94、仰天の神獣大会 ~押し寄せる空虚と~
火事場の馬鹿力、というものがある。
昨日の「何者か」が言っていたのは、まとめるとそういうことではないのだろうか。
この世界では、精神力がそのまま物理的作用に影響する、というような。
火事場の馬鹿力とは、家が火事になったときタンスを持って逃げ出す、という例に代表されるように、ピンチになった時に通常なら出し得ない怪力を発揮することを言う。
それは勿論、ピンチになった時にしか使えないものであるはずなのだが、この世界ではもしかすると、それが普通の状態なのではないだろうか。
ピンチであれ何であれ、その人の内に秘めたる力によって実力が左右される、と考えれば、初心者の俺が熟練の闘士に勝てたことを渋々ながらも認めることができる。ただしその場合、俺の精神は極めて優良であるということになるのだが――
俺個人の感想としては、俺という人間の想像力、精神力は、まあいってそこそこ、という程度のものでしかないような気がする。
しかし明日木白邪を例にとってみると、この仮定には信憑性が出てくる。
彼女の精神は、はっきり言って異常だ。
何が異常なのか、詳しいことは俺には分からないけれど、不安定さと言い突発性と言い、あれ程恐ろしい人格者はそうそういないだろう。彼女が頭の中で何を考えているのかは分からないものの、それがカオスに満ち溢れたものであることくらいは想像がつく。
そんな彼女にしてのあのステータス、というのであれば、確かに得心が行くだろう。
だが、その場合はあのリア充共の方が気になる。
ただの高校生に、レベル200を超えるだけの想像力と精神力があるか?
十代は想像力が培われる時だし、今時の高校生は適応能力が高いし妙に図太いから、そういう意味ではこの世界の基準に沿っていると考えられなくはないが、だったら俺だってそれくらいはないとおかしいだろう。何だよ、偽勇者って。何だよ、レベルは多分1って。
馬鹿にすんなよっ!
明日木白邪やリア充四人のステータスを正常とすると、俺は間違っている、ということになる。
しかし俺を正常だとすると、今まで戦ってきたことの説明がつかない。俺がその場の機転とノリだけで倒してきてしまった獣達や人達が元々弱かったなんてことはないはずだ。
ならば、単純に考えればやはりあの「偽勇者の真相眼」によって降りてきた言葉は正しいのだろう。
では、なぜ。
俺に与えられたステータスだけ、こんなヘンテコなんだ。
「おい、見ろよキエル! あいつ強くないか!? 相手は『鉄人飛翔』だぞ!?」
と結構シリアスに考えていたのだが、その思考は横から入ってきたアギルの声によって停止してしまった。
俺達は今、酒場にいる。
無事に準決勝トーナメントに進むことが決まった俺は、こうしてゆっくりと酒場で大会の中継を見ているのである。
画面に映し出されているのはDブロックの試合のようだった。Dブロック予選の決勝戦である。
「ん? 『鉄人飛翔』? どっちが?」
「右だ」
右。
画面に映る二人の内、右の人を見てみた。
ただの少女である。
いや、ただの少女が予選の決勝まで来られるはずがないから、おそらくは凄い少女である。
因みに、対する人間も、少女だった。
なるほど、Dブロックというのは少女が多いんだな――
ってそうじゃないだろ。
「あれ、『鉄人飛翔』って女の子なのか?」
「ん? ああ、そうだ。確かに、見た目には合わないよな」
アギルは素っ気ない感じで言う。
似合わない所じゃないんですけど。『鉄人飛翔』って、明らかにごついおっさんの二つ名だろ。何であんなか細い少女にそんな渾名つけてんだよ。
「だが、『鉄人飛翔』の戦い方は正に鉄人が空を飛ぶって感じなんだぜ?」
「いや言っている意味が分からん」
そもそも空を飛ぶのは禁止されてるだろうに。
「それに、どう見たって押されてるじゃねえか」
俺は呆れた声でアギルに返す。そう、今画面に映っている二人の少女の内、アギルが『鉄人飛翔』だと言った方は明らかに劣勢であるのだ。対する少女はあまりその場から動いておらず、異様な静けさを漂わせている。
「そうなんだよ! あの『鉄人飛翔』がこんなに押されるなんて普通はあり得ないんだが、あの相手の子、本当に何者なんだ? 今年は新規が強いな、本当」
非常に落ち着いているその相手は――顔はよく見えないが――一切乱れる様子がない。押し切ろうとすれば簡単にできてしまうような、それでいて何かを試しているような、そんな感じがする。
その子は何かを試している。そんな気がしたのだ。
「っ!?」
その子の姿を見ていると、突如頭に衝撃が走った。誰かに殴られたという訳ではない。そうではなく、ただ何とも言えない衝撃を受けた。言葉にはできないような、空虚な感覚。
それでいて――
「ん? キエル、大丈夫か?」
「あ、ああ」
俺が無意識に頭を押さえているのを見て、アギルが心配の声をかけてくれた。だがアギルの方は向かずに、俺は画面を一心に見続けていた。
「――そろそろ、ですね」
俺が画面に釘付けになっていると、ふとそんな声が聞こえた。
とても小さな、普通なら聞こえるはずもない声である。
そしてそれは、おそらく画面の先にいるその少女から放たれたものだった。
「おおっ!?」
数瞬後、アギルが仰天する。
「しょ、勝者! レレス選手! こ、今大会は、新人の嵐かっ!?」
各会場にいるらしい熱血の獣人司会者が勝者を告げたのだ。
『鉄人飛翔』が、負けた。
『漆黒豹』カイナが敵わないと言っていた『鉄人飛翔』が、完全に押し切られて負けた。
完敗。
「おいおい、こりゃヤバいぜ。今年の賭けは大荒れだな」
アギルが半笑いで何やら賭け事について言っているが、それはともかくとして、この勝負を見た俺には一つ覚悟を決めなくてはならないことがあった。
俺が勝ち進めば、いつかはこのレレスなる人物と戦うことになるだろう。
この強者と、戦うことになるだろう。
この世界においての俺が強者だと言うのなら、俺は勝たねばならない。
しかし勝利という言葉は不思議なことに、レレスという存在の前には酷く、無意味なもののように思えた。




