59、過去 beneath ザ・メモリー ~きっと俺は~
「ひ、ひどいです! やっぱりキエルさんは薄情者です!」
イタリアン風の美味しい食事をたっぷりご馳走になってから、俺は今日は宿に戻って明日から仮加入をすることに決め、今こうして宿に帰ってきた訳だが、そう言えばルテティアを放置していたのをすっかり忘れていた。今日の朝からずっと放置してしまっていた。
「ああ、ごめん。朝起こそうと思ったんだけど、何か気持ちよさそうに寝てたから起こすのも悪いかな、と思って」
「そ、そうですか…………はっ!? ということはキエルさん! 私の寝顔見ましたね!?」
「うん、可愛かったよ」
「はうっ……!」
素直に感想を言うと、ルテティアはさっきまでの雰囲気とは反対にしおらしくなった。
「み、見られてしまいましたか……」
「そりゃ同じ部屋で寝てたんだから、早く起きた方が相手の寝顔を見てしまうのは仕方ないだろ」
寝顔が見られたくないのなら最初から部屋を別々にしておけばよかったものを。
「じゃあ、明日こそは私が先に起きてキエルさんの寝顔をばっちり収めたいと思います!」
「何でだ」
何故か急に張り切るルテティア。やっぱり子供は元気だな。
「ということで、私はもう寝ます! おやすみなさい!」
「まだ夕方だぞ」
「今の内から寝ておけば絶対にキエルさんの寝顔を見ることができます!」
「そんなに見たいのか、俺の寝顔」
「はい! 見たいです!」
ルテティアがニコニコ、とする。
本当、こいつ将来大丈夫かな。
――――――――――★――――――――――
白邪は三人に出会った。
空で。
上空で。
『カルカディオス』付近の空路で。
その三人とはつまり、あの有翼人の三人である。
歩くのに疲れた白邪は自分の勘だけを頼りにしてゆっくりと空から探索を行っていたのだが、その途中で、空を飛ぶ三人組にばったり会ってしまったのであった。
「だ、誰ですか?」
有翼人の男、グレイがそう白邪に尋ねる。それはそう、仮面をつけた人間が空を飛んでいたら誰でも不審に思う。
白邪はステルスをかけておけば良かったと後悔しつつ、その男に返事をする。
「私は『白勇者』。現在逃亡中の『偽勇者』を探しているわ」
「な、何?」
明らかに動揺するグレイ。確かに、急にお伽噺の人物である『白勇者』を名乗られた所でどう反応していいのかは困る所だろう。
「あなた達は何をしているの? 私はその人に早く会わなければならないのだけれど」
仮面の下から鋭い言葉を投げかける。
「わ、私達は現在、家族を誘拐した男を探している…………豪華な服を身に纏った、偉そうな男だった」
苦い表情と共にグレイが打ち明ける。それを聞いて彼の姉も目を伏せた。幼女だけは相変わらず何の変化も見せないが。
しかし白邪はグレイ達のそんな俯き具合には目もくれず、ただ今グレイの言った「豪華な服」という点にのみ、集中した。
「そ、その男はどっちに行ったの!?」
慌てて問いただす。白邪の慌てっぷりにグレイ達は一瞬きょとんとした。しかし別に答えない理由もない。グレイ達からすれば、相手の素性が分からない以上、変な刺激は避けたかった。
「あ、ああ。おそらくこの近くにある『カルカディオス』という街の近くだと思うのだが……しかしあの男がそんな簡単に想像がつく場所に逃げたとは思えない」
グレイが思いつめた様子で言う。
そう、彼らはルテティアが攫われてから、何度も捜索を行っているのだ。それでも見つからないとなれば、不安になるのは当然である。が、実際さっさと『カルカディオス』内を調べれば見つかるのだけれど。そこがグレイの頭の良さであり、「灯台元暗し」というところなのだろう。
だが、白邪にとっては今の情報は大いに役に立つものだった。
白邪は頭が悪い訳ではないが、今はどんなに小さな情報にも縋りつきたいのだ。その『カルカディオス』という街にいる可能性が少しでもあるのなら、そこに行くべきであると考える。
「その街は――あれかしら?」
白邪が少し遠くに見える街を指さす。
「ああ、そうだ」
「ありがとう――」
感謝の念を口にして、白邪は全力で『カルカディオス』を目指した。
「……?」
無論、有翼人の目をもってしても、白邪の姿を捉えることはできない。
――――――――――★――――――――――
昨日も夢を見た。それなのに、また俺は夢を見ている。
夢は毎日見ている、とは言うけれど、それにしたって二日連続で現実世界の夢を見るとは何となく不気味である。なぜなら、今までそんな夢なんて見なかったからだ。
