8、脱出実行 ~私はこの娘が気に入った~
クラソルテ王国。勇者の部屋。国王に言って、広い部屋を二部屋もらうことにした。何せ一部屋で四人でも十分なくらいの広さを持つのだ。一人一部屋だと寂しくなってしまうだろう。流石に男女一緒という訳にもいかないだろうから二つ用意してもらったという訳だ。
しかしそれも寝る時だけで、基本的に四人は同室の一角で話し合っていた。
「ねえねえ、アタシ達どうなるん?」
「いや、どうなるって、これから魔王とやらを倒しに行くんだろ!」
西治がマックスハイテンションで言う。
「西治、テンション高過ぎだぞ。陛下も言ってただろ。『魔王戦』開始まではまだ結構時間があるって」
「あ、そっか」
大人しく座った。
「だからそれまでにできるだけ鍛えておこうって話になったじゃないか。いくらステータスが高いとは言っても俺達戦闘経験無いんだしさ」
「確かにそうだよね~」
緊張感のない雰囲気である。
「でもさ、俺達みたいなステータスだと、その辺の敵ではそうそうレベル上がらないんじゃないか?」
流石はゲームをやり慣れている西治、ステータス上げの疑問に関してもすぐに出てくる。
「でも、さっきの陛下の話を聞く辺り、その魂体数値っていうのは何も戦闘だけで上がる訳じゃないそうじゃないか」
「え? そんなこと言ってたっけ?」
「西治、話はちゃんと聞いておけよ? ……ほら、日常のあらゆる行動が魂体に影響を与えてその数値を高くする……とか言ってただろう。それによってステータスの上昇の仕方が変わるようなことも言ってたし。まあ、俺達の世界の言葉――レベルとかステータス――ってこの世界の人たちは使わないみたいなんだよな。言葉として知ってはいるらしいけど」
「ああ、確かにそんなこと言ってたよね~ じゃあ、戦いに相応しいレベル上げ方法って何かないのかな~」
「多分俺達の世界と同じなんだと思う。日々の暮らし方がその人のステータスを形作る。俺達はそれを数値化して勝手に見ることができるけど、この世界の人はそこまで詳細には分からないらしい。特に一般人にはね」
「あれ? そんなこと言ってたっけ? 海王クンはよく話聞いてるね」
「まあ、あの国王は少し早口だからな……」
国王は早口である上に理解する前から次々に話し始めるので普通の処理速度では間に合わないのだ。その辺は海王の地頭の良さ故と言える。
「多分俺達の戦闘スキルを上げるのに手っ取り早い方法は、やっぱり遠征だと思うぜ」
レベル上げの疑問を提示したのも西治、その解決策を挙げたのも西治だ。中々にゲーマーである。
「遠征?」
海王が聞き返す。
「そ。ゲームっていうか、これはラノベの話だけど、異世界の兵隊っていうのはだいたい強化の為に遠征するんだよ」
「なるほど、確かに俺達の世界でも、歴史上で領土拡大の為に遠征を行ったり、訓練をしたりしてるもんな」
海王も賛成する。
「え~、何それ楽しそう~」
「アタシも賛成だな」
「じゃあ、陛下に頼んでみようか」
――――――――――★――――――――――
「おはよう! 国王陛下!」
俺は堂々と召喚された場所に顔を出した。
え? 昨晩はどうしたかって? それは勿論、俺は紳士で真摯な人間だから、メイドさんに寝床を譲って床で寝ましたよ。ほら、床って言っても絨毯が敷いてあるし、結構心地良かったなあ……いやいや、Mじゃないから。
「おお、『黒勇者』殿! 良いお目覚めか! その服、気に入っていただけたかな?」
「ああ! 大いに結構! 『黒勇者』たるこの私に相応しい、素晴らしい衣装だ!」
そう高らかに言う。貴族のように、高慢に。
昔から演技力にはちょっとした自信があるのである。
「それは良かった――ん?」
国王サルバトル始め、その周りにいる家臣達も、俺が後ろに一人、誰かを連れていることに気づいたようである。
