64、ラブ of ディザスター ~夜を押し返す純白の絶望~
沢山食べて回ったことが本当に昨日のことのように思える。正直言ってそれくらい楽しかった。祭りってこんなに楽しいものなの? と疑わざるを得ない。
まあそれもこれも、美少女が二人傍にいてくれたからなのだろう。
右を向けば無垢な笑顔、左を向けば凛とした顔。
素晴らしい一週間であった。
素晴らしいということの他に言葉が見つからないほど、素晴らしい日々であった。
だがそれも今日で終わり。この祭りが終わったら俺とルテティアはこの街を出る。リィサともお別れだな。
少し寂しいけれど、仕方がない。仲間とも上手くやれるようになったみたいだし、もう心配いらないだろう。
「…………」
うん、本当に素晴らしい一週間だった。
「…………」
本当に。本当に素晴らしい――――
「…………」
素晴らしい――――素晴らしいのに。何だろう、この気持ちは。
隣にルテティアとリィサがいる。美少女だ。幸せだ。
この論理には欠陥などどこにもないはずなのに、それでも尚、俺を後ろに引っ張るものは、一体なんなのだろう。
そう、例えば、未練、のような。
何か残してきてしまったような。あるいは何か無視してしまっているような。
本来あるべき状況ではないような。
そんな気がする。
隣にいるべき人間がルテティアではない? リィサではない?
いいや、彼女達は俺が出会った人間だ。それがどんな偶然であれ、運命であれ、その事実は変わらない。それを否定していい訳がない。
だとすれば、何が違うと言うんだ――――
俺の傍に彼女達がいるのが悪いんじゃない。
彼女達の傍に俺がいるのが間違っているんだ。
そうだ。今気づいた。
最初に会うべきはクラスメイトだった。
当然の話だ。こんな訳の分からない世界に飛ばされてきて、訳の分からない説明を受けて、訳の分からない能力を得て。
訳の分からないことだらけのこの世界で、団結するべきはクラスメイトだった。
俺は確かに影が薄い。クラスメイトにも憶えられていないかも知れない。それでも同じ世界に生きてきた人間だ。同じ教室で生活してきた人間だ。
最初に頼るべきは、彼らだったのだ。
そう考えると、妙に得心が行った。さっきまで俺の心を燻らせていたものが、なくなっていくような気がした。
まず彼らを探すべきだった。
浮かれている場合ではなかった。
しかし、どうすれば。
どうすればいいんだ。
今更そうするべきだったと気づいた所で、俺は彼女達――ミネルやフィルナ、ルテティアにリィサ――と出会い、助け、助けられてきた。
間違っていたのはあの時の自分であり、今の自分は間違ってはいない。
間違った上に立つ正しさなど、本当の正しさではない、などとは言わせない。
悪法の下の平等など、現代社会に溢れているではないか。
だから、今の俺には、過去の俺を責める権利はあっても、今生きている俺、そして俺の大切な仲間との関係を責める権利はない。
つまり、何が言いたいのかと言うと。
今まで通りで良いということである。
どう足掻いたって先にあるのは一つだけなのだから、最善に向かって、進めばいいだけのこと。
「月が綺麗だな」
ふとそんな言葉を漏らす。
「おや、キエルさんからそんな感慨深い言葉が出てくるとは驚きですね」
「お前は俺のことを何だと思ってるんだ」
「救世主ですよ。不器用な救世主」
「ふん、変な考え方だな」
夜空が綺麗なのは、どこの世界でも同じなのだろうか。
空の向こうにあるものは、皆美しいのだろうか。
「なあ、あの高台に行ってみないか?」
ふと目に留まったのは、街とは正反対の景観を持つ丘だった。
祭りに騒がしさを全て押し付けているような、そんな静寂が、その高台にはあった。
「はい! 是非行ってみましょう!」
「ま、まあ、別に行ってあげてもいいわよ」
「よし! じゃあ行くぞ!」
俺は二人の手を引いて、高台へと走り出した。
「うわあ…………」
頂上まで行って、最初に声を上げたのはルテティアだった。
眼下に広がるのは、綺麗に彩られた街の風景。夜の色と街の色、それに月の色が混ざり合って、優美なハーモニーを奏でている。森と月の幻想的組み合わせとはまた少し違う、独特の人間性を持った景色である。
月明かりは白く輝いていて、街の光と相俟って、空の色を押し返している。
白い夜の景色だった。
「これは――綺麗だな」
高台から見下ろす時はお約束として「はははっ! 人がごみのようだ!」と言うべきなのだろうけれど、そんな言葉も忘れる程に、光の群れに心を奪われていた。
リィサは声を出さずにただ景色を眺めている。
「リィサとはこれでお別れだからな。最後に良い思い出ができた」
「……そ、そうね。もう会うことはないわね」
俺の方は見ずにリィサが素っ気なく答える。
「私もリィサさんと一緒に過ごせて楽しかったですよ? 本当、お姉ちゃんみたいでした!」
ルテティアの白い肌が月明かりによって尚白く見える。尚輝いて見える。
「そ、そう……」
リィサはやっぱりルテティアの方は見ないで返事をする。
良い街だ。
『カルカディオス』はとても良い街だった。レノクターン王国内ということはここもあの王様の統治領域なのだろうけれど、ああいう堅苦しさとは無縁の、開放的な街であった。
「明日で、この街ともお別れだな――」
寂寥感を胸に抱いていると、後方から足をするような音がした。
「ん?」
「…………ぁ……や、やっと、見つけた……」
人の声がした。酷く疲れ切った声のように聞こえる。
振り向くと、少し離れたその場所にいたのは仮面の人間だった。
白いボロマントに白い仮面を装着した人間だ。声から判断するに、女だろう。
が、はてさて、今の言葉は誰に向けられたものなのだろう。
ルテティア? リィサ? それとも俺か?
