62、魔女 for 恋愛少女 ~私はね、人の感情にまつわる話が大好きなんだ~
『カルカディオス』に着いた白邪はそのまま街を駆け抜けた。
広い街を、駆け抜けた。
流石に街中では全力で走る訳には行かないが、それでも白邪は辺りを顧みずに綺慧瑠を探した。
街の中を仮面の人間がせっせと動き回っている様子は普通なら警戒されるものだが、幸いというべきか今は祭りの準備期間中であるため、白邪のことを不審に思う人間はあまりいなかった。
白邪からしてみればそんなことはどうでもいいことであるのだが。
そのまま路地裏へ行き、一息つく。
ただ綺慧瑠に会いたい。その気持ちしかないのだから。
しかし、気持ちとは裏腹に物事は物事に作用する。
一心に強い意志だからこそ、その強い精神力をもってしても抗いようのないこともある。
「…………あれ……?」
白邪は突然、目の前が揺らぐのを感じた。
焦点がはっきりせず、頭がクラクラする。
そう、体に限界が来たのだ。
白邪はそのまま地面に伏せた。
『魔王戦』開始まであと354日→349日
「ん……?」
白邪が目覚めたのはどこかも分からない部屋だった。
天井が白、という訳ではなかったが、どこか簡素な雰囲気の漂う部屋である。
「ん、起きたかな。大分疲れていたようだね」
白邪の目に映ったのは一人の長身の女性だった。この世界では珍しいであろう漆黒の髪で、後ろに長く垂らしている。白邪と似ている、と言っても良い。
「あ、あなたは……?」
「私かい? 私はメルト。メルト・ロットマストという」
その女性はすっと椅子から立ち、ベッドで寝ている白邪の前に立った。
「あ、あの、助けて下さって、ありがとうございます」
「別にそれくらい構わないよ。倒れている子が私に似ていたからね。ついささっと助けただけなのさ。気にしないでくれていい」
柔らかく笑うと、その女性はまた少し白邪から遠ざかった。
「五日も寝ていたからね。大丈夫だとは思っていたけれど、色々治療させてもらった。もうすっかり元気なんじゃないかな、体の方は」
その女性の物言いに、白邪は少し硬くなる。肩を竦ませる。
「ああ、別に驚く程のことでもないよ。君の症状には身体的疲れの他に途轍もない精神的負荷がかかっていたんだ。誰でも分かることだ。別に私は能力者じゃないからね」
スローペースのその女性からは、確かに威圧的な雰囲気が感じられなかった。本当に親切で助けてくれたようだ。そのことに少なからずホッとした白邪は同時に今やらなければならないことを思い出す。
「あ、あの、ここはあの街ですか?」
少し慌て気味に聞く。
「ん? あの街? ああ、ここは『カルカディオス』だよ。君が倒れていた街だ。今日は丁度祭りが始まる日だね」
今すぐにでも飛び出して綺慧瑠を探しに行きたい白邪だが、助けてもらっておいてそそくさと逃げ出すのは良くない。それくらい礼儀としれ当然である。
「そ、その、何かできることはありませんか? 助けていただいたお礼を――」
「ああ、いいよ別に。うん、本当に大丈夫だ。だけど、強いて言うなら、じゃあ君の悩みについて聞かせてもらおうかな」
「え?」
女性はもう一度ふわりと笑うと、白邪の近くに椅子を持ってきて、それに座った。
「悩んでいることがあるんだろう? 他人にだからこそ話せることもあると思うよ」
優しい人だ。素直にそう思った。
その笑顔も、態度も、行動も、全てが優しい。
しかし、だからこそ、何故これ程までに自分に優しくしてくれるのかが気になった。
「その、何故そんなに親切にしてくれるのですか?」
「ん? ああ、それはね、さっきも言った通り、君が私に似ているからなのさ」
「似ているって……外見ですか?」
髪型の他にはそれ程似ていないような気がする、と白邪は思った。
「いや、違う。目だよ」
「目?」
「何かを追い求める目だ」
再び白邪ははっとさせられた。
「ど、どうしてそんなことが分かるのですか?」
「私は超能力者ではないけれど、それなりに人というものを理解しているつもりだからさ。人を見れば、大体のことは分かる。人の言葉、態度、雰囲気。そういうものを見れば何となく分かってしまうんだよ。まあ、実際君を助けた理由は目ではなくその綺麗な髪なんだけどね。だって、君は倒れていて、目を閉じていて、仮面を被っていたんだから」
