45、信頼 to 紛い物 ~そんな、信じるなよ~
とよく分からない言葉が並べられていた。
本当によく分からない。『メルツ』とか言う単位も『魂体数値』とか言う言葉も全く分からない。
つまり、これは当てにならないということだ。
が、その下に書かれていた攻撃パターン(判明分)というものは少し役に立つかもしれない。
炎のブレス(広範囲攻撃)、前方に注意とか。
移動、回転時の尻尾に注意、非常に鋭利なため危険、とか。
強靭な腕で押さえつけられたら終わりです、とか。
あまり怒らせると攻撃速度が上がります、とか。
翼で起こす暴風は人間の耐えられるものではないので相手が飛んだらすぐさま遠くへ回避、とか。
かなり物騒なことが書いてある。
おい、マジか。
こりゃ無理だろ。四人組の男が少女を止めたのも分かる。あの男達、口調は乱暴だったが案外普通に少女の身の安全を考えていたのかもしれない。だって、ねえ? これは四人でも倒せるかどうか分からないぞ。
「どうしたんですか?」
俺の顔が引きつっているのに気づいたのか、ルテティアが俺の顔を覗きこんでくる。
「い、いや、何でもない。ちょっと敵の情報をだな……」
適当に誤魔化しつつ、頭の中で真剣に考える。
行くのを、やめようか。
いや駄目だ! もうルテティアに行くって言っちゃったし、それに俺もモンスターとの戦闘は楽しみなのだから。これは紛れもない事実。だから相手が多少強くたって大丈夫。俺には想像魔法があるのだから。
いざとなったら逃げればいいし。
――――ん? 待てよ?
明日の戦闘とは全く関係ないことではあるのだけれど、何で俺とルテティアは同じ部屋にいるんだろう。
部屋は二つ取ったはずだ。そんなに高い値段ではないが確かに二部屋分払った。
何故だ? もう夜の遅い時間だ。そろそろ寝なくてはならないのに。
しかしルテティアは完全に寝る体勢である。
「おいルテティア。もう遅いんだから早く部屋に戻って寝た方がいいぞ」
「え? 部屋って、ここですよ?」
「だから自分の部屋に戻りなさい」
「ここが自分の部屋ですよ?」
「ここは俺の部屋だ」
「そうですけど、私の部屋でもあります」
「は?」
「私とキエルさんの部屋です」
「いやいや、ちゃんと部屋二つ取ったんだけど」
「ああ、そのことなら、私がキャンセルしておきました。大丈夫ですよ、ちゃんとお代は返してもらいましたから」
「な、何が大丈夫かぁ!」
とんでもない娘であった。せっかく俺が取っておいた部屋をキャンセルしただと? それに何のメリットがあるのだ。それに、ちゃっかりその「返してもらったお代」を俺に返してない所とか、これは笑えばいいのか怒ればいいのか。
「わざわざ一緒に旅をしているのですから、寝食を共にしないでどうしろというんですか?」
「どうもしねえよ!」
育ち盛りなのはいいのだが、色々と行動力があり過ぎるのは困る。
「何ですか? 私と寝るのは嫌ですか?」
「そんな怪しい言い方で言うなっ!」
ご安心を。一部屋にベッドは二つあります。
「何なんですか、もう。仕方ありませんね。私はもう寝ますよ。お休みなさい。あ、壁際の方のベッドを使わせてもらいますね。それとそれと、夜這いは優しくお願いします」
「だからしねえって!」
俺の言葉には耳を貸さずルテティアはそのままベッドにダイブする。お金は余る程あるので宿屋をケチったつもりはない。その証拠にベッドは中々フカフカである。ファンタジーの世界も捨てたものではないな。
ただあまりにも高級そうな宿は逆に気が引けるかなとも思ったので、このくらいの宿が妥当だと考えた次第である。
「おーやーすーみーなーさーいー」
もう一度おやすみを言って、ルテティアはそのまま目を瞑った。
はい、瞑りました。
「ルテティア、明日本当についてくるのか?」
調子に乗って俺が倒しに行くことになってしまったがよく考えてみればこれは危険なことである。いくら経験を積むことが大事と言っても実力に見合った敵と戦うのが当然だ。話によれば今回の敵『グラゴニウス種』は相当強いらしいので完全な初心者である俺の相手としては相応しくない。
とても危険だ。
いや、まだ俺だけならば良い。俺が勝手に一人で行って、ビビッて逃げるのなら何の問題もないのである。逃げることについては自信があるし、しかも俺は正式にこの依頼を受けた訳ではないから放棄しても問題ない。おそらくクエストを受けるには紙を持って受付嬢的な人のサインみたいなやつが必要なはずだ。
そう、だから俺だけならば何の問題もない。
しかしもう一人増えたらどうか。その一人が俺と同等、もしくはそれ以上の実力を持つ頼れる人間だったら良いのだが、何せルテティアである。飛行も安定しない、幼い少女だ。しかも自分で戦闘能力はないとまで言ってしまっている。俺の実力について嘘をついている現状、ルテティアは無意識の内に――いや意識してかもしれないけれど――俺が守ってくれると考えてしまっているはずだ。
そんな時、俺はどうしたらいいのだろうか。
魔物相手では透明化も効くか分からない。逃げ切れるか分からない。そんな状況に陥ったら、俺はどうするのだろう。
ルテティアを置いて、一人で逃げてしまうのだろうか――――
「ってもう寝てるじゃねえか!」
少しシリアスな雰囲気になっていたのに、ルテティアはぐっすりと寝息を立てて寝てしまっていた。その寝息は大人しく規則正しい。まるで雛鳥の休眠を見ているかのようだ。
何の疑いもなく、他人が傍にいるのにも関わらず、ぐっすりと眠っている。
「そんな、信じるなよ……」
純粋な力というものは誰にとっても眩しい。
自分が歪んでいる、曲がっている、紛い物であると認識すればするほど、清らかな感情というものは眩しく、近寄りがたいものになっていく。
「偽物の……俺を――」




