんじゃない。やっぱり君は凄い人だったんだね!」
「ん? ああ、えっと……ミトラ、だったか?」
「それくらい憶えててよ!」
「いや、憶えてたんだが」
「ちょっと忘れてたでしょ」
「うーん、まあ、ちょっとだけ?」
思い出すのに少々時間がかかったのは事実だから仕方ない。
「でも、本当に大変なのはこれからだよ? まずは決勝トーナメントまで行かないとね。私は第4ブロックだから、君と当たるとしたら決勝戦、かな。よし! じゃあ決勝戦で会おう! ああ、でも気をつけて。君の初戦の相手、『鉄人飛翔』を倒した子だから」
「ああ、分かってる」
空が、曇ってきた。
Aブロックだった俺は、第一試合である。だが単純にAB、CD、EF、となる訳ではないようで、俺の初戦の相手はDブロック予選の優勝者だった。
レレス。
つい先日知ったばかりの少女である。
つい先日、それも間接的に見ただけの少女である。
それなのに、何故か俺は、レレスのことを少女だとは思えなかった。
いや、少女である以前に、人間だとは思えなかった。
何かがずれている気がする。そんな感じがした。
衝撃を受けた。
言葉にできないような衝撃を受けた。
彼女は、人間じゃない。
レレスは、人ではない。
「おおおおっとっ! これは最強対決か!? 準決勝トーナメント初戦にして、まさかの新人同士の戦い! 右側は、『絶対怪力』、『漆黒豹』を破った異色の新人、キエル選手!」
司会者の声も耳に入らず、俺は目の前にいる少女を見つめた。
白いシャツに白いズボン。それに大会用の簡素な防具と簡素な剣。武器は俺の借りたものと同じものだ。
非常にシンプルな服装である彼女もまた、俺の方をじっと見つめていた。
「対するは、前回の覇者、『鉄人飛翔』を難なく破った底なしの実力者! レレス選手だ!」
紹介を受けると、レレスという少女は浅く一礼した。しかしその目線は俺を突き刺したまま動いていない。
「こんにちは、キエルさん。私はレレス。よろしくお願いします」
戦う前の挨拶のつもりなのか、レレスは切って貼りつけたような言葉を並べた。
「ああ、よろしく」
俺も簡素に挨拶してから、もう一度しっかりとレレスを見据える。
見た目は、どう見てもただの少女だ。
ではどこが、そんなにも人間らしくないのだろう。
必死になって探してみる。
しかし、分からない。
分からない。
「私、あなたの戦いを、見ていました。最初から。あなたは強い。他の人とは、異なる次元の強さを持っているように思います」
「何?」
意味不明のことをレレスが言う。その口調は最初から一切変わっていないけれど、俺の背筋を撫でるように伝わっていった。
「あなたなら、ソノラも満足してくれるかもしれません。はい」
「……何だって?」
再び訳の分からないことを言うレレス。不審感は増す一方である。
「……全く、ソノラも酷いですね。私が一番潜入に便利だからって、こんな所に飛ばして。それでやることが勧誘ですか。まあ、でも、良い人は見つけましたから、待っていて下さい」
今度の意味不明なセリフは、明確に誰かに向けられたものだった。少なくとも俺にではないが。
「あ、失礼しました。キエルさん。改めまして、こんにちは。私はレレス。よろしくお願いします」
「あ、ああ、よろしく」
もう一度ぺこりとお辞儀をするレレスに、つい俺も姿勢を合わせてしまう。何なんだこの雰囲気。
だがこれで挨拶も済んだ。後は戦闘に移行するだけなのだが、基本的に戦う二人の準備が整うまで司会者は「始め」の合図をかけない。そしてこれだけ広い闘技場の中で二人の会話が聞こえるはずもないので、司会者は二人が武器を構えるまでは合図を出さないのだ。
だからまだ、開始までには猶予がある。
聞くのだ。レレスの正体を。
何者なのかを、聞くのだ。
しかし、どうやって?
何と質問すれば良い?
お前は何者だ、と聞けば良いのか? それではただ、新規参加者としての異常なまでの実力を聞いているように思われてしまうだろう。『鉄人飛翔』を倒すなんて、お前は何者なんだ、と、そういう意味で取られてしまうだろう。
だからと言って、お前は人間か、などとは聞けない。そんな聞き方は明らかにおかしい。
では、どうする。
このままなかったことにするか? この違和感を。
いや、確かにただの気のせいということもあり得る。気のせいで何かを感じ取ってしまっただけなのかもしれない。
だけど――
偽勇者の真相眼 対象 レレス
「な、何……!?」
無意識の内に発動した真相眼が、レレスの姿を捉えた。
しっかりと、この両眼で捕えた。
「人間じゃ、ない……?」
人間ではなかった。
黒い布。
魔術師のローブのような布が扇状に広がり、その真ん中あたりに真っ白な丸い仮面のようなものが浮いている。
その丸い仮面には、丸が二つ、目のように描かれていた。完全な丸が、二つである。
そして、その布自体も浮いていた。扇の端はぼろ切れのようになっていて、不規則に揺れている。身長は、ニメートルくらいだろうか。浮いているせいもあるとは思うけれど、俺よりは高い。
少女の面影などどこにもない、それどころか生き物ですらないような姿だった。
現在、その少女の姿は丁度その布切れの真ん中辺りにある。地面に立っている。
その後ろに浮いているのだ。本体がどちらであるのかは一目瞭然だった。
「おや、私の姿が分かるのですか?」
俺の目線が白い仮面の方に向いているということに気づいたのか――いや、それ以前に俺の発言で分かるか――レレスは少女の顔の方で微笑を浮かべた。
「お前は、何者だ……?」
無意識にその質問が口から出た。
結局、両方とも口にしてしまった訳だ。
だがこの場合、これほど相応しい言葉はないだろう。
本当に、何者なんだ。
人間ではない。
「私はレレス。よろしくお願いします」
三度目の挨拶。何のつもりなのだ。
「ああ、最初の挨拶は出会いの挨拶。二度目の挨拶は勝負の挨拶。今の挨拶は勧誘の挨拶です」
「勧誘?」
「はい、勧誘です。私達――」
ようやく意味の分かりそうなことを話し始めたレレスだったが、それを大きな地響きが遮った。
地面を直接揺らすような轟音。しかし地震とはまた違う。何かの、破壊的な衝撃だった。
「な、何でしょうか!? どうやら場外から聞こえたようでしたが……」
戦闘開始の合図を出す前に何やら異変が起きて、司会者の獣人は若干焦っている。確かに、大会の妨げとなるイレギュラーには不安になるだろう。
「た、大変だ! 一般人は早く避難して下さい!」
動揺の声が場内に広がった後、一人の獣人が闘技場内に入ると同時に大声で叫んだ。