ふふっと笑い、女性、メルト・ロットマストはそう言った。
「今君は、何を探し求めているんだい?」
「私は……その、綺慧瑠君を――」
「なるほど、その人が好きなんだね」
「へっ!?」
最後まで言い切る前に女性に言い当てられてしまい、白邪は三度驚かされた。
「その顔で男の名前を出せば、もうその人のことが好きと言っているようなものだよ。君は実に純粋な人間だ。さて。じゃあその経緯も聞かせてほしいな。私はね、人の感情にまつわる話が大好きなんだ」
女性が親しく話してくれるので、白邪も自然に警戒心を無くしていった。そもそも最初から恩人に対して警戒などしていなかったかも知れないが。
しかし、ここで白邪は一つ迷った。
この女性に自分の話を聞いてもらうのは気持ちの整理をつける為にも有効な手段である。が、異世界からやってきた、と言ってしまっていいものなのだろうか。もし自分の話し方で女性に嘘をついていると気づかれたら、何か疑われてしまうのではないか。
「ああ、勿論、言いたくない所は言わなくていいからね」
「あ、はい」
自分の思考までも読まれているような気がして、白邪は考えることを止めた。
異世界のことは説明しづらいから省こう。そう簡単に決意して、話し始めることにした。
「その、綺慧瑠君は小さい頃から私に優しくしてくれて……影の薄い私を気にかけてくれて……この髪飾りも、その時褒めてくれたもので――」
白邪がつけている小さい藍色の髪飾りは花のような形を取っている。確かに子供がつけるには可愛らしい髪飾りである。
「そうなのか。小さい頃ってことは相当前だよね。その髪飾りを今でもつけてるなんて、随分と一途じゃないか。それで、その子が他に何をしてくれたのかな」
「……とにかくずっと、小さい頃からずっと、私に構ってくれて……私が一人でいる時、必ず声をかけてくれた。私を一人にしないで、ずっとそばにいてくれた。大きくなってからは、あまり話さなくなったけれど、それでも私は、毎日綺慧瑠君に会えるだけで――」
「その彼が突然どこかへ行ってしまった、と。そういう話なんだね。なるほど。君の恋心は本物だね。恋と執着は紙一重かも知れないけれど、私にはそれらは同じことだと思えるね。恋だって執着だって、結局それがないと生きていけない状態にあることには変わらないのだから。それがなくなって初めてそれを必死に求めるようになるのだから。そっか。だから君はその人を追いかけているんだ。それで、その彼がこの街にいる、と?」
「分かりません……だけど、根拠が全くないという訳でもないわ……」
「そうかい。じゃあせっかくだから、祭りを楽しんでいったらどうかな。きっとその人も、何か理由があって逃げ出したのだろう。でもきっと、今でも楽しんで生きているはずだよ。根を詰めても見つからないから、ここは一つ、ゆっくりしていくといい。案外、その彼もどこかで祭りを楽しんでいるも知れないからね」
女性が椅子を立つ。
「では、私はこれから用があるから、少し出てくるよ。いつでも出られるようにしておくから、好きな時に出て行っていいからね。ああ、お礼は不要だよ――――君の名前は?」
女性は重々しい箱の上に置いてあった黒い剣を持ち、白邪に尋ねる。
「私は――白邪と言います」
「ビャクヤ、だね。憶えておこう。それじゃあ、またね」
女性はそっと、ドアを開けた。
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「皆いいか。勇者の称号がなくなったことは国王には伏せておくんだ」
『カウェルス』への遠征が終わり、クラソルテ王国に帰ってきた海王達は入る前にそう言った。
「あ、ああ、分かった」
西治を始め、皆了承する。やはり事実を隠しておくのは良くないという気持ちが少なからずあるのだろう。しかし、勇者という称号の消失は彼らの価値の消失を意味する。故にそれを隠すのは至って普通の判断であろう。
「俺達はもう勇者じゃないかもしれないけど、これからも頑張ろう」
ここに四人の『偽』勇者が現れた、と言っていいのかどうなのか。




