5、豪華部屋 ~しかもメイド付きです~
王室というものがどういうものなのか、俺はよく知らない。
日本の皇室は勿論、海外にも行ったことのない俺は、さっき比喩で挙げたバッキン何とか宮殿のこともアル何とか宮殿のことも、その他世界中の豪華なお部屋のことも、何一つ知らない。
だから比較することはできないのだけれど、この廊下を歩いている辺り、これは相当豪華なのではないか、と思う。
まず目に入ってくるのは、金色。
そして次に入ってくるのも、金色。
周りのありとあらゆるものが金色でできていた。おいおい、目がちかちかしてきたぞ。
まあ、金色=豪華と決めつけるのは少し単純すぎるかもしれないが、知識の浅い俺でも分かる程に贅沢極まりない建築物だということは言うまでもない。
それにここは海外ではなく異世界(多分)なのだから豪華の基準も分からない。
「キエル様、ここがお部屋でございます」
姫は立ち止まると、上品に一礼した。その姫の纏う服は金色ではないものの煌びやかであることに違いはない。思わず目を逸らしてしまうような存在である。
しかし現状をよく理解していない俺にはそんな常識は通用しなかった。
もう、思いっきりガン見していた。
「あ、あの……」
部屋を案内したのにも関わらず俺が動かないからか、姫リネアは少し困惑した表情で俺の方を見た。
え、でもさ、普通美少女がいたら見るよね。ガン見は確かに失礼かもしれないけれど。
「ああ、ごめん」
取り敢えず謝っておいて、俺は凄まじい重厚感を放つ扉に手を掛けた。が、流石に部屋のドアがそんなに重いはずはなく(重かったら開けられないし)片手で押すくらいで十分だった。
「それでは、これから重大な会議があるようなので、それが終わり次第、またお声はかけさせていただきます。それまではどうぞおくつろぎください」
もう一度上品に一礼すると、リネアはクルリと後ろを向いて戻っていった。
うん、一人になりました。
部屋の中は相当広く、とても一人が使用する部屋には見えないけれど、勇者が滞在する場所としては妥当なのだろうか。
そもそも、客を案内するのは普通召使いの仕事であって、大国の王女様にやらせるような仕事ではないような気がするのだが、その辺はどうなのだろう。
もしかすると、勇者という存在はそれ程までに尊いものなのかもしれない。家来に案内させるのでは無礼であり、一国の王女ほどの格があってしかるべき、みたいな。
だとしたら、ミスマッチもいいところである。
俺はクラスメイトからすら殆ど認識されないという特技(性質?)を持つ。そんな皆から崇拝されるような偉い人物ではない。加えて言えばこのへんてこりんなステータス、実際どのくらいの力を持っているのか全く分からない。
ゲーム感覚でいけばこの数値は異常な程高いのかもしれないが、(とは言ってもHPとATKだけだが)何もここがゲームの世界ということはないだろう。仮にそれに似た世界だとしても、その世界の数値基準が俺の知っているゲームと同じなどという保障はどこにもない。
何せ偽勇者である。このふざけたステータスが信用に値しないものであるということは明らかだ。
では、もし俺がただの能無しだとしたら。どうするのだろうか。
さぞ失望されることだろう。
大きな代償を支払って(かはよく分からないが)召喚した勇者が偽物でポンコツなのだとしたら俺にどんな災いが降りかかるのか、知れたものではない。
そんなの嫌だ。
となれば、一番手っ取り早い「身を守る方法」は何だろうか。
それは勿論、俺がチート級の力を持っているのが一番なのだが、そこに大した信憑性がない以上、それに賭けるのは愚かである。少なくともヘタレの俺にはできないギャンブル性を孕んでいる。故に却下。
他に考えられる行動としては……
強訴。
逃散。
土一揆。
うん、そもそも仲間がいないから強訴と土一揆はできないな。
いやしかし、逃散なら可能ではないか?
そう、逃げ出すのだ。
行く当てはないかもしれないけれど、ここで酷い目に遭うよりかはましだろう。それに、仮にも勇者なのだから(偽だが)そこらへんの一般人より弱いということはないはずだ。……ないよね?