「ああ、そなたの部屋の召使いか」
国王始め皆が納得する。俺に与えられたものなのだから俺が連れ回そうと問題ない。
「ふむふむ。昨夜はお楽しみいただけたかな?」
国王が少し挑発気味に聞いてくる。なるほど、男の欲望を理解したようなこんな下衆な手を使ったのはこの猿のおっさんか。
まあ、ナイスプレイだ。
「はっはっは! ああ、楽しませていただいたよ! ありがとう、国王!」
少し悪役風に言ってみた。因みに、尊敬する人はル○ーシュ・ラン○ルージです。
「ふっふっふ。素直な勇者だな。ますます好ましい。では、早速今後のことなのだが――」
国王がそう切り出したところ、
「まあ少し待つのだ」
と、俺が遮った。
ダートンの目が少しこちらを睨む。国王の言葉を遮れば少しくらいは非難されるだろう。あれ、ゴートンだっけ。
「私はこの娘が気に入った」
そう言ってミネルの腰を掴み抱き寄せる。
「それに、街の様子も見ておきたい」
目を細めながら国王を見る。と同時にミネルをもう少し近くに寄せる。
なるべくここにいる皆が俺に畏怖を感じるように。
怒らせてはいけない勇者である、と印象づけるように。……け、決して俺がしたかったとかそういうことではなく。
「故に国王! 今日一日、私とこの娘、二人だけで街を探索することを許可してもらいたい! どうかな? 今後の方針は明日からでも遅くはないだろう?」
一同が黙る。
……ちょっと変態を演じすぎたか?
「……よかろう。では今日一日は勇者殿の好きにしていただこうではないか。何、他ならぬ勇者殿の頼みだ、無下にするはずもなかろうて」
「感謝するぞ、国王。くれぐれも、護衛などつけてくれるなよ。私にそのような者があっては逆に邪魔だからな。それに、私はこの娘との時間を楽しみたいのだ。ふっふっふ……」
悪者のように目を細め辺りを睨む。
「表門を開けておこう」
「ああ、今日中には戻る」
そう言って漆黒のマントを翻し、ミネルを抱いたままその場を後にしようとする。
「ま、待って下さい!」
とここで、先程から少し目を細めて見ていた王女リネアが声を上げた。
「その、勇者様には無礼を承知で申し上げますが、その娘が了承した上でのことなのでしょうか! もし無理矢理なのでしたら――」
「リネア! 無礼であろう! 勇者殿が気に入ったのだ! 我らが口を出すことではない!」
「し、しかし――」
同じ年代の女性として心が痛むのだろう。
国王にも怖じ気づかずに姫は何かを訴えようとする。ミネルの怯え方を見れば確かに俺が無理矢理連れて行こうとしているように見える。その面では本当に申し訳ないとしか言いようがない。
だが、この王女は知らないのだ。
ミネルが昨日連れて来られたばかりの没落貴族の娘だということを。何の権力も持たず、ただ国王が勇者の餌として与えたに過ぎない一人の少女だということを。
俺は生粋の善人ではないし、どころかあまり良い人間だとは言えないし、そもそも周りに人間だと認識してもらえない人間である。存在を認識してもらえない人間である。だけど、ヘタレの俺だけれども、やっぱり普通の良心ってものがある。助けられるものなら助けてあげたい。下心でもなんでもいいじゃないか。可愛いから助ける、助けられるから助ける。それでいいじゃないか。
だから、その為に必要ならば、多少の悪役くらい余裕で演じられる。
全然気にしてない。
「ふふ、王女よ。この娘は私に忠誠を誓ったのだ。無論、身も心も、な。故にこの娘は既に私のものだ! 異論は認めない!」
そう言い切って、俺はその場を去った。
最後まで俺の背中を睨んでいた王女の視線が痛かった。
いやいや、本当、気にしてないから。
美少女に嫌われちゃったなあ、とか、気にしてないから。