15、盗賊山賊 ~本当は山賊に加勢した方がいいのでしょうか~
彼女の手が腰に巻かれたタオルに添えられた時、俺はつい持前のヘタレ魂を全面に押し出して彼女を止めてしまった。上ならいいのかよ、と聞かれれば、うん、いいんじゃないかな。
…………あ、やべ。声かけちゃった。
「えっ?」
流石に声を掛けられれば誰でも気づく。
いくら影の薄い俺でも、声を掛ければ気づいてもらえる。
彼女は俺の方を向くと一瞬何が起きたのか分からないような顔をしたが、すぐに状況を理解し、
「だ、誰だ!」
警戒心をむき出しにしてきた。それと同時に二つ目のタオルで前を隠す。
その誰何の声は敵意こそ含んでいたものの、非常に透き通っていて、聞いていて惚れ惚れするような声だった。
さて、ここはどうやって答えるべきか。
おそらく俺の最初の一言で彼女に対する印象が変わる。いや、もう既に変態で定着しているか。別に変態じゃないんだけどなあ。
俺は必死に、彼女に対する返答パターンを考えた。
1、「俺は怪しいものじゃない」
こういう状況でこの発言をして無事だったものを俺は知らない。
2、「君、とってもいい体してるね」
ただの変態である。
3、「君の美しい体につい惚れ惚れしてしまったよ」
これも相当な変態だ。
4、「本当、すいませんでした!」
俺のプライドが許さない。
瞬時に四つ考えてみたものの、どれも却下だ。
こうなったら、取り敢えずあのキャラで繋ぐしかない。
「ふふふ。私の名はキエル。偽物の勇者です」
貴族風に語ってみた。
「な、何を言っているっ……!」
少女と女性の中間くらいの容姿(体は大人だが)をした彼女は未だ俺に対する敵対心を消さない。まっぱの状態では抵抗もできないだろうから当然だろうけれど。
「そう怯えないで下さい。まずは服を着て。それから話しましょう」
「……」
お、これは中々いいんじゃないか? 良い対応だったのではないか?
彼女は全裸状態だから俺に攻撃できない。その状態で「落ち着いて服を着る」という行為を許されたのだからひとまずは大人しくしてくれるはずだ。
しかし彼女は俺を睨んだまま動かない。
「ん? どうかしましたか? 早く服を着て下さい。私も恥ずかしいです」
思ってもないことを口に出す。いや、実際少しくらいは恥ずかしい。だが、彼女の方が余程恥ずかしいはずなのだ。
「……」
だが、一向に動く気配がない。
ああ、そうか。
「すいません。私が見ていたら着替えられませんよね。ではこの陰で後ろを向いていますので、着替え終わったら声を掛けて下さい」
そう言って俺は大きめの石の陰に隠れた。
しばらくして、布の擦れる音が聞こえた。どうやら俺を信用してくれたらしい。
それからまたしばらくして、
「お、終わったぞ」
という声が聞こえた。その声には恥じらいが見て取れる。
凶暴過ぎる性格じゃなくてよかった。
「そうですか」
と言って物陰から顔を出す。
服を着た彼女は……変わらず美しかった。
雑ではあるが長い髪を後ろで一本に縛り、かなりの軽装ではあるがノースリーブの服とサイズぴったりの長ズボンを穿いている。森の中だからだろうか。横の石には長袖もちゃんとおいてある。
「私の名前はキエル。先程も言いましたが。あなたは何と言うのですか?」
名前を尋ねたが、彼女は相変わらず警戒している。
「お前に言って何になる」
そう美しい声で威嚇してくる。
「こ、怖いですね。私は偽物の勇者。まあ、ただの旅人ですよ。ただ、私は少々この辺のことについて疎くてね。この先の小さな街に行く方法を探しているのですよ。迷子になってしまいまして」
苦笑いと共にそう言った。
「そ、そうなのか。それで、私に何の用だ」
落ち着いた声でそう聞き返してくる。
「いや、それは勿論、教えていただきたいのですよ。道を」