旅人を装えばそれなりに生活していける可能性は十分にある。
だが、問題は当然ある。
勇者がいなくなったとなれば、当然捜索が始まるだろう。それで見つかってしまったら結局災難に遭う。
さて、どう対策しようか――
と、頭を捻りながら巨大なベッドに腰掛けると、
「っ!?」
何やら気配がした。
ここは王室だから悪人が襲ってきたなどということはないと思うけれど、それでもつい身構えてしまう。
しかしその正体は案外すぐ分かった。
ただの使用人である。おそらく最初からこの部屋にいたのだろう、端っこの方でおどおどしている。
あれ? 案内は王女がしたのに、世話は使用人(しかも一人)に任せるのか。
まあ、それはそれで勇者に対する配慮なのだろうけれど。
もし大勢の召使いが揃って俺を待っていたらこちらの方が委縮してしまう。それに、王女が世話係となっても居心地が悪いだろう。メイド一人を配置したのは悪くない考えだ。と上から目線だが思った。
「えーっと、そこのメイドさん?」
「は、はいいぃ!」
俺に話しかけられたメイドさんは相当緊張しているようで、声が裏返っていた。
それにしても、この世界にもメイドさんがいるのは高ポイントである。正確に言えば「メイド」とは呼ばないのだろうが、それでも「メイドっぽい服を着た人」がいるのだから問題ない。
そのメイドさんは茶髪のウェーブがよく似合っていて、随分とグラマーな体をした若い女性だった。年齢は不明であるが、俺と同じくらいか、それより下か、それより上である――
うん、つまり年齢不詳である。
「メイドさん、いくつですか?」
つい気になって聞いてしまった。
「え、ええ、ええと、現在32月と8陽です……」
「ん?」
今、何て言った?
32?
32歳なのか?
いやいやないない。
「えーっと」
そうだ、おそらくこの世界と俺の世界では日数のカウントやら何やらが色々と違うんだ。これは結構面倒だな……普通転生ものや転移ものってそういう面倒な所は現実世界に合わせているのに、実際はそういう訳にもいかないということか。
いや、ならば何故言葉が通じる? 何故俺達と同じ人間がここにいる?
……まあ、そんなことを考えても無意味か。
言語は自動で理解可能なものに。他の不便なことは都合に合うように解釈される。そういうことでいいだろう。お決まりものとしてきっと文字は読めないだろうけれど、それは大して問題ではない。ほら、現実にも識字率の問題とかある訳だし。
とにかく、その辺の設定はこの俺の状況把握能力を以てして解決できることだ。
今一番の問題は、目の前の美少女メイドが何歳か、ということである。
「あの、俺この世界に来たばかりなので、暦とかよく分からないんですよね。1月ってどれくらいですか?」
少し丁寧に聞いてみた。「ヒトツキ」と言えば「ポ○モン」か「一か月」のことを指す訳だが、この世界ではどうなのだろう。
「ええ、はい、1月は6陽です」
未だ狼狽えながら、メイドが答える。が、またしても分からないワードが出現した。
「1陽ってどれくらいですか?」
「はい、1陽は3時です」
少し落ち着いてきたメイドが答える。が、さらに不明なワードが現れる。「サントキ」って何だよ。何か中途半端だな。しかもよくよく考えてみれば今彼女が口している数字だって現実世界と同じとは限らない。
「ふむ、では1時とは?」
「1時とは10刻のことです」
「1刻とは?」
現実では1刻というのは物凄く短い時間のことなのだが、
「24周のことです」
ここでようやく、現実世界で聞き覚えのある区切り方が出てきた。そう24という数字は一日の時間のことだ。それに「周」という言葉には何だかグルグル回るイメージがある。であるなら時計(がこの世界にあるのかはまだ確認できていない)が24回回ると1刻になるのではないだろうか。つまり1日=1刻。であるなら10日=1時。30日=1陽。180日=1月だから360日=2月ということになる。
ふう、複雑だが少し分かった気がするぞ。1年が大体2月で1陽がだいたい1か月だから、メイドさんの年齢は約16歳と8カ月という訳だ。うむ、なるほど、確かにそれくらいだ。
と妙に納得すると、突然目の前が光った。
「ん……?」
スキル 勇者の彗星眼(偽) データ分析。地球モード
という文字が頭の中に浮かんだ。
名前 ミネル・トリアスタ
LV 43
年齢 約17歳
身長 約158センチメートル
体重 約44キログラム
3S B83 W54 H78 (D)
JOB メイド
詳細はこちら