城で寝た時も、森で寝た時も、現実世界のことなんて少しも思い出さなかった。それなのにこうして今、夢を見ている。
もしかすると、柔らかいベッドで寝ているからなのかも知れない。安やかに眠っていられるから、こういう過去の夢を見てしまうのかも知れない。
今俺が見ている光景は――これは幼稚園の頃か。
目線が異常に低くて、周りにも小さな子供ばかり。先生が何故かとても大きく見える。
その若い女の先生の名前はもう憶えていないけれど、とにかく大人は大きいというイメージがあった。今では明らかに自分の方が大きいのに、未だにその先生の方が大きいのではないかと思ってしまう。
そんな俺も、そんな小さい俺も、実は恋とかしたことがあった。
初恋は幼稚園の時、なんて言ったら皆に笑われてしまうだろうけど、大丈夫、俺には聞いてくれるその「皆」がいないから。
当時は周りの目線など気にすることもなかった。
ただ、何となく、人間の本能的な所で俺はその女の子が好きだったんだと思う。純粋に好きだったんだと思う。
きっかけは物凄く小さなことだ。
今でも覚えているのが何故か不思議なのだけれど、俺は生まれて初めて、女の子に「きえるくん」と呼んでもらったのだった。
先生は俺のことを最初からそう呼んでいたし、近所の人達も俺のことをそう呼ぶことはあったけど、それでも俺のことを「きえるくん」と言ってくれた女の子は、その子が初めてだった。
昔の俺は大層純粋だったものだ。何せ君付けで名前を呼ばれただけでドキドキしてしまったのだから。
そんな純粋な俺はその時彼女に恋をして、さり気なく気を引こうとした。俺としてはさり気なくだったのだが、きっと先生からしてみれば、俺の行動はあまりにも分かりやすく、可愛らしいものだったのだろう。
でもやっぱり、その時の俺は他のことに目なんて行かないから、ただその子に夢中だった。
だけど、そんなに夢中だったその子の名前を、俺は憶えていない。
小学校に入った。
人ががらりと変わった。
俺がその子のことを好きだったのは年中の時で、小学生になった時にはもう忘れてしまっていた。純粋で単純だったから、終わるのも一瞬であっさりしていた。
もう俺はその子のことを憶えていないくて、新しい環境に浮かれていた。
三年生になって、ようやくはっきりとした自我が芽生えてくる。丁度生意気になってくるような時期だ。俺もその例に漏れず、生意気なガキになった。
それでもその頃はそんな生活が楽しくて、ただ生きていた。
四年生に上がった時、女の子を助けた。
校舎の裏にゴミ捨てに行った所、転んでしまったようだった。やはり単純な俺は、助けてあげた。名前も知らない、黒髪の女の子だ。いや、黒髪とわざわざ言う必要はないか。異世界でもあるまいし、小学校に黒髪以外の人間なんていなかったのだから。
俺は一人でゴミを捨てに行った後で、その子を保険室に連れて行った。
小さな自己満足が俺の体を満たしたのを憶えている。
それはきっとその子が、忘れたはずのあの子に似ていたからなのだろう。
あれ? 俺は何でこんな回想をしているのだろう。酷く無駄な回想だ。
もうやめよう。
しかし、今度目の前に広がった光景は中学生時代のものだった。思春期に突入する頃だ。この頃から確か俺は周りから相手にされなくなったのだったような気がする。
別に何かやらかしたという訳ではない。ただ、それまでに作られてきた「俺」という人間が周りの対象から外れた、とそれだけのことである。
しかし、そんな中でも物好きという者はいるもので、何人かは俺と話してくれた。確か――二人だったかな。全然「何人か」じゃないな。二人だけだ。
一人は男子、一人は女子だった。
だからと言って、俺とその二人はつるんでいる訳でもなかったし、その二人も仲が良い訳でもなかった。
男子の方はとても真面目な子で、思春期真っ盛りだと言うのに極めて善良な生徒だった。そんな彼とは頻繁ではなかったものの、それなりにお喋りをした。
女子の方は話が下手な子だった。向こうから話しかけてくることもあったが、その時も何か言いたそうにしては口ごもる、そういう子だった。実際、話していて楽しい相手ではなかったけれど、それでも俺はその子に話しかけることが多かった。
もしかするとそれは、俺がその子以外に気軽に話しかけられる人がいなかったからなのかも知れない。
あるいはやはりその子が、どこかあの子と似ていたからなのかも知れない。
そしてもしかしたら、その子のことが好きだったのかもしれない。
『魔王戦』開始まで、あと354日→353日