ルテティアの場合、追いかけてくるのは彼女にものを盗まれた獣人かあのお兄様一味だろうから、明らかに違うだろう。かと言ってリィサは長い間『カルカディオス』にいたはずだ。どこか遠くから尋ねてきたという線もなくはないが、それならわざわざこの高台には来ないだろう。
だとしたら、やっぱり俺か?
いやでも、この高台に来たには突発的にである。誰かに追いかけられていた訳ではないはずだ――――もしくはがむしゃらに追いかけてきたか。
いずれにせよ、誰を追ってきたのかをはっきりさせる必要がある。
「あ、あの――」
「やっと、見つけたわ……綺慧瑠君……!」
片膝をついて、仮面の女が言う。え、やっぱり俺か。
ん? 待てよ? 俺のことを知っていて、尚且つ追いかけるような人間、加えて言うなら俺を「綺慧瑠君」と呼ぶ人物に心当たりはない。
が、敢えて言うならば当てはまる人間は三人。
時沢綾火か、佐々田友理か、明日木白邪か。
しかし上記二人はリア充四人でひとまとまりだから、まずないと言って良い。
となると、今目の前にいる白仮面は――――
「明日木――さん?」
明日木白邪しかいない。
俺を追いかけてきたのは、明日木白邪しかいない。
ルテティアとリィサは何が何だか分からないような顔をしているけれど、悪いが今はそのままにしていてくれ。
彼女が仮面を外す。
「会いたかった…………!」
「え!?」
いきなりびっくりである。な、何? って言うか、よく考えたらこの女、教室でバタフライナイフを振り回すという危ない女ではないか。
しかも『実況者』で確認した所、レベルは700を超えていた。
戦闘になれば絶対に勝てない。
こういう時はまず、相手を刺激しないことが大事だ。
「ひ、久しぶりだね。明日木さんもこの世界に来てたんだ? 良かったよ本当。俺一人だったらどうしようかと――――」
と、色々卑屈さをアピールしようと思った所、何と明日木さん、泣いているではありませんか。
嘘、俺女の子泣かせちゃったの? 何かした? マジか……! マジかぁ!
俺史上初めて妹以外の女の子を泣かせる。あ、別に妹を女として見ているという意味ではない。
「……うぅ……! 本当に、良かったぁ……!」
両膝をついて、ボロボロと涙を零す明日木さん。どうやら悪いことをして泣かせてしまった訳ではないようだ。
きっと今までずっと一人だったのだろう。王国に召喚されていないであろう明日木さんは、俺より遥かに辛かったはずだ。辛くて、一人我慢していたはずだ。
なら、これからは俺が――――
「っ!? 綺慧瑠君……? その女は……誰……?」
目を赤くしたまま、明日木さんが聞いてくる。何故か声が怖い。
「ん? ああ、こいつらか? こっちがルテティアで、こっちがリィサ。俺の仲間だよ」
そうだな。仲間になるのなら、まずは仲間の挨拶からだ。
リィサは今日限りだけれど、紹介はしておきたい。
それに明日木さんは本物の『白勇者』だ。同じ世界から来たということもあり、最高のパートナーになるだろう。
「仲間……? 綺慧瑠君の、仲間……?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ…………私は……? 私は、どうすれば……」
「え? だから明日木さんは――」
「一緒にいてくれないの、かしら……?」
ゆっくりと起きあがる明日木さん。その雰囲気には如何せん近寄り難いものがある。
「だから俺と――――」
「その女達がいるから…………私は――」
え? 何言ってるのこの人。
意味が分からない。恐らく俺史上最も意味の分からない展開。
え、これ、どうなるの。
そう、俺が「どうなるの」と考えてしまうのは、何となく予想出来てしまう未来が非常に恐ろしいものだったからだ。
これだけ早く予想できたのだ。もし俺と一緒にいるのが一人だけだったのなら、完全に対処できただろう。だが、俺の後ろには二人いた。
ルテティアとリィサ。二人いたのだ。
「そんな女は――――いらないわ」
赤くさせた目を更に赤くさせる明日木白邪はその場から消えた。否、動いたのである。
「リィサ! 避けろ!」
俺は大声で叫び、それと同時にルテティアを抱きかかえ横に跳躍した。
運だった。
明日木白邪がどちらを狙うのかは、分からなかったのだ。だから戦闘能力の高いリィサには指示を出すだけにして、俺はルテティアを庇った。
結果的には良かったのだろう。
「ぐっ!」
明日木白邪はルテティアの方を狙った。この時点でまず、すぐにリィサがやられるという心配はなくなった。
