80、緊急の神獣大会 ~どんどん話が進んでいますよ?~
そう言ったのは――あの人か。
少し離れた所に大きく前に手を上げている女性と、大きななりをしたいかにも武闘家というような獣人がいた。
誰だろう。同じギルドのメンバーではなさそうだが……
「そこの兄ちゃんよ」
二人は駆け足で俺に近寄ってきて、今度は男の方が俺に声をかけた。
「何だ?」
急に話しかけられたため、少し萎縮してしまう。だってこんながたいの良い獣人だぜ? それなりにビビるさ。
「あんた、『神獣大会』に出てみないかい?」
再び女性の方が俺に言う。
ん? 大会?
神獣、大会?
いやそれとも心中大会?
……後者は怖すぎるからないな。獣人の国という点からして神獣の方で合っているだろう。
えっと、神獣大会って何だっけ? 確かどこかの店番の話では、一年に一度各地から強者が集まって武を競い合う、とか何とか言っていた気がするな。
――いや、無理だろ。
無理無理。そんな強いやつらと戦うにはまだ経験が足りな過ぎる。
「おいおい、そいつは俺らんとこの客だぞ」
俺が返事をする前に、ギルマスが二人に抗議した。確かに今から少しお世話になる所だったのである。急にこんなことを言われても何が何だか分からない。
「いやいや、そういうことなら俺らのギルドに来てくれよ。話はそれからにしようじゃないか」
大人しく引くのかなあ、と思ったら何とこの獣人、俺を誘ってきた。
「そうさ、まずは話そうじゃないか」
隣の女性も言ってくる。
「……うーんと、これはどうすればいいんだ?」
困ってしまった俺はギルマスに目をやる。
「お二人さんよ、今見てただろ? 俺達は今からお詫びする所なんだ。また後にしてくれ」
「今見てたからこそ話しかけてんだぜ? あんな華麗に攻撃を躱すなんて、中々見られるもんじゃねえ。兄ちゃん、旅人さんだろ? 相当強いんじゃねえか?」
ギルマスに対抗して獣人が俺に質問した。とは言え、何と答えていいのか分からない俺は黙っているしか手がない。
ギルマス側もどう言えばいいのか困っている様子である。
さて、どうしたものか。
ルテティアに目を向けてみる。
「なあ。ルテティア。どうしたらいいかね?」
「そうですね、ここは皆でパーッとやるのがいいのではないでしょうか?」
元気に返事をしてくれた。
うん、その発想は俺みたいなぼっちからは到底出てきそうにもないものですね。
そんな訳で、その場のノリで皆一緒に酒場でわいわいやることになった。
本来こういうノリは苦手なのだけれど、幸い今は一人ではない。リィサとルテティアがいる。だから何というか、少しはましであった。
が、そんな今、俺の隣が誰に占領されているかというと、あの獣人と女性である。
リィサとルテティアは俺の正面に座っていて仲良さそうにしている。(ルテティアが一方的に懐いているようだが)
そんな微笑ましい光景を見られるのは嬉しいものの、実際隣にいる獣人が暑苦しい。
左隣の女性も一応獣人であるようで、尻尾やら耳やらが獣のそれみたいである。
「兄ちゃん、元々大会出場目的で来たんじゃないのか?」
ずっしりと座っている獣人が聞いてくる。だから、重厚感があり過ぎるんだって。
「ああ。何となくフラッと立ち寄っただけだ」
「そうなんかい。でもあんだけ強かったら大会出ても大丈夫だと思うよ?」
「いや、まだ俺は駆け出しだから――」
「そんなことねえだろ。あのサキとかいう嬢ちゃんは街でも結構有名なんだぜ? まあ、主に問題児としてだが。それでも実力は皆十分知ってる。大会の常連でもあるしな」
「そうさ。その子の攻撃を一度も受けずに倒したんだから、それで初心者なんてことはないだろうに。それも不意打ちから始まってさ」
獣人と女性は妙に俺を持ち上げてくる。実際本当に駆け出しなのだが、これはどうやって断ったものか。
確かに、強者が集まる大会に興味はある。あるのだが、それと出場することはまた別の問題である。
この二人は俺の実力があれば大丈夫だと言うものの、あんなワンシーンを見ただけでそれが分かるとも思えない。ただ興味本位で言っているだけなのではないだろうか。
それに、話を聞く限り大会は四日後だと言う。そんな急にエントリーできるものでもないだろうし、それしか時間がないのにどう練習しろと言うのだ。
「あの、そもそもエントリーとかもう遅いんじゃないか?」
俺は思ったことを口にしてみた。
「ああ、それなら大丈夫だ。『神獣大会』のエントリーは前々日まで可能だからな」
獣人が自信満々に答える。そ、そうっすか。運営は随分大変なんじゃないっすかね?
