79、失態の襲撃 ~一度行動に出ると周りが見えなくなっちまうんだ~
え、これどうすればいいの。取り敢えず捕まえればいいのかな。
でも女の子だしな。変に拘束するとまた言いがかりをつけられそうだし。
「自縄自縛!」
「うわっ!?」
でも縛ることにした。だってこのままじゃ疲れちゃうからね。
俺は恒例の中二技を使った。
自縄自縛。
これは相手の動くであろう場所に仕掛けておくことによってそのゾーンに入った対象を拘束する技である。言ってみれば落とさない落とし穴のようなものだ。
街中で落とし穴をするのは良くないだろうから、こういう行動に出たまでである。
あと、くれぐれも勘違いしないでほしいのは、縛ったとは言っても亀甲縛りみたいなやつではないということだ。そんな趣味は……多分ない。
単に足と手を縛っただけである。
少し足の自由が効かなくなるだけで、少女がコケるのには十分だった。この少女の場合かなり俊敏性が高かったため、効果は尚更である。
俺が一歩大きく後ろに下がり、彼女が真っ直ぐ来た所で自縄自縛を発動。それによって俺は少女がみっともなくコケる瞬間をばっちり正面から目撃できたという訳である。え? そんな趣味? いやいや別に趣味とかではなく。それに少女が穿いているのは忍者っぽいズボンだから、コケた所でパンツが見える訳でもない。無論、そんなことを狙った訳でもない。
「はい、取り敢えず落ち着け」
全身でコケた感じの少女は痛そうにしている。それはそうだろうな。あれだけの速度で走っておいて盛大にコケた訳だから。
俺はしゃがんで少女のマスクを取った。
深緑色の髪をした少女だった。
「で、何で急に襲って来たんだ?」
少女の顔を覗き込みながらそう問いただす。若干目に涙をためているので、やはりそれなりに痛かったようである。
「……え……? 誰?」
「いやそれ俺のセリフ!」
顔見て最初の言葉がそれですかい。
この女、まさか人を間違えたのか……? 俺は影が薄いだけでなく間違えられるようにもなってしまったと言うのか……?
「キエルさん! その方は誰ですか? 昔の女ですか? なるほど、キエルさんにも色々と辛い過去が――」
「勝手に捏造すんな! 初対面だよ!」
寄って来たルテティアがそんなことを言う。
「そうなんですか? いやいや初対面には見えませんねえ? 何か只ならぬ因縁があるのではとお見受けします!」
何故かテンションを上げているルテティア。この状況のどこにそんな胸躍らされるような所があるというのだ。
「急に襲ってきたから誰かと思えば……完全に知らない人じゃねえか」
「おい! サキ! またカイナの所に行ったのか!?」
立ち上がってどうしたものかと一考していると遠くから忍者少女を呼ぶ声が聞こえた。何だろう、俺は最近よく少女が遠くから呼ばれる光景に沢山あっている気がするぞ?
しかも、カイナって誰だ。俺はキエル。カイナじゃない。
俺達の所に駆け寄って来たのはオヤジとも言えないが若いとも言えない、中年ちょっと前の男だった。
「サキ! どんなに相手を嫉妬しても、逆恨みは駄目だと――」
「うっさい! マスターには関係ないじゃん!」
男が伸ばした手を振り払い、少女は男を睨みつけた。
「いや関係ある! カイナは確かにあんまり態度が良くないし、俺達と対立するギルドのメンバーだが、敵じゃねえんだ。相手の方が強いなら、お前はもっと強くなればいい。そんな騙し打ちみたいな方法じゃあ気も引けねえんだぞ」
何かあまり複雑そうじゃない事情を抱えているようだが、今の話を俺に影響する部分だけを切り取って話すと、ただ巻き込まれただけ、ということになるのだろう。
人違い、である。それも相当厄介な人違いだ。
都会の雑踏の中で見知らぬ人に声を掛けられ、「あ、すいません。人違いでした」と言われるのとはレベルが違う。何せ雑踏の中での襲撃である。間違えて違う人を殺しちゃいました、なんて笑えない。間違えて人を殺すのだって笑えないのだから、間違って違う人を殺しちゃうなどさらに笑えない。
「カイナだって悪気がある訳じゃないんだし、同世代の女同士、もう少し仲良くできねえもんか」
少し大人しくなった少女を諭すように男が続ける。
っていうか、カイナって女なのかよ。
つまり俺は女に間違われたということになる。いや確かに元々髪は長い方だったし、異世界に来てから髪を切っていないからそれなりの長さにはなっているんだが、それにしたって女と間違われるとは。それだけ俺が――
おっと危ない。
「あの――」
そろそろ直接事情を聴くべきだと判断した俺は、より話の通じやすそうな男の方に話しかけた。
「ん? 誰だ?」
「いやだからそれは俺のセリフ!」
おいこらこのクソオヤジ! 被害者に向かってなんて態度だこの野郎!
