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68、一つの想い ~揺るぎなく、愛おしい~

 明日木白邪は普通ではない。


 何が普通ではないのかというと、それはほぼあらゆる面に対してである。


 例えば、彼女のステータス。一介の女子高校生だとは思えない程異常に高い数値を誇る彼女のステータスは通常とは程遠い。


 加えて、彼女の精神力も普通ではない。いきなりどこかも分からない森に放りこまれてからの彼女の対応方法は実に良いものであると同時に、普通ではない行為だった。そう、普通は、良い行動が取れないのである。普通は困惑し狼狽し、項垂れ、途方に暮れるものなのだ。


 しかしながら白邪は混乱こそしたもののそこで立ち止まることなく行動を開始した。これは普通のことではない。


 さらに言えば、その行動の源となった綺慧瑠への感情も普通ではない。


 ただの恋心と言えないくらい、彼女は綺慧瑠に執着している。それは恋愛感情だけでなく、人間の恩としての執着があるように見受けられる。男として好意を抱き、人として敬愛している。そういう重苦しい言葉が丁度ぴったりはまるような態度だと言えよう。


 また、それに起因することとして、彼女の精神状態も普通ではない。精神力とはまた違い、こちらは彼女の心的状態である。何かに耐える力ではなく、心のコンディションのことである。


 教室内で突然ナイフを振り回したり、突発的に綺慧瑠の傍にいた女を襲ったりと彼女の行動には急襲性がありすぎる。女性は確かに突発的な行動を起こしやすいのかも知れないが、それにしたって白邪の精神の揺らぎ方は並ではないだろう。


 きっとそんな不安定の極みに位置するような彼女の精神状態を何とか平らに収めていたのが、綺慧瑠という存在なのだ。


 白邪は彼に執着し続けることで、しがみつき続けることで自分の身を確立させていた。つまり、少しロマンチックな言い方をすると、白邪にとって綺慧瑠とは自分の命と同じくらい大切なものであり、同時に自分自身の存在理由でもあった、ということになる。


 あるいは、綺慧瑠という存在はもしかすると自分の命より、何より大切なものだったのかも知れない。


 自分の命に対する執着は、綺慧瑠に対する執着の途中に位置するものであるに過ぎず、目的の為の手段として必要なものの一部だったのかも知れない。


 自分の命が続いているという条件無しには、白邪は綺慧瑠を愛することができないのだから。


 そして極めつけ。彼女の最も普通でない所、それは絶望に包まれた状態ですら、綺慧瑠に対する希望を失っていないということだ。


 半ば振り切られたように綺慧瑠と別れることとなった白邪。白邪にとってそれは、綺慧瑠からの拒絶に見えてもおかしくはない。


 絶望し切ったのなら、世界を滅ぼそうとまで思ったのなら、人一人に対する思いなどとっくに失せてしまっているはずだろうに。


 それでも白邪は未だ、心の全体で綺慧瑠のことを想っている。自分がしようとしていることは正しく認識していなくとも、自分の抱いている感情だけは正しく認識していた。


 それはつまり、白邪にとって綺慧瑠という存在が世界より重いということを意味する。


 幾星霜を越え培われてきた大地、空間、世界そのものよりも、たった一人の人間の方が、彼女にとっては重いのだ。


 世界よりも重い愛。それを綺慧瑠がどう受け止めるのかは分からない。だが白邪にとって、綺慧瑠とは生きる意味である。諦めるだとか、そういう概念は端からない。綺慧瑠の消失はそのまま自分の消失を意味するからだ。


 そこまで依存してしまっていいのか。白邪だって恋に盲目であろうともそれくらいは考えられる。


 人生を歩んできた先輩達はよく言う。「この人しかいないと思っても、必ず後でそれより良いと思える人が現れる」と。


 確かに人を好きになるという観点からすれば、それは間違いないのだろう。白邪もそれを頭ごなしに否定する程頑固ではない。しかし、彼女にとって、綺慧瑠は単なる恋愛対象ではない。


 恋愛対象であり、生きる意味であり、目的であり、過程であり、結果であるのだ。


 自分の存在は彼に対する恋心から始まり、彼に対する愛に続き、彼と共有する全てを噛みしめ、彼と共に終わる。


 そう信じて疑わない。いや、信じて、というよりは、それが彼女にとっての真実なのだ。


 彼女に関して言うならば、彼女が信じたことが全て。信じたことが真実。


 故に白邪の感情は、全てが本物であるのだろう。


「私は、もう……」


 壊れてしまった。最初から壊れていたのかも知れないが、最も重要なパーツを失ってしまった白邪の起こす行動は誰にも予想できない。


 現在どこの街かも分からない大きな図書館でひたすら古書を読み漁っている彼女の目は虚ろで、この世ではない所にある「綺慧瑠という存在」だけを見つめていた。


 古書を開く。


 読む。


 閉じる。


 そしてまた、古書を開く。


 読む。


 閉じる。





 勇者の筆写眼





 読み始めた頃から発動しているこの「眼」により、白邪は読んだ本の内容を全て頭の中に書き込んでいる。


 無意識の内に、である。


 この世界のこと。


 例えば地理。


 例えば歴史。


 例えば経済。


 そう言った大きな括りのものもあれば、専門的なものもある。


 各種系統魔法。


 召喚術。


 混沌魔術。


 神学。


 悪魔学。


 運命魔法。


 存在すら知らないそう言ったジャンルの本は読んでいくうちに、白邪の中である計画が浮かび上がる。


 計画、とは言っても、白邪は策士という訳ではないため、緻密な策略に基づくものではない。


 そう、ただ突発的に思いついただけだ。


 世界を闇に包む方法。


 捻りなど、どこにもない。


 単純にして明快。疑いようもないくらい、簡単。


 分かりきっているが、しかしながら誰にも阻止できない。


 白邪の圧倒的な制圧力の前では、何もできない。


 ――そうだ。この計画が終わったらもう一度綺慧瑠君に会いに行こう、と。


 突然、そんなことを思った。


 どう曲がってもおかしくない彼女という存在の中で唯一曲がらないもの。それが綺慧瑠への一途な想いなのだ。



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