91、黒豹の神獣大会 ~豹には捕まらない~
ああ、ここはどこなのだろう。
走り続けて、自分はどこに来たのだろう。
いや、そんなことは関係ない。
自分はただ、ひたすらに走り、壊し、笑うだけだ。
全てを滅ぼして、ただ一人勝利に酔う暇もなく、殺戮と混沌を望む。
自分はそういう風にできている。
元々、そういう風にできていたのだ。
故に、何の負い目もない。
恐れもない。
後悔もない。
我が暴風に寄る者は容赦なくその刃の餌食となり、我が進撃に刃向う者は妥協の余地なく滅せられる。
関わりのあるなしに関わらず。
自分という存在があり続ける限り、人々は恐れ、嘆き、そして消えていく。
我こそが至高にして唯一の大災害。
あらゆるものを破壊する、究極の闇なる神槍。
突き進む先に一切がなくとも。
ただ進み、絶望と共に、荒れ狂う。
そう、元来自分は。
「そういう風に、できていたのだ――」
――――――――――★――――――――――
「始め!」
その言葉と同時に、カイナの目つきが変わった。
本当に、正に刹那の間と言って良い。
クールな女性の目つきから、冷酷な狩人の目つきへと、変化した。
もしそれを俺が捉えられていなかったら、俺は最初の一撃で敗北していたのかもしれない。
危ない所だった。
別に俺は女性の機微に聡い訳ではないのだが、何かその――一瞬の変化は理解できた。
俺を、会話の対象から、戦闘の対象へと変えたのが分かった。
ならば、俺もそうしよう。
女性であろうと何であろうと関係ない。
戦うからには、勝つ。
「遅いっ!」
初撃を躱した俺がカイナの姿を捉えようとすると、もう既に彼女は俺の右側方にいた。
仕方ない。最初から使うのは何か格好悪い気がするが、未来眼を発動させよう。
偽勇者の未来眼
こればかり使っていては何だかそれに慣れてしまうのではないかと思って第二戦では使わずに戦ったのだが、流石に二つ名持ちを相手に――しかも初見で――未来眼なしに戦うのは自殺行為であろう。
俺は右側にカイナがいることを確認すると、彼女の次の行動予測を「見て」その方向に移動した。
その方向にあらかじめ俺がいることによって、カイナはその座標に立つことが不可能になる。だから行動パターンを変えなくてはならない。
「ほう、速いな!」
カイナが俺に「遅い」と言ったのは嘘ではなく、確かに彼女は速く、俺はそれより速度で劣っていた。
しかしそれはあくまでも同じタイミングでのことに限る。俺が予測線を元に行動すれば、俺の方が速く行動できるのは必然であった。
「ふっ」
しかしながら、またしても俺は驚愕することとなる。
予測線を元に先んじて動いているのにも関わらず、カイナの姿が予定位置にないのだ。
いや、ないのではない。
確かに、彼女の体は予測通りの軌道を描いている。
ただ、速過ぎるのだった。
闇色の服を纏い、漆黒の髪を靡かせながら双剣を走らせる。
その一連の動作が、最早予測線とほぼ同時に行われ、そして終わっていく。
自分でも今の攻撃を避けられたことが驚きだった。
戦闘スタイルとしては、やはりあのお兄様に似ている。機動力を重視して射程の短い武器を使用し、近距離で相手を翻弄する。理に適った戦法だ。
しかし、彼女の場合、あのお兄様と決定的に違う所がある。
それはその行動速度だ。
他にも剣を二つ持っている、とか、一撃の重さはあちらの方が上、とか、そういう違いはあるのだけれど、そんなものは、速度の違いに比べれば大したものではない。
限りなくスピードに特化したスタイル。それでいて威力も殺してはいない。寧ろそのスピードによって強力になっていると言っても良い。
しかも、今見るにカイナは速度増幅魔法をかけているようだった。いつかけたのかは分からないが、その力も合わさって、最早目で追うのが困難なレベルにまで達している。
その影が揺れるような。
姿が霞むような。
漆黒の、豹。
正にその名の通り、獲物を確実に狩る獰猛な姿が、そこにはあった。
ヤバい。
俺、狩られちゃう。
漆黒の豹に狩られちゃう。
「ほう、私の速度についてくるとは」
戦闘中だと言うのにも関わらず、彼女の表情は相変わらず動かない。
少し距離を取ると、カイナは腰を低くしたまま俺の方を見た。
「どうだ、『絶対怪力』の速度とは比べものにならないだろう」
鋭い目で、カイナが俺に聞いてくる。
「確かに、驚異的な速度だ。いや、脅威的、かな。だけど、見えない速度じゃない」
「そう言ってもらえると、戦い甲斐がある。私と戦う殆どの者は、私の動きについて来られないからな」
俺の挑発には乗らず、カイナは自分に対する感想を述べる。あれかな、カイナさん、ナルシストなのかな。まあそれに見合った実力はあるけれども。
もしくは、嘘をつくのが苦手な人なのかもしれない。お世辞やら謙遜やらが嫌いな人だって世の中にはいるだろう。それがコミュニティ的にどうなのかは置いておくとしても、戦闘時くらいは、自信家になっていても良いと思う。
怯えていては、戦いにならない。増してや、この大会には本当の命がかかっていない。そんなにビビッていては、つまらないではないか。
「そうか。それは可愛そうな人達だな。こんなスリリングな戦いを味わえないだなんて」
「そうだろう。これで君も、本気を出す気になってくれたかな?」
「いいや、まだだな、『漆黒豹』さん――俺は、豹に狩られる鹿だ。そうだろう?」
「何だ、自分で負けを認めるのか――しかし、その表現は言い得て妙だな。まさしく、君は狩られる側にいる」
俺の喩えを気に入ったのか、カイナは少しだけ口元をあげた。しかしその冷酷な目に変化はない。
「そう、俺は狩られる側。一匹の鹿――いや、ガゼルと言った方が格好良いかな」
「ガゼル?」
ああ、そうか、ガゼルは知らないのか。確かに、この世界に鹿はいても、ガゼルはいないかもしれない。勿論、実際にはガゼルに似た奴くらいはいるのだろうけれど、少なくとも彼女は、ガゼルを知らないようだ。
ガゼルって実はウシ科なんだぜ。鹿みたいな格好しててかなり速いのに、ウシ科。
「そうだ。ガゼルというのは、まあ、地方にいる鹿みたいなもんだ」
「そうなのか」
戦闘中に無駄な会話をする俺とカイナ。何だろう、この空気は。
因みに、俺の言った「地方」というのは「アフリカ地方」のことである。無論、この世界にアフリカなんて場所は存在しないと思うが。
「だから、俺は君には捕まらない。ガゼルっていうのはな、とっても速いんだぜ」
要領を得ない会話はこの辺で終わりにしておこう。
そう、俺がしたかったことは、別にあるのだ。
すなわち、弱者の反撃。
カイナはブラックパンサーで、俺はガゼル。
この図式をイメージするんだ。
ガゼルは豹から逃げ切る。あるいは逃げきれずに餌食となる。その概念から、「逃げ切れる」という方だけを切り取って考える。
ガゼルは豹から、逃げられる。
そう印象を固めるのだ。
何、想像するだけでは意味がない、と?
いいや、そんなことはない。俺には想像魔法があるのだから。
想像するのだ。
俺はガゼル。豹には捕まらない。
「さあ、俺を捕まえてみろ!」
全力で逃げ出した。
「おおっと!? これはどういうことでしょうか!? キエル選手が突然、場内を四つん這いで走り出しました! しかも速い! 人間とは思えない速さです!」