「この森を抜けた所にある小さな街、か。二つあるが、どっちだ」
事務的な口調で彼女は続ける。
おそらく彼女はまだ相当に強い警戒をしているのだろう。この様に冷静な返答も相手、すなわち俺を刺激させない為の措置だと言える。
だが、俺は残念なことに街の名前までは知らない。ここから近い方と言えば分かってもらえるかもしれないが、出来ることならこのまま彼女に案内を頼みたいところだ。
「あなたはどちらかに向かっているのですか?」
「ああ。一応、な」
彼女は続けて冷静に答える。
「でしたらそこまで私達を連れて行って下さい」
「な、何故だ……? 私達……?」
急に不審感を募らせる彼女。
「ああ、もう一人、メイドがいるんですよ――」
あ。
やばい。
すっかり忘れてた。
どうしよう今頃一人だろうな。
どうしようどうしよう。
そもそもここからどうやって戻るか、分からない。
自分で目印とか作っておきながら、分からない。
やばいっす。
「――!?」
俺が半ばパニックに陥っていると、突然遠くから手裏剣のようなものが飛んできた。
俺目がけてではない。
彼女に、だ。彼女はすぐに跳躍すると、俺の隣に着地した。
「ここにいたか、盗人め。わざわざこんな森にまで逃げ込むとは、とんだ根性だな」
「俺ら山賊から盗むとは中々やるじゃねえか。でもな、山賊ってのは案外しつこいんだぜぇ? 盗られた獲物は何が何でも取り返す。どうだぁ? 今大人しく返せば、その綺麗な体を少し使わせてもらうだけで勘弁してやるぜぇ?」
い、いいなぁ。とか思ってませんからね。
そんなのは下衆のやることです。
「断る。私は誇りある盗賊。一度盗んだものは返さない」
あれ? こっちの彼女も結構むごいこと言ってますよ?
「そうかいそうかい。まあ人数は圧倒的にこっちが多いんだ。一対六だぜぇ? その細っちょい腕を捕まえて、その体、皆で楽しく使い回してやらぁ!」
あれれ? 私、人数に入れられてない? ウソォ。
この女盗賊の真横のいる私がカウントされていない? そんな馬鹿な。
「山賊の皆さん。私のことを無視しないでいただきたい」
引き続きこの芝居口調で続ける。
「あ? 何だてめえ、いつからそこにいやがった」
いや、最初からですけれども。
「まあそんなことはいいじゃないですか。山賊さん達、ここの森を抜けた所にある小さな街のこと、知りません?」
「あ? そりゃどっちのことだ」
やっぱり二つあるらしい。
「いやぁ、どっちでもいいんですけれどね――」
女盗賊と山賊の丁度真ん中くらいに立って、今度は女盗賊の方を向く。
「それで、女盗賊さん。名前を教えていただけますか?」
この状況で聞かれたら答えない訳にはいかないはずだ。
「……怪しい人間に名乗る名前はない」
しかしこのお嬢さん、意外と強情でした。
「そうですか。まあそれはあとでいいとして。ここは一つ相談なのですが、あなたが向かおうとしているその小さな街に私とメイドを連れて行って下さるのでしたら、この状況、あなたの側に加勢して差し上げようかと思うのですが」
「おい、小僧。てめえその女の助太刀する気なら容赦はしねえぞ」
「いえいえ。それは彼女の返答次第です」
「…………得体の知れない人間に手伝ってもらう必要はない」
「あらあら、そんな強情でいいんですか?」
彼女の後ろを取った俺はその首筋に手を当てる。
「なっ!?」
彼女だけでなく、山賊達も驚いている。
皆、俺が瞬間移動したように見えたのだろう。しかし実際は俺が心の中で(認識透過)を念じたからなのである。まあ俺の場合素でも大丈夫だったかもしれなけれど。
「あなたの案内が得られないのであれば、私は山賊の方達に加勢しましょうかねぇ。ふっふっふ」
あれ、何だろう。悪役ってちょっと楽しいな。
「強情な女性を従わせるのは、中々面白そうです」