……こほん。少し口が悪くなってしまいました。
だがこの男もこの少女の保護者的存在なら(さっきもなんかマスターとか言ってたし)もっとしっかり教育しとけってんだ。どこの世界に人違いで人を襲うやつがいるんだ。
「はあ、そのカイナって人が誰なのかは知らないけど、俺はその嬢ちゃんに間違って襲われたの」
俺の言ったことを理解したのか、男は少しばかり停止すると、急に笑みを見せた。
「おお、そうか。それは済まねえ。サキはちょっと思い込みが激しくてな。一度行動に出ると周りが見えなくなっちまうんだ」
いやあ周りどころか対象そのものまで見えなくなってましたけどね。
「本当に、済まねえ。謝らせてくれ。ほら、サキも」
少しきつい口調で男がサキの頭を掴む。
「う……ご、ごめんなさい……」
不本意、という顔をしているが、ギルマスには逆らえないのか少女は大人しく頭を下げた。
「いや別に俺は怪我してないし、良いんだけどさ。何で女と男を間違えたんだ?」
俺は少女の方を向いて話しかけた。だが答える気はなさそうで、俯いている。
「ああ、確かに言われてみれば似てるかも知れねえな――おっと、失礼。女に似ているなんて、言われたくねえよな」
へへっと笑う。リィサの所のギルマスと同様、この男も中々に人当りが良さそうである。
「う、後ろ姿がそっくりだったから、つい……」
男に続いて少女も口を開いた。こういう所は、確かに年相応の少女らしい。
「まあ、いいよ別に」
ぽんぽん、と少女の頭を軽くたたいてやった。歳は同じくらいだと思うが何だか少し幼くも見える。
「う……」
少女はなす術なしといった風である。
「それにしてもお前さん。サキの攻撃を躱すとは、やるなあ。サキは精神的にはまだまだ子供だが、うちのギルドでも有数の腕利きなんだぜ?」
「そうなのか」
もう一度少女を見てみる。そしてさっきの剣筋を思い出してみた。
確かに鋭かった。普通なら躱せない速度であったのも認められる。
「それより、何かお詫びがしてえ。無事だったとは言え、うちのもんが迷惑かけちまったんだからな」
「い、いや別にいいって」
「そんな訳にはいかねえよ。それに、お前さんにも少し興味があるしな。ここは一つ、一緒に飲まねえか」
元気一杯な表情で男が言う。俺、未成年なんですけど。ああ、でもこの世界のルールとか知らないからな。それにアルコール飲料のようなものがあるかどうかも知らないし。
「まあ、そんなに言うなら。連れもいるんだが、いいか?」
後ろで待機しているリィサと後ろでワクワクしながら待機しているルテティアを指して言う。
「ああ、勿論だ! ちょっと、こっちに来てくれ。――ほら、サキも行くぞ」
「うん……」
不完全燃焼の様子の少女はトボトボと男について行く。
「お、親分! どうでしたかい!?」
俺も後に続こうと思った所で、男を呼び留める声がかかった。
「おおライアット。何か人違いだったみたいでな。そこの兄さんだ」
男が俺を指さす。
「兄さん? ああ、君か。サキが暴れ出したとか言うからまたカイナ絡みなのかと思ったんだけど。本当、申し訳ないね、人違いだったみたいで」
ひょうきんな様子の青年が俺に話しかけてきた。こいつもおそらくギルドのメンバーだろう。
「ああ、気にしないでくれ」
「ギルマス! どうだった!?」
俺がその青年と挨拶をしている所、またしても男が一人、ギルマスの所にやってきた。
「おっさん! サキはどうした!」
「またアタシに声を掛けずに行っちゃって! 協力するよって言ったのにっ!」
「おーい! マスター! ちゃんと捕獲したかー?」
次々とメンバーらしき人間が集まってきた。このギルドは一人のためにこんなに人を動員するのか。
「ああ、大丈夫だ。まずはギルドに戻るぞ――ほら、ついてきな」
マスターは俺にもう一度合図を出すと、メンバーと一緒に歩き出した。
「じゃ、少しお世話になるか」
「そうですね!」
「ま、まあ、私は別にどこでもいいわ」
三人の意見が一致した所で、ではお邪魔しますか。
「ちょっと待ちな!」
俺がお邪魔する気になっていた時、突然女性の声が場に響いた。