「だ、だが、何でそこまであんた達は俺に目をつけるんだ? 少し腕が良い旅人なんて、それこそいくらでもいるだろう」
反論というつもりは特にないけど、やはり思ったことは言っておいた方がいいはずだ。
「いやいや、俺達はこれでも長い間『神獣大会』を見てきてんだ。それに俺は元武闘家だからな。本当の強さは一目見れば分かる」
再度自身ありげに獣人が言う。成程、元武闘家だったか。ならばその体躯も納得が行く。しかし、自信のあるその観察眼はどうなんだ? 俺は正真正銘のエセだぞ? 異世界からやってきたただの高校生だぞ?
……うーん、どうなんだろうね。
真偽はともかく、まあこれほど期待されるなら悪い気はしない。
ただ本当に勝負になるのか分からないので、おいそれと出ますなんてことを言えない。
「強さを買ってくれるのは嬉しいんだが、俺は本当に武の心得とかないぞ?」
「それでも流派くらいはあるだろう。何だ? 『ミーティア流』か? それとも『ハーロック流』か? それとも――」
と獣人が次々に知らない流派を挙げる。無論、知っているものなど何一つない。
「流派とかもよく知らないな」
「そ、そうなのか? あ、もしかして体術専門の流派とか……」
「いや、流派自体知らない」
「マジかよ。兄ちゃん、独学なのか?」
獣人と女性が驚いた様子で俺に尋ねてくる。
まあ、独学と言えば独学だな……
部屋の中でエアボクシングしたり、庭で体術の練習をしたり、誰もいない所で黒魔術の詠唱をしたり……
うむ、独学である。
「ああ、少なくとも誰かに教えられた憶えはない」
「これはますます期待がかかるじゃない」
「そうだな! おお、そう言えば兄ちゃん、名前は何て言うんだ?」
何か更なる期待をかけられてしまったようである。っていうか、何かもう俺が出場すること前提で話が進んでない?
「俺はキエル。ただの旅人だ」
疑問符を頭の中に抱きながらも、俺は名乗った。
「キエルって言うのか。よろしくな。俺はアギル。こっちはローリスタ」
俺に続いて獣人が自己紹介をする。ついでに女性の方の名前も教えてくれた。
ローリスタとか、さぞ萌えそうな名前だな。しかし狐のような耳と尻尾を持つ彼女は萌えというより美女の類である。決してロリなどには見えない。名前と実態が乖離しているとはこういうことか。
「うっし。大丈夫、登録は俺が一緒に行ってやる。明日でいいか?」
あ、あれ? やっぱり俺、何かもう出場確定みたいになっているのですが。
「いいじゃないですか! キエルさん! 出て下さいよ!」
正面に座るルテティアまでも、俺に出場を求めてくる。
えぇ? マジで? マジで出るの?
「これで賭ける対象がもう一人増えたんじゃないか?」
「そうだね、あたしは賭け事なんてそんな好きじゃないんだけど、期待の新人には目がなくてさ」
「おう、俺もこいつに賭けてみようと思うぜ! 三位までの予想だからな、あと一人は誰にするか……やっぱ『鉄人飛翔』か?」
「あたしは別に二人でいいよ」
「おいおい、勿体ないぜ! やるならとことんやってみな!」
「……そうかい? まあ、今年だけならいいかね……」
……あれれー? どんどん話が進んでいますよ? どうなっちゃうの、これ。
出るしかないの?
……出るしかなさそうです。
『魔王戦』開始まで あと 338日→335日