そして俺も、守った甲斐はあった。
明日木白邪のバタフライナイフから、ルテティアを守った甲斐があった。
その斬撃は狙ったかのように俺の腹部の上の方に通った。すなわち、ルテティアの心臓あたりである。
「キ、キエルさん!? キエルさん!?」
何が起こったのか分からなかったルテティアはひたすら俺の名前を呼ぶ。そんなに呼ばなくても分かってるって。大丈夫、バタフライナイフは所詮ただのナイフ。まさか教室で狙われなかったおれがこんな形で狙われるとは思っていなかったけど、攻撃力自体は低い。
幸い、この世界はゲームではない。だからプレイヤーの攻撃力がいくら高かろうとも、扱う武器の力によってその攻撃力が決められてしまう。つまり、ステータス上の数値は繰り出せる最高攻撃力と言うことができるだろう。もしそうでなかったのなら、バタフライナイフで腹部を裂かれた俺は今頃彼女の超絶攻撃力によって命を奪われていたはずだ。
「……ぁ……! ぁあっ! ぁあああああああっ!」
俺を切りつけた明日木さんはその状況を理解すると同時に叫び出した。
俺を狙っての行動ではなかった。違う人を傷つけてしまった。そういう顔をしている。いや、それ以上の顔をしているかも知れない。
だが、俺からしてみれば、俺自身が狙われようと、ルテティアが狙われようと、リィサが狙われようと、大差ない。
寧ろまだ俺を狙ってくれた方が、怒りを覚えずに済む。だって、俺が切られれば、美少女相手に格好つけられるだろ。
「き、貴様……!」
俺はルテティアを抱えて倒れたまま、明日木白邪を睨みつけた。しかし、その行為には意味がない。明らかな実力差があるからだ。
俺は偽物で、彼女は本物。勝てるはずがない。
諦めるな? 気持ちで打ち勝て? 現実はそう甘くない。
諦めたらそこで終わりかも知れないけれど、諦めなくても終わりは来る。
だからここは戦うのではない。
逃げるのだ。
逃げることは悪いことではない。
ひたすら逃げ、隠れ、そして逃げるのだ。全力で、逃げるのだ。
今はそれしかない。
(痛覚遮断)
(逃亡補助)
「リィサ! 逃げろ! 早く!」
明日木白邪が混乱している今しかチャンスはない。
俺は勢いで立ち、ルテティアをリィサに投げるようにして渡す。
「先に行け!」
俺の必死さが伝わったのか、二人は何も言わずに坂を下って行った。
「あああああぁあっ! 私は…………! 私は何てことを……!」
明日木白邪は一人で泣き叫ぶ。あんな物騒なものを振り回しておいて、予想以上にショックを受けているようである。
ならば、今の内だ。
逃げるなら、今だ。
俺は一度振り返り、明日木白邪を見た。
「――――っ!」
そして逃げ出した。
何故だろう。危険な人間だと分かっているのに、本気で怒れなかった。ルテティア達が狙われたのに、本気で怒れなかった。
彼女に、同情した。
彼女と一緒にいてやりたかった。
すごく、一緒にいてやりたかった。
すごく、一緒にいたかった。
「何でだよ…………?」
走り続ける間も、その後も、俺はどうしても明日木白邪の髪に刺された藍色の髪飾りが、忘れられなかったのだ。
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「綺慧瑠君……! 綺慧瑠君……行かないで……」
高台で一人打ちひしがれる白邪はただその言葉を繰り返した。
繰り返すと共に、精一杯後悔した。
本当に、一時の感情だった。
嫉妬した。
綺慧瑠の傍にいる二人の少女に、激しく嫉妬したのだ。
自分が苦しみながら綺慧瑠を探していた間、ずっとあの二人が綺慧瑠の傍にいたのだと思うと憎らしくて仕方がなかった。
キエルの言葉も聞かず、ただやみくもにナイフを振り回した。
そして、綺慧瑠を傷つけてしまった。
一生の不覚だった。
大好きな人に、刃を向けた。
もう、自分は駄目だ。
そう思った。
「私……どうなるのかしら……」
夜の闇が完全に閉じきっても、未だに白い月の明かりと、街の明かりは辺りを白く照らしている。
無駄な明かりだ。
白邪にとって、その明かりは無駄なものでしかない。
要らないものだ。不要なものだ。無用なものだ。
「私は――――」
綺慧瑠という希望が消えた今、異世界に飛ばされた白邪に目的などない。いや、異世界でなくとも、綺慧瑠を失った白邪に、生きる目的はなかった。
光などは、要らなかった。
『魔王戦』開始まで あと342日→341日




